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被害者も加害者も生まない社会へ~表裏一体の支援事業を行う担当者の思い〜

写真:日本財団のロゴを背景に笑顔を浮かべる、日本財団国内事業開発チームのチームリーダー、芳川龍郎さん
犯罪で悲しまない社会づくりの取り組みを、事業担当者に聞く
この記事のPOINT!
  • 犯罪被害者の声なき声に寄り添い、犯罪被害者支援体制を強固にする必要がある
  • 日本の再犯者率は48.7%。自力更生を支援し、再犯防止に努めることが犯罪被害を減らす鍵の一つ
  • 守られるべきは被害者だが、出所者の再犯防止とセットでないと犯罪被害のない世の中はつくれない

取材:日本財団ジャーナル編集部

犯罪の被害者も加害者も生まない社会を目指し、日本財団は、犯罪被害者の支援事業を行う一方で、罪を犯した出所者の社会復帰支援事業にも取り組んでいる。この対極とも思える2つの事業の指揮を執る日本財団国内事業開発チームの芳川龍郎(よしかわ・たつろう)さんに話を伺った。

声をあげられない犯罪被害者の苦悩に寄り添う

日本財団が犯罪被害者の支援事業に取り組み始めたのは1997年。当時は犯罪被害者が安心して相談に行ける場がなかったため、全国47都道府県・48カ所において犯罪被害者支援センターの立ち上げを支援すると同時に、相談員の育成などの人材育成事業を16年間にわたり行う。そして2013年より「預保納付金」(※)を活用した、預保納付金支援事業の担い手として被害者支援センターへの助成活動を続け、犯罪被害者の子どもを対象に「まごころ奨学金」の支給、さらに日本財団への寄付金を活用した被害者への緊急支援金制度などによる支援活動を行っている。

  • 振り込め詐欺救済法に基づき、振り込め詐欺の被害者へ返せずに、預保納付金として管理されていた資金の一部が、犯罪被害者等支援のために活用できるようになり、担い手である日本財団から交付される仕組みになっている。

被害者支援センターでは、傷ついた心を誰にも相談できずに悩んでいる犯罪被害者の方に、電話や対面による相談のほか、裁判所・警察などへの付き添いや日常生活の手助けとなどの直接的支援も行っている。

「例えば自宅が事件現場になってしまった場合は、被害者支援センターの相談員がホテルの手配から必需品の買い物、さらに裁判の同行まで行うこともあります。多くの被害者は突然事件に巻き込まれ、何から手をつければいいのか分からないですよね。そんなときにも頼れる場所として、被害者支援センターがあります」

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日本財団公益事業部国内事業開発チームのチームリーダー、芳川龍郎さん

しかし、被害者支援センターによる支援は無償で行われていることもあり、財源の確保が課題となっている。そのため日本財団では助成金の支給だけでなく、運営の基盤づくりから人材の育成まで、20年以上もの間サポートを続けている。

2013年には、預保納付金支援事業の担い手として、親が犯罪被害に遭い、経済的に不安定となった子どもたちを対象とした「まごころ奨学金」をスタート。2017年には、預保納付金支援事業を所掌する金融庁と交渉を重ね、それまで貸与制だった奨学金を返済義務のない給付制に改め、利用者に、より負担の少ない形で支援を行っている。同時に給付制移行に伴い、政府のプロジェクトチームの回答として、給付額が減少してしまったため、2018年より「日本財団よりそい奨学金」の支給を開始。日本財団として、犯罪被害者へ対する支援活動の拡充を継続的に行っている。

給付奨学金を給付するにあたり、芳川さんは被害者の家族と直接話をし、被害の内容や、今どのような状況にあるかを聞くこともある。

「奨学金支給の要件である犯罪被害者であることの確認をしなければならないため、犯罪の内容について詳しく触れる必要がある場合もあります。話をしているうちに涙を流し、心の内を吐露する方もいらっしゃいます。犯罪被害の苦しみは、友人など近しい人にも話しづらいため、ようやく口に出せたという方も多いのです」

助けてほしいと、声をあげることができない被害者は多い。誰にも頼ることができず、泣き寝入りするしかないこともよくあるという。そんな被害者を支えるため、「被害者支援センター」や「まごころ奨学金」「日本財団よりそい奨学金」が存在するのだ。

出所者の社会復帰を支え、犯罪のない社会を目指す

一方で、刑務所出所者や少年院出院者の社会復帰を支援する「日本財団職親(しょくしん)プロジェクト」(別ウィンドウで開く)がスタートしたのが2013年のこと。企業、法務省、矯正施設、専門家など、さまざまなメンバーで出所者一人ひとりの更生を支え、再チャレンジできる環境を築くことで、犯罪のない社会づくりを目指している。

画像イメージ:「職親プロジェクト」のウェブサイト
「職親プロジェクト」のサイトでは、支援メンバーの取り組みなども紹介

日本における再犯者率は、1996年に27.7%であったのに対し、2016年には48.7%まで上昇を続けている。一度罪を犯した者が社会復帰しようと望んでも、周りの厳しい目や反発などが原因で、繰り返し罪を犯してしまう。その悪循環を断ち切ることが、犯罪被害に悲しまない社会をつくるうえで重要であると考え、このプロジェクトが誕生した。

図表:刑法犯の検挙人員中の再犯者人員・再犯者率の推移

刑法犯の検挙人員中の再犯者人員・再犯者率の推移を示す棒グラフと折れ線グラフ。棒グラフで示す1996年の再犯者8万1,776人、初犯者21万3,808人、2004年の再犯者は13万8,997人、初犯者は25万30人、2016年の再犯者は11万306人、初犯者は11万6,070人。折れ線グラフで示す再犯者率は1996年27.7%、2004年35.7%、2016年48.7%。
法務省「平成29年版 犯罪白書」より引用。2004年をピークに検挙人数は減る一方で、再犯者率は年々高まっている

職親プロジェクトには、2019年2月現在116社の企業が参加している。これらの企業は「職親企業」と呼ばれ、職を通じて親代わりとなり出所者の更生に取り組んでいる。

「中には、犯罪で妹を亡くされた社長もいらっしゃいます。再犯防止に対して真剣な思いを持っていらっしゃるんです」

悲しい思いをする被害者を少しでも減らしたい。そんな志のある企業が社会復帰を望む出所者を受け入れている。

では実際に、どのような取り組みが行われているのだろう。

「職親プロジェクトでは、社会復帰につながる“モデル刑務所”と“教育モデル”の確立を目指しています」

一般的に刑務所や少年院では出所後の社会復帰を目的とした職業訓練や資格取得のプログラムが組まれているが、職親プロジェクトでは、職親企業による、より実践的な職業訓練が受けられる仕組みを、現在全国3カ所の刑務所と少年院を法務省にモデル刑務所として指定してもらい導入している。

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少年院で実施されている職親企業による職業訓練(職親企業の店舗でのインターンシップ)の模様

「例えば、職親企業である建築工事業・解体業などの社長、27業種の職人さんがモデル刑務所の中に入り、実社会へつながる技術を教え、即戦力となるべく職業訓練を行っています。実際に刑務所内で足場を組み、ペンキを塗り、クロスを貼る、などといった技術を職人さんから直接学ぶんです」

単に「手に職をつけるための訓練」ではない。訓練を受ける側が、第一線で働く人とコミュニケーションを取りながら、その職種が自分に合っているかどうかを考えることができる。職親企業と出所者のマッチングが図れることも大きなポイントだ。

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職親企業による職業訓練の様子。実践的な技術や知識だけでなく、職人とコミュニケーショを交わすことで会社や仕事への理解を深めることができる

また、モデル刑務所内、および出所後に基礎教育や人間教育、カウンセリングなども行い、実際に就職した際に安定して働き続けられるように教育支援も行っている。

「罪を犯した人には、複雑な家庭環境で育ち、義務教育を受けていない、信頼できる大人と知り合うことができなかった、社会経験をあまり積んで来れなかったなどのバックグラウンドを持つ場合が多くあります。そこで、教育や訓練の場を改善し、出所後にやりがいを持って働ける仕事へ就けるようサポートすれば、再び犯罪に手を染めてしまう人は減るはずです」と芳川さんは言う。

「人は誰しも、夢やチャンス、人とのつながりや生きがいがないと立ち上がれない。これは犯罪に手を染めてしまっても変わらないんです」

守られるべきは被害者。だが、出所者にもセカンドチャンスが必要

被害者と出所者、相反する2つの立場に寄り添う芳川さん。どちらの声にも耳を傾ける中で、やはり答えのない葛藤が生まれる。出所者にもセカンドチャンスがある世の中にしたい。そんな思いを持って「職親プロジェクト」に携わる芳川さんだが、「誰よりも守られるべきは被害者だ」と語る。

犯罪に巻き込まれた人が集まる全国犯罪被害者の会に足を運ぶこともある芳川さんは、被害者の方の強い悲しみや怒りを目の当たりにしてきた。

「出所者も、生い立ちを見ると確かに痛ましいことはよくあります。しかし被害者がいる時点で、罪は罪。更生して社会復帰できたとしても絶対に美談にはできません」と芳川さん。犯罪被害に苦しみ続ける人の“声なき声”を拾い続けてきた芳川さんには、被害者が心に負った傷を回復することの難しさを痛感している。

人の命や人生と強く、深く関わる日々を過ごす芳川さんに、仕事が辛くなることはないのかと尋ねると、「まったくありません。今の仕事をするために、日本財団に入ったんです」と、迷いなく答えた。

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「今の仕事は充実しています」と笑顔で語る芳川さん

芳川さんは、もともと、ソーシャルワーカーになるために本場アメリカの大学で社会福祉を学んだ。その頃から、人が抱える「生きづらさ」を解消する事業に関わることを心に決めていたそうだ。

そんな芳川さんの今の目標は、犯罪被害者の支援事業において、犯罪被害におけるセーフティネットの網目をより細かくすること。

「全国の自治体に犯罪被害者支援条例の制定を促す活動を行うなどして、被害者支援をより充実できたらと思っています。犯罪被害に遭われた当事者の会の皆さん、支援団体の皆さんとともに進めながら、行政を動かすくらいの変化を起こせば、もっと安全な世の中をつくれるかもしれませんから」

また職親プロジェクトについては、「出所者の職場定着率を高めることが目標です。今のところ就労6カ月以上での定着率は全体で約47%。すべての企業で定着率が80%を超えるように努め、再犯防止のモデルを完成させたい」と展望する。

犯罪の悲しみをなくすべく走り続ける芳川さん。しかし、まだ自分の仕事に満足感を得るまでには至っていないと言う。

「日々の中で、行政との交渉がうまく進んだり、被害者の方に喜んでいただけたり、うれしいことはたくさんあります。ですが本当の“やりがい”は、大きく社会を変えられた時に感じるのかな、と思っています」

犯罪被害で悲しむ人のいない社会を目指して、芳川さんは対極に見えて実は表裏一体の事業に向き合い続けている。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

芳川龍郎(よしかわ・たつろう)

日本財団公益事業部国内事業開発チームチームリーダー。2004年より日本財団に入職し、国際協力・総務企画などに携わる。NPO法人への出向を経て、2014年より国内の事業開発を担当。犯罪被害者支援や職親プロジェクト、自殺対策プロジェクト、社会的養護の下で暮らした若者に対する奨学金事業に携わる。

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