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防災訓練に必要なのは「遊び」?防災を社会に広げるための楽しい仕掛けづくり

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「あそび防災プロジェクト」を企画・運営する株式会社IKUSA代表取締役の赤坂大樹さん
この記事のPOINT!
  • 多くの防災情報は内容が堅く親しみづらいため、防災意識を高められない人が多い
  • 株式会社IKUSAでは、誰でも楽しく防災を学べる「あそび防災プロジェクト」を企画・実施
  • 防災について、家族・会社・地域間で話し合い、それぞれに合った対策が命を守る

取材:日本財団ジャーナル編集部

2022年9月、記録的大雨を観測した台風15号は、静岡県を中心として多くの地域に甚大な被害をもたらし、死者は3人、浸水被害は8,337件に上り、静岡市内では断水状態が13日間にも及んだ。

自然災害による被害を軽減させるためには、日頃からの防災意識が重要となる。しかし、2022年にセコム株式会社が全国の男女500人を対象に行なった「防災に関する意識調査」(外部リンク)によると、「対策をしていない」と回答した人が53パーセントもいることが分かった。

図表:防災に関する意識調査

防災対策実施の有無(サンプル数 500人)
・していない 53パーセント
・している 47パーセント
半数以上が「防災対策をしていない」と回答。出典:株式会社セコム

近年、災害への危機意識を高めようと、あらゆるメディアで防災に関する情報が発信されているが、情報を手にしただけでは、災害を自分ごととして捉えるのは難しいのかもしれない。

そんな中、自治体や企業の注目を集めているイベントがある。遊びという体験を通して、防災への学びを深められる「あそび防災プロジェクト」(外部リンク)だ。

画像:「あそび防災プロジェクト」の公式サイトのトップページ
「あそび防災プロジェクト」の公式サイト。画像提供:株式会社IKUSA

企画・運営を行う株式会社IKUSA 代表取締役の赤坂大樹(あかさか・だいき)さんに、なぜ防災の事業化を行ったのか、なぜ遊びの要素を取り入れようと考えたのか、話を伺った。

誰でも参加できて、楽しみながら学べる防災イベント

「あそび防災プロジェクト」は、「遊び」という要素を取り入れたことで、誰でも気軽に参加できるのが特徴だ。

手がけるイベントは、体を動かすものから、謎を解いて進めていくもの、コロナ禍でもオンライン上で家族と楽しめるものまで幅広く用意されている。

例えば、「あそび防災プロジェクト」の企画の1つ「防災運動会」の中にある「防災障害物リレー」は、地震発生後に起きる火災を想定した競技。がれきをイメージした道を歩くため、新聞紙でスリッパを作ったり、水消火器を使用し火のイラストが描かれた的を倒したりすることで、楽しみながら対処方法を学ぶことができる。

あそび防災プロジェクトが手がけるイベントの例

・災害体験型アクティビティ「防災運動会」
・子どもも参加可能な「防災ヒーロー入団試験」
・親子で学べる「防災謎解き」
・オンラインでも防災知識を学べる「防災間違い探しオンライン」
・合意形成を学ぶ「防災コンセンサスゲーム たどり着け!帰宅困難サバイバル ONLINE」
・オンライン版防災運動会「おうち防災運動会」
・チームビルディングを行いながら防災知識や防災に対する考え方を学べる「崩れゆく会議室からの脱出」
さまざまな形で防災について学べる「あそび防災プロジェクト」。画像提供:株式会社IKUSA
新聞紙で作ったスリッパで石の上を歩いている
素足で歩くのは難しい場所でも、簡易的なスリッパがあれば歩ける。画像提供:株式会社IKUSA
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水消火器を使って火の形の的を倒す。ゲーム性が高いのがあそび防災の特徴だ。画像提供:株式会社IKUSA

そんな「あそび防災プロジェクト」は、どのような経緯で生まれたのか?

「起業当初は、Webコンサルティング事業が中心でした。その後、2018年に各地のお城の跡を活用した地域活性化、その土地の歴史や文化を学ぶイベントとして『チャンバラ合戦-戦IKUSA-』(外部リンク)を企画し、その時に『学びがあるレクリエーションっていいな』と感じたんです」

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「チャンバラ合戦」とは片手にスポンジ製の刀を持ち、腕に「命」となるボールを装着して大人数で戦う体験型イベント。画像提供:株式会社IKUSA

イベント運営を続けていくうちに、参加した企業や自治体から抱えている課題を聞く機会も増えたという。その中の1つが、防災に関する課題だ。

「多くの自治体が市民の間に『防災意識が広まらないこと』を課題として抱えていました。話を聞いていくと、そもそも発信されている防災情報の内容が堅く、市民の人々にとっても親しみづらいということが分かりました。災害の多い日本で暮らしているのであれば、誰もがある程度の防災知識を持っておいてしかるべきですが、専門書で紹介されているような情報は、どれも初心者には理解が難しい。また、『防災に興味・関心がある人しか、防災系のイベントに参加しない』という点も理由として挙がっていました。『初参加の人を増やしたい』というのが自治体の方たちの思いだったんです」

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「あそび防災プロジェクト」が生まれた経緯について語る赤坂さん

もっと多くの人に防災意識を高めてもらうためにはどうするべきか?赤坂さんが考えたのは、情報のハードルを下げ、誰もが参加できる防災プロジェクトの立ち上げだ。

「私たちは『チャンバラ合戦-戦IKUSA-』を通して、体験を通して楽しみながら学ぶことの有用性や手応えを感じてきました。そして、この方法は『防災意識を広める手段』としても活用できると思ったんです。『誰もが参加できて、かつ楽しみながら学べる防災イベントであれば、自治体の方が抱える課題を解決できるかもしれない』と。それが『あそび防災プロジェクト』の始まりでした」

重視したのは、防災における「ニーズ」「地産地防」

多くの人の防災意識を高めるために立ち上げられた「あそび防災プロジェクト」。赤坂さんは防災コンテンツを事業化するにあたり、災害に対する人々の原体験の習得に注力したという。

「防災事業に携わろうと決めたものの、私たちには災害に遭った経験がありませんでした。なので当時は、一般社団法人防災ガールさんが主催していた『防災アクセラレータプログラム※』に参加したんです。そこでは2016年に発生した熊本地震で被災し、避難された方の話を伺ったり、参加団体の有識者の方と話したりすることができて、私自身大きな学びにつながりました」

  • 防災やスタートアップに関わる、あらゆる知見を専門のプロフェッショナルから6カ月にわたって学ぶことができるプログラム。株式会社IKUSAを含む6団体が参加し、防災の事業化を目指した
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「防災アクセラレータプログラム」では各専門家から講義を受けたという。画像提供:株式会社IKUSA
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熊本地震ので被災者から話を伺う機会も。画像提供:株式会社IKUSA

人々の原体験から見えたニーズを満たすコンテンツを作ること。赤坂さんは「防災アクセラレータプログラム」に参加して、その必要性を再認識した。

「被災した方々の話を聞いていると、『この話は別の人からも聞いたな』と感じることがありました。避難中に困ったことや、大変だったことが共通していたんです。そこにニーズがあると感じました」

そうして得た知見が形となったのが、2019年9月に初の開催となった、災害体験型イベント「防災運動会」だった。防災を「5つのフェーズ」に分け、それらのフェーズに合わせた競技を通して学ぶイベントで、導入をしたのは、香川県高松市に拠点を置く穴吹エンタープライズ社。ホテル事業やサービスエリア事業を営む同社では、スタッフへの教育も兼ねて防災運動会を採用したという。

防災を5つのフェーズ分けて一度に体験できるアクティビティ
・第1種目
事前準備
「防災クイズラリー」
災害が発生する前を指します。事前の備えは万全?

・第2種目
災害発生
「防災障害物リレー」
災害が発生、その時に気をつけるべきこと

・第3種目
発災直後
「防災借り物競走」
災害発生から24時間前後〜72時間以内を想定

・第4種目
避難生活
「避難場所ジェスチャーゲーム」
災害発生から72時間〜3カ月を想定

・第5種目
生活再建
「瓦礫運び」
災害発生から3カ月以上を想定

5つのフェーズを一度に体験
防災は、時間のフェーズによって必要な知識やスキルが異なります。
防災運動会では5つに分けたフェーズで必要な知識やスキル一度に体験することができます。
日本の防災の課題である「自助」「共助」の体験を底上げします。
防災は「事前準備/災害発生/発災直後/避難生活/生活再建」という5つのフェーズに分けられ、それらに対する知識が求められる。画像提供:株式会社IKUSA

「通常の避難訓練や防災訓練では、これらを網羅的に学ぶことは難しいでしょう。しかし、防災運動会では、体を動かして楽しみながら複合的に学べるようになっています。何より運動会なので、老若男女問わず誰でも参加できる。新聞紙で防災スリッパを折る競技では、若者より高齢者の方が速く正確に作って活躍されていました。まさに私たちが目指していたコンテンツだなと感じています」

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防災運動会で、防災スリッパを折る参加者の様子。地震発生直後、まずは足元を守ることが肝心だ。画像提供:株式会社IKUSA

また、こうしたイベントには「地産地防(ちさん・ちぼう)の要素も欠かせない」と、赤坂さんは語る。

「災害対策は、住む地域や発災時にいる場所、家族や隣人との関係、時間帯によって変わります。そのため、イベントはその地域や企業・自治体が求めるシチュエーションに近い状態を想定する必要があるんです。例えば、台風や豪雨による水害が多い九州・四国地方で防災イベントを行うときは、水害系のクイズを多めに出しています。企業向けの防災イベントでは、オフィスにいる時の発災を想定して、家に帰るタイミング、帰宅時の持ち物、何も持たずにオフィスを出た時の対策が学べるように変えています。もちろん、地域や企業によっては『この対策は、うちには合わない』と感じることもあるはずです。その時は、参加者同士で『自分たちに合う防災って何だろう?」とディスカッションしてもらえたら嬉しいですし、個々のシチュエーションに合った具体的な防災につながると思っています」

住んでいる地域やライフスタイルに合った防災を、そこに住む人たちで考えていく。地域のつながりが希薄になりつつある現代では、難しく感じるかもしれない。ただ、こうしたイベントをきっかけにすれば、同じ地域に住む人や家族とコミュニケーションを取りながら、防災の学びが深められるのではないだろうか。

防災運動会の参加者からも「日々、防災の経験を積むことが難しいので、救済リレーで自分にないアイデアや経験ができた」「なかなか大人数で防災に取り組むことはないけど初めて会ったメンバーとも、防災意識を高めることができた」といった声が届いているという。

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参加者同士でコミュニケーションを取りながら防災借り物競争に取り組む様子。画像提供:株式会社IKUSA

家族、会社、地域で防災を気軽に話し合える社会に

2019年から始めた「あそび防災プロジェクト」だが、ニーズが想定以上にあり、当初考えていた5倍以上の集客があるという。赤坂さんも「防災に興味はあるけど、知る機会がなかった人のニーズを少しずつ解決できている」と実感している。

一方で、防災の大切さを実感しつつも関心がない人は、まだまだ多い。彼らに関心を持ってもらうためにできることは何だろう?

「『防災について触れてみよう』と思えるきっかけづくりが社会には必要だと思います。たとえ防災に関心がなくても、親子、家族で楽しめる、企業研修として使える防災イベントがあれば、さまざまな理由で参加を促せますよね。それが防災について関心を広げる一歩になると思うんです」

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防災について関心を持つためにできることを語る赤坂さん

また、災害から命を守るためには「知識を自分だけのものにしないことも大切」だ。

「防災の知識を得たら、次はそれを家族、会社、地域といったコミュニティの中でどう活かしていくか話し合ってほしいです。1人で考えるよりも複数人で話した方がアイデアはたくさん生まれますし、知識のアップデートにもつながるでしょう。災害発生時の約束ごとまで決められるとなお良いですね。もし会社や地域の人同士で話すのが難しいと感じる人は、まずは家族で話し合ってみてはいかがでしょうか?防災に関わって気付いたことですが、いまは大人よりも小中学生の方が、はるかにクオリティーの高い防災教育を受けています。『子どもだから』という理由で耳を傾けないのは、もったいないです」

いつ起こるか分からない災害。備えを万全にすることは難しいかもしれないが、家族、企業、地域のコミュニティ間で防災について話し合い、学びを深めることは決して無駄にはならない。きっとその積み重ねが、自分や大切な人の命を守ることにつながるはずだ。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

赤坂大樹(あかさか・だいき)

1981年、北海道帯広出身。株式会社IKUSA代表。
立命館大学経済学部卒業後、メーカーの営業からWeb業界へ。Webディレクション、チャンバラ合戦-戦IKUSA-の普及に従事。NPO法人ゼロワン元副理事でもある。
あそび防災プロジェクト(外部リンク)
株式会社IKUSA (外部リンク)

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