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加速する教育環境の「分断」。カタリバの今村久美さんと考える、ポストコロナ社会における子どもの学び

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子どもの学びを支えるNPO法人カタリバ代表の今村久美さん
この記事のPOINT!
  • 貧困や災害、IT技術の進化等により、子どもたちの教育環境の「分断」が加速しつつある
  • カタリバでは、10代の可能性を広げる多様な出会いと居場所、学びの場をつくり、提供し続けている
  • 「学び」と「人とのつながり」を止めないことが、子どもたちの学習意欲と創造性を育む

取材:日本財団ジャーナル編集部

再び感染が拡大しつつある新型コロナウイルス。日本財団ジャーナルではこれまで、医療や福祉、難病や貧困家庭など、新型コロナ禍におけるさまざまな支援の取り組み(別ウィンドウで開く)をお伝えしてきた。

今回のテーマは「子どもの学び」。取材に応じていただいたのは、約20年間に渡って子どもの教育支援に取り組んできた、認定NPO法人カタリバ(別ウィンドウで開く)代表の今村久美(いまむら・くみ)さんだ。

新型コロナ禍の中で浮き彫りになった子どもの教育を取り巻く問題や、誰もが意欲を持って学び続けられる環境を築くために何が必要か、話を伺った。

加速し続ける社会の「分断」

「私は、岐阜県から慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に進学しました。大学生活を送るうちに気付いたことは『この大学は、社会を動かす重要なポストに就くべく教育を受けてきた有能な人が集まる場所なんだ』というもの。一方で、世の中には教育機会に恵まれない人もたくさんいることにも気付かされました。明るい場所で夢に向かって歩き続ける人とそうでない人。育ってきた環境も見えているビジョンも、全く違うものなのではないでしょうか。しかし、両者が交わる機会は無いに等しい。そこに、憤りを感じました」

都会と地方、何不自由なく大学生活を送れる学生とそうでない学生。「『教育格差』という言葉がありますが、実情は『分断』という言葉で表した方がより的確なのかもしれません」と今村さんは言う。

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学生の時に感じた社会の分断について語る今村さん

問題は、それぞれの環境で育った両者が、互いのことを知らずに成長し社会に出ていくこと。「越境」的な体験の少なさだ。

「これまで自分が受けてきた教育環境を当たり前だと考える人が、世の中の仕組みをつくる仕事に就くことは、ある種の危うさがあるのではないか」

そのような思いから、今村さんは両者の架け橋になるべく在学中にカタリバを立ち上げた。

現在、社会の分断はさらに深刻化しつつあるという。

「2001年にカタリバを設立したのですが、それから20年間で最も大きな変化といえば、子どもたちの使うツールの変化ですね。昔は、学校で嫌なことがあっても、家に帰ればそこには学校とは異なる人間関係がありました。でも、今の子どもたちはみんなスマートフォンを持っています。学校から帰っても同じ人間関係が継続し、スマホの中でもいじめや誹謗中傷を受け続ける…。近年、増加傾向にある子どもの自殺の原因はそんな環境にもあるのではないでしょうか」

24時間つながり続けることのできるスマートフォンといった便利な情報端末。そこに可処分時間(※)の大半を割くことで、知らない人との出会いや、新しいモノ・コトを体験する機会を奪い、社会の分断をさらに加速させる恐れがあると今村さんは語る。

  • 自分の意思で自由に使える時間のこと

越境的な経験が、子どもたちの意欲を掻き立てる

カタリバは「どんな環境に生まれ育っても未来をつくりだす力を育める社会」を目指し、学校・地域・行政と連携しながら、10代の可能性を広げるさまざまなサービス・プロジェクトを提供している。

探究心に火を灯す高校への出張授業、大きな災害に見舞われた被災地における教育支援、家庭に困難を抱えた子どもたちが安心できる居場所づくり、地方に住む若者の世界を広げる教育支援といった、多様な出会いと学びの場をつくり続けている。

学生のボランティアスタッフが中心となって授業で高校生と本音で語り合う「出張授業カタリ場」
家庭環境など困難を抱える子どもたちに、居場所・学習・体験・食事を提供する放課後施設

「カタリバでは、10代の子どもたちが学校や家庭とは異なる『サードプレイス(第三の居場所)』を持てるような活動をしてきました。私たちが学校に出向くこともあれば、学校や行政と一緒に何かに取り組むこともあります。学校と社会をつなぎ、子どもたちの学ぶ意欲を高めていけたらと考えています」

新型コロナ禍における子どもたちへの影響についても、今村さんに尋ねてみた。

「緊急事態宣言下では、学習の遅れなどがニュースで取り沙汰されていましたが、個人的には学校に行けなくなることで給食が食べられなかったり、先生に気に留めてもらえる機会がなくなったりしたことの方が深刻だと考えています」

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カタリバでは、新型コロナ禍で苦しむ生活困窮世帯の子どもたちと飲食店を同時に応援できる食事支援「つながるカタリバごはん」も展開。写真は子どもにお弁当を配布する今村さん

カタリバでは、全国で一斉休校が始まった2日後の2020年3月4日には学校に行けない子どもたちに対し「カタリバオンライン」というオンライン上の居場所づくりをスタートし、利用者のニーズや新型コロナ禍の状況に合わせ、小学生対象の「カタリバオンライン for Kids」(別ウィンドウで開く)や、中高生を対象とした「カタリバオンライン for Teens」(別ウィンドウで開く)などを開設していった。

オンライン上で、気軽に仲間と交流できる場や、大学生や社会人、プロスポーツ選手など多様な大人とつながれる学びや遊びに関するさまざまなプログラムを展開。好奇心と可能性を伸ばす新たな機会を提供している。

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「カタリバオンライン」で挨拶を交わす子どもたち

また、経済的な事情から端末やWi-Fi環境がない家庭には、「カタリバオンライン・キッカケプログラム」(別ウィンドウで開く)と称して、パソコンやWi-Fi機器の無償貸し出し、インターネットに不慣れな家庭への研修会の他、困りごとを抱えた家庭への相談窓口も実施。ただ学びや遊びのプログラムを提供するだけでなく、子どもや保護者にメンターがついて定期的に面談を行うなど、子どもの成長を促せるよう、親子の橋渡しをしている。

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機器を貸し出して終わりではない、オンライン学習支援「カタリバオンライン・キッカケプログラム」

「子どもたちの成長と併せて、親御さんが抱えている悩みにも寄り添うことができればと、このプログラムを始めました。利用されているのはシングルのご家庭が多いのですが、『(メンターの方に)気持ちを汲んでいただけてうれしいです』といった感想をいただくことも。シングルだと、親族や地域の目などが厳しく、誰にも悩みを打ち明けられないケースが多いようです。親御さんの笑顔が、子どもたちにとっての一番の環境整備だという思いで取り組んでいます」

「学び」と「人とのつながり」を止めない

新型コロナウイルスによる外出自粛で、学校に通えない状況は、これまで不登校だった子どもや学びにくさを抱えていた子どもたちにとっては、プラスの面もあったと語る今村さん。

「学校の授業って、席が前から後ろに並んでいて、発言しにくい場合もあるじゃないですか。声が大きい人の意見が通りやすいといいますか。でも、オンラインなら画面上にみんな同じ四角形のスペースが並んでいるだけ。オンラインの方が話しやすくなったという意見もよく耳にします。先日も、カタリバオンラインでは、不登校の子どもが多いグループの部活動として、みんなでフラダンスを踊りました。保護者の方も『自分の子がこんなに積極的に取り組むなんて』と驚かれていました」

学びへの意欲を掻き立てる仕組みが大切だと語る今村さん

これまでもこれからも、子どもの教育にとって大切なのは、「学び」と「人とのつながり」を止めないことだと語る今村さん。

「学校に登校していても自分の興味が見つけられず、主体的に学ぶことをしていない『不学習』の子どもが多い気がします。カタリバでは、対話とナナメの関係が、子どもたちの学習意欲を高めると考え、活動してきました。ナナメの関係とは、親や先生などのタテの関係や、同世代の友だちというヨコの関係でもない、新しい視点をくれる少し年上の先輩との関係のこと。これからもその姿勢を変えずに、全ての子どもたちの意欲と創造性を育む活動に取り組んでいきたいと思います」

撮影:立岡美佐子

〈プロフィール〉

今村久美(いまむら・くみ)

認定NPO法人カタリバ代表。2001年にNPOカタリバを設立。高校生のためのキャリア学習プログラム「カタリ場」を開始。 2011年の東日本大震災以降は、子どもたちに学びの場と居場所を提供するなど、社会の変化に応じてさまざまな教育活動に取り組む。
認定NPO法人カタリバ 公式サイト(別ウィンドウで開く)

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