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子育てママとろう者をつなぐ手話勉強会。「障害」に触れる体験が社会を変える

写真:左は講師を務めた手話通訳士の花山さんと冨士居身佳さん、右上は手話をママさんたちに教えているろう者の葛迫さん、右下は手話勉強会の様子
社会福祉士の冨士居さんが主宰する、子育て世代を対象にした手話勉強会の様子
この記事のPOINT!
  • 手話はろう者(※)にとって大切な言語。社会に認知されつつあるが、日常的に不便を感じているろう者は多い
  • 大阪で社会福祉士事務所を営む冨士居身佳さんは、子育て世代を対象にした手話勉強会を主宰
  • 身近なところから障害に対する「無関心」を「関心」に変え、みんなに優しい社会を目指す
  • 音声言語を獲得する前に失聴した人。日常的に手話を用いている人

取材:日本財団ジャーナル編集部

手話は、ろう者にとって気持ちや考えを伝えたり、相手の話を理解したりするための大切な言葉(言語)だ。

最近ではドラマやニュース番組、政見放送など目にする機会が増え、その重要性は社会的に認知されつつある。日本財団でもこれまで、聞こえない人と聞こえる人を通訳オペレーターがつなぐ電話リレーサービス(別タブで開く)の普及やAIを活用した手話学習ゲーム(別タブで開く)の開発などに取り組んできた。

しかし、見た目では分かりづらい障害であること、簡単な手話でも理解できる聴者(※)が少ないことなど、まだまだ日常で不便を感じているろう者は多い。

  • ろう者の反対語として使われ、聴覚に障害がない人のことを指す

そんな中、手話を広める活動に取り組んでいるのが、社会福祉士事務所コネクトウィズ(外部リンク)の冨士居身佳(ふじい・みか)さんだ。大阪を拠点に、子育て世代を対象とした手話勉強会を開き、身近なところから手話の魅力や必要性を伝えている。

手話を言語として社会に広げるために必要なこと、障害の有無に関わらずみんなに優しい社会をつくるために、私たちにできることは何か?

手話勉強会にお邪魔し冨士居さんを中心にお話を伺い、ヒントを探った。

ろう者と交流し、暮らしの現状と手話への理解を深める

耳が聞こえないろう者は、日常生活の中でさまざまな困りごとに遭遇する。特に、医療や福祉分野においては命に関わることもある。 例えば、新型コロナウイルスの感染拡大によって、受診するのにも事前の電話予約が必須となった病院が増えこともその1つ。急を要する場合でも意思疎通がうまく図れず、対処が遅れてしまうことも。

冨士居さんは、そのような障害者や高齢者の福祉に関する相談支援をメインに行っている。実際に病院まで足を運び、ろう者が電話予約以外の方法で受診できる仕組みを掛け合ったこともある。

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コネクトウィズの取り組みについて語る冨士居さん

他にも、ろう者が講師を務める講演会や、社会福祉に関する講演会や研修会、勉強会の企画、講師活動なども積極的に行っている。今回取材した幼稚園・小学生のママを対象にした手話勉強会もその一環だ。

彼女が手話を広める活動を始めたきっかけは、小学生時代までさかのぼる。

「初めて『手話ってすごい。手話で話してみたい』と思ったのは、小学4年生の頃です。当時、2歳上の姉がろう学校(※)の先生から手話を習っており、私は近所に住んでいた障害のある女性とも仲が良く、その人からも手話や障害についていろいろなことを教えてもらいました。中学に上がるとボランティアクラブのリーダーになり積極的に活動に取り組み、そこで第一線で活躍する男性ヘルパーの方と出会って、彼からも障害福祉に関するお話を聞くうちにますます興味が湧いたのを覚えています。そして高校は、福祉科のある学校へ進学。保育所や福祉施設へ出向いての実習活動では障害者が日常生活で感じる不便さを深く知り、自分が培ってきた経験を活かしたいと強く思ったんです」

  • ろう児や高度の難聴児に対して教育を施すと共に、ろう者の生活に必要な知識技能を授けることを目的とする学校

手話勉強会は、そんな冨士居さんの経験をもとに工夫が施されている。大きなこだわりの1つが、プロの手話通訳士を講師として招くだけでなく、ろう者を必ずゲストとして招く点だ。

「『障害者権利条約※』の合言葉に『Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きで決めないで)』とあるように、ろう者がいない手話勉強会を開いても、手話やろう者への理解を深めることはできない。楽しく手話を学びながらも、彼らが日常生活の中で感じる不便さなどを肌で感じてもらいたいんです。初めて参加する人の中には、障害者にどう接してよいか分からないという方や、苦手意識を持っている人もいたりするので、ろう者と実際にコミュニケーションを取っていただくことで、そのような悩みも解消してほしいと」

  • 全ての障害者が人権や基本的自由を完全に享有するための措置について定めた国際条約。2006年の国連総会で採択され2008年に発効。日本は2014年に批准(ひじゅん:承認の意)
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冨士居さんが主宰するママさん手話勉強会の様子。参加者はいくつかのグループに分かれて、ゲストのろう者と手話でコミュニケーションを交わす
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参加者に配られるお菓子には、指文字が描かれている

子育て世代に広がる手話への関心

今回の手話勉強会には15人近くのママさんが参加した。参加理由は、「子どもが学校の授業で習った手話に触れて興味が湧いた」「テレビドラマを見て手話を学びたいと思った」など、さまざま。小学2年生と5歳の子どもを持つ村上(むらかみ)さん、それぞれ小学2年生の子どもを持つ玉岡(たまおか)さん、法花(ほっけ)さん、岸本(きしもと)さんの4名のママさんに感想を聞いた。

———手話勉強会に参加してみての感想を聞かせてください。

村上さん:中には難しい手話もありましたが、日常生活で使えそうなものもたくさんあったので、子どもと一緒にふだんから使って学んだことをしっかり身につけようと思います。

玉岡さん:手話だけで自分の気持ちや状況を説明するのは、とても大変だなと感じました。自分たちが当たり前に言葉を使えていることが決して当たり前じゃないことに気付かされました。

法花さん:ろう者は手話が当たり前にならないと意思疎通を図ることが難しいんだと改めて感じました。もっと手話が社会に広がってほしいですね。

岸本さん:初めて手話勉強会に参加したのですが、ろう者の経験を聞けて手話に対する印象が変わりました。手話にも冗談があることを知り、もっと学びたいと思いました。

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村上さん
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玉岡さん

――手話勉強会で学んだことをどのように活かしていきたいですか?

法花さん:今後ろう者に出会う機会があったら、臆さずコミュニケーションを取っていきたいと。その経験を子どもたちにも伝えて行けたらと思っています。

岸本さん:今までろう者に出会ったことがないと思っていましたが、それは自分が知ろうとせずに気付かなかっただけなんじゃないかと……。これからは困っている人がいたら気付くことができる人になりたいですね。

村上さん:まずは自分が住んでいる地域のろう者と話をしてみたいですね。聞こえる人、聞こえない人に関係なく、手話を積極的に使って周りに広めていけたらと。

玉岡さん:手話を広げていけば、ろう者への理解も自然と広まっていくのではないかと。まずは子どもたちに教えるなどして、身近なところから変えていきたいですね。

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法花さん
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岸本さん

今回、手話勉強会にゲスト参加したろうの葛迫(くずさこ)さんと竹本(たけもと)さんにも話を伺った。

葛迫さんは、ろう者が抱える日常生活における困難についてこう語る。

「常にコミュニケーションの壁があると感じます。先日、地元の自治体主催のイベントに参加したのですが、受付の人に『私は、耳が聞こえないんです』と言っているのに、そのままマスクを着けた状態でお話をされました。手話がなければ口の動きを読み取るしかなく、何を言われているのか分からず困惑しました。コロナ禍で仕方がないことかもしれませんが、相手が聞こえないと分かったら筆談をするなどの対応に切り替えていただけると有難いですが、まだまだ周知されていないと感じます。また、私は社会福祉士とケアマネージャーの資格を持っていますが、資格を取得するまでの道のりは平坦ではありませんでした。例えば、ろう者の場合、受験対策講座などに手話通訳がつかないことの方が多いからです。そして、試験に合格しても、聴者のように就職の幅を広げることや、さらにキャリアを築くための研修なども手話通訳などの情報保障をつけるために労力を費やすことも非常に多いです。そのため、キャリアの幅がなかなか広がらず、聴者と同じスタートラインに立つための課題は多いんです。正直、社会における格差はまだまだ大きいと感じていますよ」

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日常生活で感じる不便さについて、手話を使って話す葛迫さん

竹本さんも、大好きな映画を見るときによく不便を感じるという。

「洋画だと日本語の字幕は付いていますが、邦画は字幕の付いた作品を上映されることが少ないんです。字幕が付く作品でも、時間帯や曜日が限られていてなかなかタイミングが合いません。レンタルショップで借りるDVDも、全て字幕が付いているとは限らないので、必ず確認しなければいけません。そういう点でいつも不便だなと感じます」

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竹本さんは見たい映画があっても、字幕付きの時間帯と予定が合わないと諦めることもあるという

そんな2人は、手話勉強会に参加したママたちに手話を教え、交流し何を感じたのだろうか。葛迫さんはこう話す。

「参加したママさんたちが一生懸命に手話を学ぼうとしてくれたのがうれしかった。また、それを自分のお子さんにも伝えたいと言ってくれた。こういうイベントをきっかけに手話を学ぶ子どもたちが増えて、社会の中で言語として当たり前に使われるようになるといいなと」

竹本さんは「手話だけでなく、ろう者を知ってもらう機会にもなった」と感じたのだそう。

「今回、私は『耳が聞こえない子どもが大人になったときのロールモデル』のつもりで参加しました。私の姿を見て『ろうの子どもだったとしても、しっかり育つんだ』とママさんたちに感じてもらえたんじゃないかと思います。また多少不便なことはあるけれど、手話を使って楽しく豊かな生活が送れていることも知ってもらえたかなと。こうした経験をぜひお子さんたちに伝えてほしいですね」

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手話をママさんたちに教えている竹本さん(写真右端)
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手話を使って話をする葛迫さん(写真右)

講師を務めた手話通訳士の花山教子(はなやま・きょうこ)さんにも話を聞いた。

冨士居さんが主宰する子育て世代を対象にした手話勉強会の意義を問うと「親が経験したことを子どもが知ることで、自然と興味や関心に変わること」と語る。

「参加したママさんが、手話勉強会のことを子どもたちに伝えてくれたら、子どもたちも『そうだ!お母さんこんなこと話してた!』と強く印象に残りますよね。それが手話そのものに自然と興味を持つきっかけにもなるはずです。そこに価値を見出せる勉強会だと思うので、ママさんには、お子さんに手話やろう者のことをどんどん伝えてほしいです。また、この勉強会をきっかけに最寄りの手話サークルや手話団体の活動に参加して、どんどん知見を広げてもらえるとうれしいですね」

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子育て世代に向けた手話勉強会の意義について語る花山さん

手話や障害に対する「無関心」を「関心」に変える

冨士居さんの「手話を世の中に広めたい」という原動力、それは高校時代の体験に基づく。

「高校生の時、タイ・バンコクからホームステイに来た同級生とは、英語という共通言語で楽しくコミュニケーションが取れたこともあり、今でも交流が続いています。しかし、ろう学校の生徒さんとバレーボールの練習試合をした時は、『手話で話さなければいけない』と思い込んでいて、遠方からわざわざ学校まで来ていただいたのに全く話せず、非常に虚しい経験をしたことが今でも忘れられずにいます」

そんな経験を経て、冨士居さんが手話勉強会を通して叶えたい未来。それは、街の中が手話であふれる社会だ。そのためには、全ての小・中学校の授業に手話言語の学習活動を取り入れて、手話やろう者への理解を促進してほしいと話す。

「近年は、小学校の国語の授業で手話を扱う時間が増えていると聞きます。ぜひもっと増やしていただきたいですし、同時に子どもたちとろう者が交流できるような機会もつくってほしいです。2015年に日本で初めて『手話言語・障害者コミュニケーション条例※』が制定された兵庫県明石市では、手話言語だけでなく、要約筆記、点字、音読、ひらがな表記など、全ての障害のある人のコミュニケーション手段の促進を図ることを目的とした条例も設けています。自治体として初めて『手話フォン』を設置するなど市を上げて積極的に普及に取り組んでいます。そういう動きが1つのモデルケースとして全国に広がってくれることを願っています」

  • 手話言語の普及及び障害の特性に応じたコミュニケーション手段の利用の促進を図り、全ての県民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に寄与することを目的とする条例
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手話が当たり前の社会の実現を目指し、身近な人たちから活動の輪を広げる冨士居さん(写真右)。隣は講師を務めた手話通訳士の花山さん
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手話勉強会で手話を学ぶママさんたち。冨士居さんの思いは確実に届いているはず

「手話が当たり前の社会」を実現するために、私たち一人一人ができることは何か。冨士居さんはまず「障害に対して関心を持つこと」だと言う。

「大切なのは『無関心』を『関心』に変えることだと思います。確かにいまは、バリアフリーな場所が増えたり、ユニバーサルデザインの製品が増えたりと、障害のある方にとって以前より暮らしは改善されつつあります。しかし、場所や製品が増えても人の心や意識が変わらなければ根本的には解決されません。障害の有無にかかわらず、みんなに優しい社会を実現させるには、私たち一人一人がより『障害』に対し関心を持ち、自分の視点で何が不便なのか気付く必要があると思います」

冨士居さんは、今後も子育て世代に向けて手話勉強会を積極的に開催していきたいと話す。開催情報はコネクトウィズのウェブサイトの「お知らせ」(外部リンク)で確認できるので、機会があればあなたもぜひ参加して、手話を学ぶのはもちろん、ろう者と交流してほしい。

まずは障害のある人を身近に感じること。そういう人が1人でも多く増えれば、やがてみんなに優しい社会につながっていくはずだ。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

冨士居身佳(ふじい・みか)

社会福祉士事務所コネクトウィズ・代表。子どもの頃から社会福祉の分野に興味があり、高校3年生の時に介護福祉士の資格を取得。他にも社会福祉士、精神保健福祉士・介護支援専門員(ケアマネージャー)などの資格も有する。現在はろう者を中心とした障害のある人への支援、手話勉強会の開催をメインに活動している。
社会福祉士事務所コネクトウィズ 公式サイト(外部リンク)

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