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【ソーシャル人】ITの力で障害者と社会が歩み寄る「ゼロ地点」を見出す。誰もが「働く」を諦めないでいい社会に

写真:アクティベートラボのオフィスで笑顔を向ける増本さん
テクノロジーの力で障害者の社会参画の促進に取り組む株式会社アクティベートラボ代表の増本さん
この記事のPOINT!
  • 障害者と企業、双方が抱える情報格差が、障害者の社会参画を妨げる一因に
  • アクティベートラボではITを活用し障害者視点で障害者が活躍できるマーケットづくりに取り組んでいる
  • 企業の「障害」に対する理解を促進し、誰もが「働く」ことを諦めないでいい社会を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

2021年に、2.2パーセントから2.3パーセントに引き上げられた障害者の法定雇用率。インクルーシブ社会の実現に向けて法制度の整備は進められているが、2020年度の達成企業の割合は48.6パーセント(※)と、過去最高を更新するも該当企業約10万社のうち半分以上の企業がまだ達成できていない。

  • 参考:厚生労働省「令和2年 障害者雇用状況の集計結果」

今回お話を伺うのは、身体障害者に特化したSNSの開発や障害者雇用コンサルティング、障害者雇用定着支援などを通して、障害者の社会参画を促す株式会社アクティベートラボ(外部リンク)代表・増本裕司(ますもと・ゆうし)さん。その取り組みの背景には、仕事中に脳出血で倒れ、自身も右半身麻痺、身体障害者等級2級の重度障害者となった増本さんの実体験があった。

当事者となり初めて知った障害者と社会の壁

2009年、仕事中に脳出血で倒れた増本さんは、意識不明のまま病院に運ばれ、混濁した意識の中で2週間、生死を彷徨い続けた。

「意識が戻った後、全く話すことも体を動かすこともできず、担当医からは『増本さん、違う人生を歩んでください』と言われ、自分の人生に絶望しました」

写真
脳出血で倒れた時のことを振り返るアクティベートラボ代表の増本さん

しかし、長期間にわたる過酷なリハビリ生活を乗り越え、右半身麻痺という後遺症は残るものの普通に話せるまでに回復。そんな増本さんが次に直面したのは、社会復帰の壁だった。

「貯金も尽きかけていたのでともかく働かなくてはと思い、いくつもの就職エージェントに登録して、障害者枠で仕事を探しました。しかし、60社受けて全て不採用。就職活動を通してひしひしと感じられたのが、面接官のやらされている感でした。始終そっけない態度ですし、障害のことばかり聞かれ、これまでの経験や実績を一切聞かれませんでした」

その後、アルバイトとしてなんとか建築コンサルタントの会社に採用が決まるが、入社してはじめに言われたのが「君は座っているだけでいいから」という一言。

「自分は“数合わせ”のための採用だったんだと、深く傷つきました。『障害者』というレッテルを貼られて、能力で判断されないこの現状は絶対におかしいと憤りを感じました」

その怒りを原動力に、なんとか会社を見返してやろうと自ら営業活動を行い、大型案件を次々に獲得。すると待遇は一変し、時給は2倍となり、地方出張まで任されるようになった。

「会社の仕事は順調でしたが、自分がぶち当たった『障害者だから〜できない』という会社の固定観念や、面接などを通して感じた『障害』に対する無理解を、なんとかしなくてはならいという気持ちが芽生えました。他の障害者の人たちはどのような問題を抱え、どのように対処しているのか、ということも知りたくなりました」

その思いが募り、2015年にアクティベートラボを立ち上げることとなる。

社会と障害者のつながりを生み出し「ゼロ地点」を追求

アクティベートラボは、「障害者視点で障害者が活躍できるマーケットの創出」「デジタルデバイド(※)の障害者をなくす」の2点を目標に掲げ、障害の有無にかかわらず誰もが生き生きと働ける社会の実現を目指している。

  • インターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる者と利用できない者との間に生じる格差

障害者雇用コンサルティング、障害者雇用定着支援、障害者採用サイト構築支援など障害者に関するさまざまなサービスを展開しているが、中でも特筆すべきは、障害の部位をイラスト上で感覚的に指定することで最適なマッチングを行うことができるマッチングエンジン「ブイくん」の開発。その機能を活用した身体障害者が同じ境遇の人たちと情報交換を行えるSNS「OpenGate(オープン・ゲート)」(外部リンク)は、大きな話題を集めた。

マッチングエンジン「ブイくん」の仕組み図。
実現できるキーファクター 〜特許取得(特許第6202136号)〜

障害を文字ではなく、絵で指定する。
・障害部位毎に症例を指定して登録
・障害部位をアイデンティティ化
・相関性マッチングアルゴリズム
・難病と障害部位の関係性の可視化

障害を「絵」で指定する→インターネットを利用して「絵」と「マッチングアルゴリズム」を掛け合わせる→その方の障害にあった「最適な情報」を提供する→特許

なぜなかった?
医療業界では疾患毎に区分けされるため、部位によるグルーピングは不要なため。障害者業界では、NPO活動や企業CSRがほとんどで、サービスを生み出す力が弱いため。

ブイくん
身体障害部位と疾患でマッチングする身体障害者特化属性情報
・オリーブ色…全般
・イエロー…疾患
・パープル…まひ
・ブルー…欠損
特許取得 特許第6202136号
身体障害者のためのマッチングエンジン「ブイくん」の仕組み。特許も取得済み

「OpenGateの目的は、障害者の方のコミュニケーションとマーケットの創出です。多くの壁が存在する社会の中で障害者の方たちがどのように暮らしているのか知りたかった、というのもこのSNSを開発した理由の1つです。また、コミュニケーションの場を生み出すことで、お互いの情報共有を可能にし、良いサイクルを生み出すことができないかと思ったんです」

画像:OpenGateの画面
プルダウン、検索窓。
メニュー:注目投稿ランキング、投稿者ランキング、団体企業、医療従業者、告知(イベント)、アンケート
障害のある部位で身体障害者同士をマッチングするSNS「OpenGate」

そのために必要なのが「デジタルデバイドの障害者をなくす」こと。

「例えば、手足を動かすことが難しい人のために開発された目の動きだけで操作できるパソコンがありますが、そもそもその情報を知らなければ活用することができませんよね。もし活用すれば、自らいろんな情報を発信することができるし、ネットを通じて多くの人とコミュニケーションを交わすことができます。有益な情報が得られれば、人はボジティブになり、アクティブになり、ホープフル(希望を持つ)になるものではないでしょうか」

写真:「INCFビジネス・アクセラレーション・プログラム」授賞式のステージに立つ増本さん
増本さんは、三菱総合研究所主催の「INCFビジネス・アクセラレーション・プログラム」をはじめ、数々のビジネスコンテストで最優秀賞を受賞

また、OpenGateの中で交わされる「こんなアイテムやサービスがあったらいいのに」という情報は、障害者にとって本当に必要なマーケットを生み出すヒントにもつながる。

「全てがそうとは言いませんが、補助金に支えられている企業が多い福祉業界では、提供されるサービスと障害者のニーズがずれていることも少なくないと感じています」

例えば脳卒中は、日本で年間約30万人(※1)が発症し、その患者数は112万人(※2)いると言われている。後遺症として体に麻痺が残る人も多く、街中にあるちょっとした段差が当事者にとって危険になることはあまり知られていないと言う。

  • 1.Takashima N, Arima H, Kita Y, Fujii T, Miyamatsu N, Komori M, Sugimoto Y, Nagata S, Miura K, Nozaki K. Incidence, Management and Short-Term Outcome of Stroke in a General Population of 1.4 Million Japanese: Shiga Stroke Registry. Circ J 2017 (in press)
  • 2.厚生労働省「令和元年(2019)人口動態統計月報年計(概数)の概況

都市部においては、車いすユーザーのためのバリアフリー設備はずいぶん整ってきたが、より多くの障害に目を向けるべきではないかと、増本さんは語気を強める。

「私が昔通っていた病院にコンビニがありました。店員の方は、どんな病気や障害のある人が訪れても慣れたもので、ごく自然に商品を代わりに取ってあげたり、段差でのサポートをしたり…。でも、病院から一歩出ると、同じコンビニであっても、もちろんそうはいきません。私たちは、OpenGateを通じてさまざまな障害のある人たちが必要としているサービスや情報を吸い上げ、病院の中にあるコンビニのような場所、言うなれば障害者と健常者がお互いをありのまま理解できる『ゼロ地点』のような場所を世の中にたくさんつくる後押しができたらと考えています」

「障害者翻訳システム」が障害者雇用の採用・定着を促す

現在多くの人材サービス会社が障害者の採用支援や定着支援を展開しているが、増本さんは「医療的な視点」の必要性を説く。

「私が就職活動を行なっていた中で苦労したのが、自分の障害に関する説明にものすごく時間を取られたことでした。『右半身麻痺って大変ですね』という会話から始まり、『そんなことはありません。なぜなら…』という説明の繰り返し。就職エージェントも企業の採用担当者も、障害の特徴について理解している人はほとんどおらず、実際に働いたときのイメージができないのです。その問題をなんとかしたいと思い、現在スタートしたのが『障害者翻訳』サービスです」

「障害者翻訳」サービスとは、障害者や就職エージェントの担当者が、障害の症状や情報を入力すると、企業の採用担当者にその「障害の特徴」はもちろん、「業務上必要な配慮」「コミュニケーションで気を付けるべき点」を瞬時に出力。企業が障害者のことをあらかじめ良く理解した上で採用活動ができるようになるというシステムだ。

画像:「障害者翻訳」サービスの画面
左側:
障害情報/身体障害
不自由な部位を選択してください(複数選択可)
※ブイくんを使って選択
右側:
障害情報/精神障害
・病名を選択してください(プルダウン)
・通院について選択してください(通院している、指示はあるがしていない、指示がないのでしていない)
・服薬について選択してください(指示されているすべての薬を服薬している、指示されている一部の薬を服薬している、指示されているがまったく服薬していない、指示がないのでしていない)
・合併症について選択してください(プルダウン)
・精神障害者保健福祉手帳について選択してください(持っている、申請中、申請予定、持っていない)
・配慮希望事項を選択してください(とくになし、個人空間の配慮、単一指示者の配慮、作業マニュアル化の配慮、時短就業の配慮
・その他、配慮希望事項があれば入力してください(500文字以内で入力してください)
登録ボタン
「障害者翻訳」サービスの入力画面

「現在は医療系大学と協議をし、表示される情報のエビデンスを明確化しています。障害について事前に理解できることで、採用担当者の方はその人が職場で働くイメージを持つことができます。これは、企業にとっては、面接時間の短縮につながると共に、企業と障害者のミスマッチの軽減にも役立ちます。障害のある方にとっても自分の障害について説明する手間が省け、もっと人となりや能力面を見てもらいやすくなる。実際に、弊社のサービスを利用して採用が決まった方からは『初めて障害の説明をせずに採用が決まりました!』と喜びの声をいただきました」

「障害者翻訳」サービスは、すでに店舗・施設支援事業、通信・エネルギー事業、コンテンツ配信事業等を手掛けるUSEN-NEXT GROUPの採用サイトなどにも実装されている。

写真
現在構想中のサービスの設計図面を前に、事業に対する思いを語る増本さん

今後はさらに情報精度を高め「会社の戦力としての障害者雇用が当たり前の世の中にしたい」と増本さんは意気込む。

誰もが生き生きと働けるインクルーシブな社会を実現するために、アクティベートラボの挑戦は続く。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

増本裕司(ますもと・ゆうし)

大学卒業後、マンションデベロッパー、情報通信広告代理店に営業担当として従事。その後ベンチャー会社を経て、某大手通信会社の事業企画担当に。2009年9月、就業中に脳出血で倒れ、身体障害者2級になる。2015年アクティベートラボを設立。障害の部位を指定し最適なマッチングを行うマッチングエンジン「ブイくん」や、「ブイくん」を利用した身体障害者専用のSNS「OpenGate」を開発。「ビジコンなかの」最優秀賞、「かわさき起業家オーディション」優秀賞、「アントレプレナー大賞」ソーシャルビジネス部門賞、三菱総合研究所主催「INCF ビジネス・アクセラレーション・プログラム 2019」最優秀賞など、さまざまなビジネスコンテストで入賞。
株式会社アクティベートラボ(外部リンク)

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