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【障害とビジネスの新しい関係】市場ニーズは8兆ドル。先進的企業から学ぶ、持続的成長に不可欠な障害者インクルージョン

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多様なバックグラウンドを持つメンバーで構成された、日本財団で障害者の社会参加を推進するワーキンググループ
この記事のPOINT!
  • 「大変そう」「難しい」といった先入観や固定観念が、企業における障害者雇用を遅らせる一因に
  • 日本財団では、障害者の社会参加を加速させるため当事者を中心とするワーキンググループを結成
  • 先進的な取り組みを行う企業の知識やノウハウをシェアすることで、誰もが活躍できる社会を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

障害は私たちに縁遠いものではない。

世界人口における障害者の割合は15パーセントで、約10億人に当たる。さらにその家族や友人など、近しいところに障害者がいる人は約50パーセントおり、その購買力は8兆ドルとも言われている。

しかし、その大きな労働力やマーケットはあまり顧みられていないのが現状である。

この特集では、さまざまな企業における障害者雇用や、障害者に向けた商品・サービス開発に焦点を当て、その優れた取り組みを紹介する。障害の有無を超えて、誰もが参加できる社会をつくるためには、どのような視点や発想が必要かを読者の皆さんと一緒に考えていきたい。

そして取材を行うのは、日本財団で障害者の社会参加を加速するために結成された、ワーキンググループ(※1)の面々。脳性麻痺(のうせいまひ)、全盲(ぜんもう)、ろう者(聴覚障害者)、精神障害者など、多様なバックグラウンドを持つメンバーが、インクルーシブな社会(※2)の実現を目指し、新たな事業の開発に取り組んでいる。

  • 1. 特定の問題の調査や計画を推進するために集められた集団
  • 2.人種、性別、国籍、社会的地位、障害に関係なく、一人一人の存在が尊重される社会

今回は、日本における障害者の社会参加の現状と課題について、ワーキンググループのメンバーに話を伺った。

【手話言語動画版】

進まない障害者の社会参加。背景にあるのは先入観や固定観念

2020年現在、日本が定める障害者の法定雇用率(※)は2.2パーセントで、2021年3月1日には2.3パーセントに更新される予定だが、その数値を達成している企業は全体の半数以下だ。

  • 企業や地方公共団体を対象に「障害者雇用促進法」で定められた、労働者における障害者の占める割合

また、障害者を雇用している企業でも、法定雇用率を満たすことにとらわれ、働き手のやりがいや企業の利益に結びついていないケースも多い。そして、そこに障害者の思いが反映されていることは一部の企業にとどまる。

「障害者の社会参加が進みにくい原因は、一言で言うと『大変そう』なイメージを、多くの企業の方が持たれているからではないでしょうか。障害と言っても、身体的なものから精神的なものと幅が広く、『アクセシビリティ(※1)』や『合理的配慮(※2)』といった障害者に関わる言葉も、とっつきにくい印象を与えます」

  • 1.「アクセスのしやすさ」「利用しやすさ」などの意味があり、高齢者や障害の有無に関係なく、さまざまな人が利用しやすい状態やその度合いのこと
  • 2.障害の有無にかかわらず、誰もが平等に権利を享受しできるよう、一人ひとりの特徴や状況に応じた調整を行うこと
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日本社会において障害者の雇用が進まない理由について語る井筒さん(写真右)

そう語るのは、ワーキンググループの一人、東京大学准教授の井筒節(いづつ・たかし)さん。障害者の社会参加を推し進めるには、まずこの「分からない部分が多くて、大変そう」というステレオタイプ(先入観、固定観念)を払拭する必要があるのかもしれない。

D&Iは、企業が成長し続ける上で欠かせない

「多様な人種や宗教の人たちが暮らす国では、ダイバーシティ&インクルージョン(以降、D&I※)が進んでいる地域もあります。例えば、ドイツは5パーセントの法定雇用率に対し、実雇用率は4パーセントを超えていますし、フランスの法定雇用率は6パーセントと日本の約3倍です。また、個人の自由を尊ぶアメリカでは、『全員が平等である』という考えのもと法定雇用率という概念はなく、差別の禁止や機会均等を定めた法律で、障害があっても差別されることのない社会づくりを進めています」

  • 人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、誰もが活躍できる社会づくり

同じくワーキンググループのメンバーである奥平真砂子(おくひら・まさこ)さんは、先進国におけるD&Iの現状について、このように語る。

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障害者の社会参加を当事者の立場から推進するワーキンググループの奥平さん(写真右)

国連加盟193カ国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた、国際的な開発目標「SDGs(Sustainable Development Goals ※持続可能な開発目標)の8番目に、「働きがいも経済成長もすべての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する」という項目があり、その中には「2030年までに、若者や障害者を含むすべての男性および女性の、完全かつ生産的な雇用およびディーセント・ワーク、ならびに同一労働同一賃金を達成する」という一文が記されている。

SDGs17の目標。1.貧困をなくそう。2.飢餓をゼロに。3.すべての人に健康と福祉を。4.質の高い教育をみんなに。5.ジェンダー平等を実現しよう。6.安全な水とトイレを世界中に。7.エネルギーをみんなに。そしてクリーンに。8.働きがいも経済成長も。9.産業と技術革新の基盤を作ろう。10.人や国の不平等をなくそう。11.住み続けられるまちづくりを。12.つくる責任、つかう責任。13.気候変動に具体的な対策を。14.海の豊かさを守ろう。15.陸の豊かさも守ろう。16.平和と公正をすべての人に。17.パートナーシップで目標を達成しよう。
SDGsにおける17の国際目標

その流れを受けてか、株式などの投資分野では、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮している企業を重視・選別して行なう「ESG投資」が世界的なスタンダートとなりつつある。

財務省の発表では、2018年に投資家が保有する総運用資産のうちESGマネーが占める割合は、かねてからESGを重視している欧州やアメリカ以外に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの保有割合は過半数を占める水準にまで到達している。日本も増加は著しいものの他国と比較すると低い水準にある。

また、アイルランドの社会起業家キャロライン・ケイシーさんが、2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で提唱した、企業における障害者の社会参加を推進する世界的な運動「The Valuable 500(ザ・バリュアブル・ファイブハンドレッド)」(別ウィンドウで開く)の動きも活発化。障害者の持つ潜在的な価値を、社会やビジネスにおいて発揮できるようビジネスリーダーが自社の事業を改革することを目的とし、その日本での旗振り役を日本財団が務めている。

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2020年2月6日、キャロライン・ケイシーさん(写真中央)を招いて開催された公開セミナー「Disability and Business〜インクルージョンが企業価値を高める〜」の様子

この運動は、世界で500社の最高責任者の賛同を得ることを目指しており、日本でも丸井グループ、三井化学株式会社、ソフトバンク株式会社、全日本空輸株式会社など24社(2020年9月24日時点)が参加している。

The Valuable 500の参加企業をはじめ、日本でも障害者の社会参加に向けて先進的な取り組みを行う企業が増えつつある。その優れた事例を集めてその知恵やノウハウを社会全体にシェアすることが、今回結成されたワーキンググループのミッションの1つである。

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取材に応えるワーキンググループの面々。海外や地方にいながら活動に取り組むメンバーもオンラインで参加し、UDトーク(※)による字幕や手話通訳なども活用して取材を行った
  • ろう者とのコミュニケーションをパソコンや携帯電話を使って行うためのソフトウェア

先進的な企業のD&Iを吸い上げ、社会に広めていく

日本財団では、数十年にわたって生活支援や奨学金の提供など、障害当事者の人材育成を中心に国内外で支援を実施してきた。

「世界には約10億人の障害者がおり、そのうち80パーセントが開発途上国に暮らしていると言われます。しかし、彼らの多くは、障害があることが原因で貧困生活を強いられています。日本財団では、『障害』は人ではなく、社会の側にあるという考え方に基づき、主に東南アジアの障害者に対して中高等教育の支援を行ってきました。今後は教育に加え、就労を通じ考えています」

プロジェクトのチームリーダーである石川陽介(いしかわ・ようすけ)さんは、こう語る。

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ベトナムのろう者に対する中高等教育の支援
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障害者の社会参加を推進するプロジェクトのチームリーダーを務める石川さん(写真右)。左は、石川さんと共にチームを牽引する内山英里子(うちやま・えりこ)さん

「私たちもD&Iの取り組みについては、まだまだ学ぶことばかりです。この連載企画での取材を通して、優れた取り組みを行う企業の皆さんにお話を伺い、その知識やノウハウを社会全体に共有することで、誰もが活躍できる社会づくりに貢献できればと考えています」

石川さんは、日本財団が目指す社会について熱く語る。

連載第2回は、ワーキンググループで活動する障害のある当事者メンバーへのインタビューを通して、障害者の社会参加を加速させるヒントを探っていきたい。

撮影:十河英三郎

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