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【家族を看る10代】日常的な交流から支援が始まる。子ども・若者ケアラーが求めているのは当事者視点

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立命館大学で立ち上げられた「当事者の声」を大切にする支援団体「子ども・若者ケアラーの声を届けようプロジェクト(YCARP)」のメンバー
この記事のPOINT!
  • 日本における子ども・若者ケアラーの支援策には、当事者の声が届いていない
  • 家族のケアの問題など、子ども・若者ケアラーが家を離れて自立することは難しい
  • 挨拶を交わすことでセーフティーネットができることも。日常的な交流から支援が始まる

取材:日本財団ジャーナル編集部

家事、家族の介助、通院の付き添い、投薬の補助、金銭管理、感情面のサポート、きょうだいの世話、見守り、聞こえない家族や外国出身の親のための通訳……。そんな家事や家族のケア(介護や世話)を日常的に行っている子どもたち「ヤングケアラー」。

いま、早急に解決すべき社会問題とされているヤングケアラーへは、さまざまな支援策が考えられ始めている。しかし、そこには「当事者の視点」が欠けてしまっているのかもしれない。

そんな状況を危惧し、「当事者の声」を大切にする団体が生まれた。それが立命館大学で2021年9月に発足された「子ども・若者ケアラーの声を届けようプロジェクト(YCARP)」(外部リンク)である。これは立命館大学の教授である斎藤真緒(さいとう・まお)さんと、そのゼミで研究を続ける当事者の河西優(かさい・ゆう)さんが発起人となり立ち上げられたプロジェクトで、河西さんの他にも5名の当事者が関わっている。

「当事者同士の対話」「当事者とサポーターとの対話」「自分との対話」の3つをコンセプトに、定例ミーティングや海外視察、就活講座、居場所・居住支援など、当事者を包括的に支援する同団体では、活動を通じて何が見えてきたのか。 発起人である斎藤さん、河西さんに話を伺った。

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「おばあちゃんが死んでくれたから」衝撃的な一言

――斎藤さんがヤングケアラー支援に関わるようになった経緯から聞かせてください。

斎藤さん(以下、敬称略):私は家族社会学を専門にしていて、20年近く男性介護者――つまり妻や親を介護する男性の実態調査と支援活動に従事してきました。高齢者虐待や介護殺人の加害者の6~7割は男性だと言われていて、男性が介護によって孤立しない方法を模索し続けてきたんです。そういう観点から「家族を介護すること」に関わってきた中、2014年、ヤングケアラー当事者と出会いました。

ケア(介護)が内包する問題に20年も向き合ってきた斎藤教授

――どのような出会いだったんですか?

斎藤:大学の新入生の一人でした。彼女はとても真面目な子だったんですが、でも周囲に壁をつくっているような印象があって。誰ともしゃべらないし、サークル勧誘のチラシももらおうとしない。これは何かあるのかもしれない……と思い、面談をさせてもらいました。すると彼女がヤングケアラーだったことを打ち明けられたんです。5年間、祖母の介護をしていたらしいのですが、「おばあちゃんが死んでくれたから、こうして大学に入れました」と。でも、介護から解放されたばかりで、一体何をしたらいいのかも分からないと言うんですよ。それがあまりにも衝撃的で、男性介護者から少し広げた形で、ヤングケアラーのことを掘り下げていかなければいけない、と考えるようになりました。

また、私には2人の息子がいるんですが、お兄ちゃんがダウン症児なんです。つまり、弟はヤングケアラーになり得る。ヤングケアラー問題は私にとって他人事ではないこともあって、研究に熱が入っていきました。そうした過程で2019年、河西さんから連絡をいただいて、交流するようになっていったんです。

――河西さんはヤングケアラー当事者です。ご自身の原体験を踏まえつつ、斎藤さんにコンタクトを取った理由を教えてください。

河西さん(以下、敬称略):私はひとりっ子で、父と母の3人で暮らしていました。でも、父と母の仲が悪くて、私が小学校に上がる頃からは母と2人暮らしの状態でした。そして小学校高学年の頃、母が統合失調症になってしまったんです。なんだか様子がおかしいんだけど、病気ということも分からないからとにかく戸惑って。一緒に暮らしているのに、常にひとりぼっちでいるような感覚でした。やがて理不尽に怒られたり、行動を制限されたりしながら、母の面倒を見る生活が始まったんです。

ヤングケアラー当事者としての経験を語る河西さん

――当時は苦しかったのではないかと想像します。

河西:そうですね。中学3年生の頃についに限界を迎えて、祖母にSOSを出しました。結局、母はそのまま医療保護入院(※)することになり、私は祖母の家に移り住むことで穏やかな生活を送れるようになりました。ただ、完治することはなくて、退院をしてきてはまた症状が悪化して入院する、その繰り返しだったんです。大学進学をしてからもそんな生活が続き、疲れ果ててしまって……。同時に、大学ではヤングケアラーを研究していたんですが、そのまま大学院に進んでさらに研究を深めたいとも考えていました。そこで連絡をしたのが斎藤先生です。先生の下で研究ができるかどうか伺って、問題なさそうだったので大学院に進学し、それを機に家を離れることにしました。

  • 精神障害者で任意入院を行う状態にない者を対象として、本人の同意がなくても、精神保健指定医の診察および保護者の同意があれば入院させることができる入院制度

――それがお2人の出会いだったんですね。

斎藤:そうなんです。河西さんが私のゼミに入ってきてくれてから、「世界ヤングケアラー会議」というものに参加しました。するとそこでも驚きました。研究者、行政、民間と、世界中からさまざまな人たちが集まっていたんですが、どのセッションにも必ず当事者がいたんです。その頃、日本でもヤングケアラーに注目が集まっていて、政策が作られようとしているタイミングでした。ただ、日本だとどうしても当事者の姿が見えない。そんな現状を目の当たりにして、「当事者を真ん中に置いた取り組みが必要なのでは」と考えるようになっていきました。そして2021年9月に河西さんと一緒に立ち上げたのがYCARP(ワイカープ)です。

「家族」を中心とする日本の制度設計には限界がある

斎藤:「当事者の話を聞く」「当事者を真ん中に置く」というのが活動理念です。だから当事者を招いて、定期的なミーティングを開催しています。また、個人的に意識しているのは、研究と実践とをしっかりつなげること。私は、ヤングケアラーに必要なことは何か研究を重ねたら、それをきちんと実践につなげていきたい。だからYCARPは、「当事者と共に支援策を考える団体」とも言えるかもしれません。

2022年9月に開催されたYCARP設立1周年記念イベントでは、子ども・若者ケアラー当事者や支援者、さまざまな立場の人が社会に向けて「声」を届けた
YCARP設立1周年記念イベントで「声」を届ける若者ケアラー

――「居場所・居住支援」も実施されていますね。

斎藤:私は「大人になるプロセスをどう支えていくのか」を重要視しています。さまざまな団体や国の施策の対象になるのは、どうしても18歳までの子どもになりがち。18歳以降は児童福祉の枠から外れて、ポンッと社会に放り出されるケアラーがとても多い。だからはYCARPでは「ヤングケアラー」ではなく「子ども・若者ケアラー」という言葉を使っています。若者ケアラーには、その世代特有の悩みもあるんです。その一つが「離家(りか)」。家を離れて自分の人生を生きてみたいと思っても、ケアにとらわれてなかなか叶わない。「どうしても家を出たかったら、自分が悪者になるしかない」と考えるケアラーもいて。家から離れたときに自分がどんな気持ちになるのか、家族はどんな風に再編されていくのか、やっていけるのか……。そういったことを考えるケアラーたちにとって、離家はとてもハードルの高いことです。だからこそ、そこを支援する仕組みをつくりたいと考えています。

河西:私は大学院進学を機に地元を離れたんですが、やはり1~2年は精神的に不安定な状態が続きました。「家は大丈夫なのかな……」という葛藤もありましたし、自分の時間が増えたこと、人間関係が広がったことに対する戸惑いもありました。幸いなことに私には大学で出会ったゼミの仲間たちがいましたし、親身になってくれるカウンセラーさんもいました。ただ、もしも組織に所属していないケアラーがいきなり家を出てしまったら、孤独になってしまうリスクがあります。

斎藤:そもそも日本のいろんな制度が「家族がいること」を前提に設計されてしまっています。ケアラーが家から抜け出しても、結果的には残された家族に負担が押し寄せてしまうことがある。だから先ほど言ったように、ケアラーが家を離れるときは「自分が悪者になるしかない」と感じてしまうんです。

――ヤングケアラーの自立を阻むのは、精神的な障壁なんですね。

斎藤:そうかもしれません。家族の中でケアのバトンをどうにか回していかなければいけない。そういう制度設計を変え、当事者の精神的な負担を軽くしていく必要があるのだと思います。

地域の輪を広げ、セーフティーネットをつくる

――YCARPの活動を通して、改めて見えてきたことはありましたか?

河西:1つは当事者の声を受け止められるだけの姿勢が、社会にはまだ整っていないということです。自治体の担当者は皆さん、「具体的な支援はどうしたらいいのか」と悩まれているんですが、その前に当事者の声を聞こうとしているのかな、と。よく「SOSを出しても良いんだよ」と訴えかけるポスターなんかがありますが、要するにそれは能動的に動ける当事者しか対象にしていないということです。中にはSOSを出せない人だっています。そういう存在を想像し、その声に耳を傾ける姿勢が必要だと思います。

もう1つは、18歳を過ぎた若者ケアラーへの支援が不足していること。YCARPでは、この秋に30歳までのケアラーを対象にしたキャンプを行いました。そこに参加した人たちの声を聞いていると、彼らはやはり安心できる場所を求めているんです。中には体調面に不安があるけど、それでもみんなと交流したいとおっしゃる方もいて。それだけ「理解してもらえる場」が求められているのだと感じました。

キャンプには大勢の当事者が参加し、リラックスできる時間を過ごした
交流を深める子ども・若者ケアラーの参加者

斎藤:いまの施策はどうしても「支援者目線」で作られていて、成果が分かりやすく見えるものばかりなんです。でもケアラーたちが求めているものはそれだけではないはず。彼らは「自分自身の人生を生きて良いのだ」と許可されたときに戸惑ってしまうし、どうしても自分を後回しにする癖がついてしまっている。それを見つめ直し、考え直していくのは相当時間がかかります。だからこそ支援側は「このサービスを利用すれば問題解決」と考えるのではなく、目に見えない部分も含めてゆっくりサポートしてほしい。よくメディアの方はケアラーに対して「どんなことをしてほしかったですか?」なんて質問を投げかけますが、それを一言で言い表せないのがケアラーの複雑なところなんです。

――確かに、困難な状況を簡単には説明できないからこそ、これまでヤングケアラーの問題は見過ごされてきたのかもしれません。ではそんな当事者を前にしたとき、私たちにできることはあるのでしょうか?

河西:正直、一般の人にできる「支援」はあまりないと思うんです。ただ、それよりも必要なのは「理解」だと思います。ケアラーの中でも特にヤングケアラーが注目を集めるようになって、「彼らに何かしてあげなければいけない」と前のめりになっている人が多いように感じます。でもそれって、ヤングケアラーを特別視することにもつながってしまう。本来、ケアとは誰の身にも起こりうる問題のはずです。だから、まずはヤングケアラーのことを特別な存在と見なさず、「自分と同じふつうの人間なのだ」と理解するところから始まるのではないか、と思います。

斎藤:その先にできることがあるとするならば、「挨拶」や「声掛け」ではないでしょうか。具体的な支援をしようと躍起にならなくても良くって、大事なのは「あなたのことを気にかけていますよ」と当事者に伝えること。それが「挨拶」「声掛け」に含まれていると思います。私が住む地域ではおじいちゃん、おばあちゃんたちがしょっちゅう、ラジオ体操をしているんです。私はそこにダウン症の息子を連れて行って、挨拶をさせてきました。結果、街中に知り合いができて、みんな息子に声を掛けてくれるようになったんです。私にとってはそれがセーフティーネットになっていて。ヤングケアラー支援についても同じことが言えて、まずはそういった挨拶から関係を築いていくことで、当事者もホッとできるんじゃないかな、と思っています。

社会課題として見なされる一方で、その存在が特別視されてしまうことを危惧する斎藤さんと河西さん。当事者、非当事者の間に線を引くのではなく、大切なのは「同じ人間」としてフラットに接することなのかもしれない。その姿勢がヤングケアラーたちの心を解きほぐし、SOSを出しやすい環境、状況を整えることにもつながっていくのだろう

「当事者の声」を大切にするYCARPの挑戦は始まったばかり。近い将来、ヤングケアラーにとって本当に大切なものはなんなのか、私たちに示してくれるに違いない。

〈プロフィール〉

斎藤真緒(さいとう・まお)

立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学。「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」運営委員。思春期保健相談士。(公財)京都市ユースサービス協会の「子ども・若者ケアラー事例検討会」事業の発起人。「子ども・若者ケアラーの声を届けようプロジェクト (YCARP)発起人。共著に『子ども・若者ケアラーの声からはじまる―ヤングケアラー支援の課題』(クリエイツかもがわ)、『男性介護者白書―家族介護者支援への提言』(かもがわ出版)、『ボランティアの臨床社会学』(クリエイツかもがわ)など。
子ども・若者ケアラーの声を届けようプロジェクト(YCARP) 公式サイト(外部リンク)

河西優(かさい・ゆう)

立命館大学衣笠総合研究機構人間科学研究所研究員。小学校高学年から約10年間、統合失調症の母親のケアを担う。「子ども・若者ケアラーの声を届けようプロジェクト (YCARP)発起人。

『子ども・若者ケアラーの声からはじまる―ヤングケアラー支援の課題』(クリエイツかもがわ)

子ども・若者ケアラーの声からはじまる―ヤングケアラー支援の課題(外部リンク)

検討会で明らかになった、子ども・若者ケアラーによる生きた経験の多様性。その価値と知られざる困難とは何か。ケアラーが行きやすい社会への転換の方向性を、当事者の声から考察する。

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