日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

好きになったら守らずにいられない。楽しみ、考える体験教育が「豊かな海」をつなぐ

写真:右下から時計回りで、田植えを楽しむ子どもたち、海でスノーケリングを楽しむ子どもたち、取材に答える海野さん
神奈川県・葉山で子どもたちへの海洋教育に取り組むNPO法人オーシャンファミリー代表の海野義明さん(写真右)
この記事のPOINT!
  • 深刻化する海の環境問題。自然の再生能力だけでは元に戻すことができない状況に
  • オーシャンファミリーでは、子どもたちが「海を好きになる」教育プログラムを展開
  • 楽しい体験で学ぶ意欲を自然と育み、自発的に「海を守る」次世代を育てていく

取材:日本財団ジャーナル編集部

私たちの暮らしは海と密接な関係にある。魚介など食料の採取、諸外国との貿易、レジャーとしての憩いの場など、人は昔から深く海とつながりながら発展を遂げてきた。

そんな海がいま大きな危機に瀕している。経済活動により流出したプラスチックごみや排水による汚染、乱獲による水産資源の枯渇、海水温の上昇によるサンゴ礁の破壊……。もはや海が本来持っている自然の再生能力だけでは元に戻すことができないところまできている。

神奈川県・葉山にある認定NPO法人オーシャンファミリー(外部リンク)では、約30年前から「海は楽しい、海は素晴らしい、そして海は大切だ!」をモットーに、次代を担う子どもたちを中心に海の環境教育に取り組んでいる。海とのつながりを深め、一人でも多く自ら海を守りたいと行動する人材を育てるためだ。

オーシャンファミリーで代表を務める海野義明(うんの・よしあき)さんにお話を伺い、大切にする教育の姿勢、プログラムに参加する子どもたちの目の輝きに、なるほど!と気付かされる点が数多くあった。

ただただ楽しく体験する機会が、海を守る近道に

「海で遊ぶ子どもを年々見かけなくなりますよね。それは学校にプールが設置され出した昭和40年頃から始まっているんです」

海野さんは、学校にプールが設置されたことで、それまで児童生徒の療養と教育を目的に実施されていた臨海学校がなくなり、子どもたちが海に触れる機会が減少したことが大きな要因の1つだと話す。

写真
子どもたちに「うんぱぱ」の愛称で親しまれている海野さん

「当然ながらプールには波もありませんし、生き物もいない。50歳以下の人たちの多くは海の広さや心地よさ、楽しさを知らずに育ってきてしまいました」

いま子育てをしている人たちの多くが、海の本当の魅力を知らずに育った世代。2019年に日本財団が全国15歳~69歳の男女を対象に行った「海と日本人に関する意識調査」では、90パーセントの親が「子どものうちに海体験があることが大切だと思う」と回答しながら、自身の子に「十分に海体験を提供できている」と回答した人は25パーセントしかいない。その理由には「海まで時間がかかる」(45パーセント)、「忙しい」(40パーセント)が上位にあがる。

「海と日本人に関する意識調査」海に「行きたい」–自分の子どもへ海体験が提供できない理由-を示す横棒グラフ:
海まで時間がかかる|海に行きたい(親)45% 海に行きたくない(親)39%	
疲れる・疲れそう|海に行きたい(親)18% 海に行きたくない(親)31%	
大人が忙しい/大人が休みをとれない|海に行きたい(親)40% 海に行きたくない(親)25%	
特に必要と思わない/思わなかった|海に行きたい(親)5% 海に行きたくない(親)22%	
行くならきれいな海に行きたい(近くにない)|海に行きたい(親)22% 海に行きたくない(親)21%	
親側(大人)が海を好きではない|海に行きたい(親)3% 海に行きたくない(親)20%	
親が海へ行った経験が少ないため、積極的には海へ行かない|海に行きたい(親)9% 海に行きたくない(親)19%	
子どもと大人の休みがなかなか合わない|海に行きたい(親)23% 海に行きたくない(親)12%	
行きたいと思いつつ、タイミングをみているうちに大きくなってしまった|海に行きたい(親)22% 海に行きたくない(親)12%	
学校で機会がない(臨海学校がなく、林間学校など)/なかった|海に行きたい(親)9% 海に行きたくない(親)10%	
子どもが忙しい/子どもが休みをとれない|海に行きたい(親)19% 海に行きたくない(親)10%	
お金がかかる|海に行きたい(親)12% 海に行きたくない(親)9%	
地域で機会がない(海に行くプログラムなど)/なかった|海に行きたい(親)9% 海に行きたくない(親)8%	
交通手段がない/交通のアクセスが良くない|海に行きたい(親)9% 海に行きたくない(親)7%	
いつ連れて行けばいいかわからない/わからなかった|海に行きたい(親)3% 海に行きたくない(親)4%	
その他|海に行きたい(親)5% 海に行きたくない(親)3%
「自分の子どもへ海体験を提供できていない理由」について。2019年日本財団「海と日本人に関する意識調査」より

だからこそ、子どもたちと海をつなぐ他者の存在が必要だと、海野さんは言う。

オーシャンファミリーでは、未就学児から高校3年生までを対象に、スノーケリングやビーチクリーン、里山遊びなどさまざまな体験活動を通じて、子どもたちが自然や生き物たちと触れ合い、環境問題について向き合うきっかけづくりの場を提供している。

前身となるのは、1995年に世界的な海洋生物学であるジャック・T・モイヤー博士が三宅島に、海洋環境教育を行うために設立した「海洋自然体験事業所」。三宅島に移住して海洋生物の研究を行っていたモイヤー博士が、1970年代に赤土の流出やオニヒトデの大量発生によってサンゴ礁が死滅する様子を目の当たりにしたことが、大きなきっかけとなった。

「科学では海は守れない。人の気持ちが変わらなければ、海は守ることはできない。そんな思いから、モイヤー博士は1984年から全国の小学生から高校生までを対象に、『海を守る人を育てる』ことを目的とした海洋教室『三宅島サマースクール』を始めました」

写真
子どもたちに海の大切さについて話をするモイヤー博士(左)。その右隣にいるのが若かりし頃の海野さん

1991年に三宅島へ移住し、ネイチャーガイドや漁師として生計を立てていた海野さんは、モイヤー博士に誘われてサマースクールを手伝うようになり、1998年からは事務局も担うようになった。その後、2000年に起きた火山噴火災害によって全島避難を余儀なくされ、2002年からは海野さんの生まれ故郷である葉山に拠点を移し、オーシャンファミリーとしての活動が再スタート(NPO法人登記は2005年)した。

「初めの年は14人しか集まらなかったのですが、数年後には葉山の小学生の約1割が通ってくれるようになりました。それを30年続けていると、葉山で子育てをしている親の1~2割がうちの卒業生になります。続けていくことで、地域全体で『海を守る』という意識が育つのではないか。そんな思いで教室を続けてきました」

いまやオーシャンファミリーの活動に参加する子どもたち(家族含む)は1年で延べ約5,000人。葉山をはじめ近隣エリアを中心に、週末や夏休みなどの長期休暇には東京や埼玉など遠方からもたくさんの子どもたちがやって来る。

好奇心を呼び起こし環境問題への気付きを促す

オーシャンファミリーが提供するプログラムは、小学生が対象の「葉山マリンキッズ」「葉山キッズschool」「葉山ニッパーズ」、未就学児が対象の「Pre」、家族連れが対象の「葉山ファミリー教室」、小学生から高校生まで対象の「三宅島サマースクール」とさまざまだ。

子どもたちと接する中で海野さんが何よりも大切にしているのは、ただただ「海は面白くて楽しい」と感じてもらうこと。子どもたち自身が海と触れ合う中で見つけたもの、感じたことを通して好奇心を呼び起こし、自然と環境問題に気付き、自分で考え行動する力を身に付けてほしいと願うからだ。

「海では、海が子どもたちの先生です。海に行けば見たことがない生き物や、面白いことがたくさんある。僕たち大人の役割は、海を好きになってもらい、子どもたちの好奇心を活性化させること。目に見えている海はほんの一部分でしかありません。自分たちが使っている水はどこへ行くのか、海の見えないところでは何が起こっているのかを考え、想像して膨らませてもらえたらいいなと思っています」

写真:海岸を駆けるたくさんの子どもたちと、それを見守るスタッフ
オーシャンファミリーの海洋教室に参加する子どもたち。そこで出会った仲間はかけがえのない家族のような存在だ
写真
拠点となる築110年の古民家を利用したセミナーハウスで、小磯で採った生き物を観察する子どもたち

ボランティアスタッフを含めると、未就学児から70代まで幅広い世代の人間が集うオーシャンファミリーの教室は、子どもたちにとって貴重な人間関係を学ぶ場でもある。自然と互いを思いやり、上級生が下級生の面倒を見るという姿も日常だ。

「取っ組み合いもしょっちゅうです(笑)。でも、不登校がちな子どももここに来ると元気に遊び回っていたり、人とのコミュニケーションが苦手でときどき突然キレてしまうような子どもも、通っているうちにみんなに受け入れられて、やがて自ら年下の子どもたちと関わるようになったりする。約1週間にわたって三宅島で生活を共にするサマースクールに参加した子どもたちからは『友達ができてうれしかった!』という感想をたくさんもらうんですよ」

写真
美しい三宅島の海で一緒になってスノーケリングを楽しむ子どもたち

参加した子どもたちの家族からも、わが子の成長を喜ぶ声が多く寄せられており、家庭内でも環境問題について話し合うきっかけにもなっているようだ。

「大好きだから、守りたい」気持ちを自然に育む

2021年、日本財団と環境省が実施する、海洋ごみ対策の優れた活動を表彰する「海ごみゼロアワード」で、葉山キッズschoolに通う塩谷廉(しおたに・れん)くんと東京農工大学の高田秀重(たかだ・ひでのぶ)教授が連名で申請したオーシャンファミリーの取り組みが日本財団賞を受賞した。

廉くんは、高田教授から海洋プラスチック問題を教わったことをきっかけに、砂浜からプラスチックごみを除去する装置「プラプカボックス」を発明し、特許まで取得した。

写真
プラスチックごみ除去装置を発明した塩谷廉くん
写真
廉くんが開発したプラスチックごみ除去装置「プラプカボックス」

「教室に参加する子どもたちは、自分なりにいろんなことを考えていて、ほかにも海の水質を調査して海の水を汚さないサンオイルの開発に取り組んでいる子もいます。そんなふうに、私たちの活動を通して、子どもたちの心にたくさんの種をまければと」

海野さんは2020年からはオーシャンファミリーの活動に加え、葉山の海につながる川の上流で環境保全型の農業と里山づくりを行う「はやま里山ファーム」(外部リンク)を運営。子どもたちが「源流」「沿岸」「海洋」と海につながる水の循環を体験しながら学ぶことを目的に、葉山の自然の中で農作物を育てたり、収穫して食べたりするといった、里山体験の場も提供している。

写真
田んぼで生き物を探しながら「アメリカザリガニは外来種だからダメなんだよね!」と会話する子どもたち

取材当日、葉山キッズschoolの子どもたちが田植えをする様子を見学することができた。子どもたちはこれから稲の世話や収穫はもちろん、収穫後のハザがけや脱穀まで、普段食べている「お米」になるまでの過程を体験する。

写真
田植えをする子どもたち。いまから秋の収穫が楽しみだ

子どもたちと海との関わりを取り戻すには「国がもう一度海を教育の場としてとらえ、学校教育の中に、子どもたちが海に触れ、身近に感じるプログラムを導入すること」が理想だと、海野さんは語る。

「僕も子どもの頃は、学校にいる時間以外はずっと海で遊んでいました。山も川も好きですが、海が一番自由で楽しかった。近所の漁師からは命を守るために必要な知識だけは教えられたけれど、あとは何をしてもダメとは言われなかったんです。ほったらかしのようで、陰で見守っていてくれたんだと思います」

写真:優しい笑顔で取材に答える海野さん
子どもたちに純粋に「海は楽しい!」ということを伝えたいと話す海野さん

そう少年時代を振り返る海野さん。この原体験が「大好きな海を守りたい」という原動力にもなっている。

海の環境を守る上で海洋ごみを取り除く、海の生態系を守るなどの活動ももちろん重要だ。一方で、大人である私たちが、身近にいる子どもたちが海を好きになり、自然と海を取り巻く環境にも目が向くよう、好奇心の種をまくことも「豊かな海を未来へつなぐ」ために大切なことではないだろうか。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

海野義明(うんの・よしあき)

1955年神奈川県葉山町生まれ。麻布大学獣医学部卒業。日本動物植物専門学院で教師を11年務めた後、1991年に三宅島に移住。ネイチャーガイドや漁師として生計を立てる一方、海洋生物学者、故ジャック・T・モイヤー博士とともに三宅島の小学生、島を訪れた子どもたちを対象に海の環境教育を実践。2000年の噴火避難後、葉山町を拠点に海の環境教育を全国的に展開。2005年にNPO法人オーシャンファミリー海洋自然体験センターとして法人登記。2020年に認定NPO法人格を取得、法人名をオーシャンファミリーに変更。
認定NPO法人オーシャンファミリー 公式サイト(外部リンク)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。