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事故で下半身不随に、生活は一変。それでもアイドルを続ける理由は「偏見をなくすため」

画像:駅の前で決めポーズをとり笑顔を向ける車いすに乗った猪狩ともかさん
事故で下半身不随となった、アイドルグループ仮面女子のメンバー猪狩ともかさん
この記事のPOINT!
  • アイドルグループ「仮面女子」の猪狩ともかさんは、不慮の事故で下半身不随となった
  • 車いす生活になり、日常的に使っていた歩道や電車で、不便を強いられるように
  • アイドル活動は継続。その理由は「障害への偏見をなくす」1つのきっかけをつくるため

執筆:日本財団ジャーナル編集部

東京・秋葉原を拠点に活躍するアイドルグループ『仮面女子』(外部リンク)のメンバー 猪狩ともか(いがり・ともか)さんは、2018年不慮の事故で両下肢(りょうかし)完全まひとなり、車いすでの生活となった。

現在もアイドル活動を継続し、車いすでステージに上がっているという猪狩さんに、事故後で変わった日常、車いす生活で見えてきた障害者と社会の壁について伺った。

※この記事は、日本財団公式YouTubeチャンネル「ONEDAYs」の動画「【下半身不随になっても】車いすのアイドルに1日密着してみた」(外部リンク)を編集したものです

周りに支えられ、事故後4カ月でステージに復帰

2018年、猪狩さんは歩道を歩いていたところ、強風で看板が倒れる事故に巻き込まれ、脊髄を損傷。両下肢完全まひと診断され、現在は車いすで生活を送っている。

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事故当時の様子を振り返る猪狩さん

完全まひとは動かせないだけでなく、熱いものに触れても気付けないということで、知らないうちにやけどをしてしまっていることもあるそうだ。事故直後はどういった心境だったのか。

「近くにいてくれた家族だったり、事務所の方が『車いすでもライブに出てほしい』といった言葉をかけてくれたり。ずっと前向きな言葉をかけていただいたので、『これからの人生どうしよう……』みたいな、悲観的な気持ちにはならなかったです」

その言葉どおり、猪狩さんはリハビリを経て、事故の4カ月後にはステージに復帰した。

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事故後、初のステージでパフォーマンスをする猪狩さん

車いすだと10センチの段差さえ超えられない

現在、猪狩さんは両親との3人暮らし。事故後は車いすでも不便がないよう、実家を改修したという。

写真:キッチンの引き出しを開ける猪狩さん
風呂、キッチン、トイレなど、車いすでも不便がないよう改修したという

猪狩さんに生活の中で変化したことを伺うと、「何をするにも時間がかかるようになった」と話す。

「常に時間を逆算しながら行動するようになりました。最低でも家を出る2時間前には起きるようにしています。移動はスタッフさんや父に車で送ってもらうこともありますけど、電車で移動することもあります」

車いす生活となってもアイドル活動は継続、今でも週に1、2回ライブに出演しているという猪狩さん。取材当日も所属する事務所に立ち寄ってから、ライブに出演するということだったので、取材陣も同行させてもらった。

歩道を車いすで移動しながら猪狩さんは話す。

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車いすで駅まで向かう猪狩さん
写真:10センチほどの段差
車いすにとっては10センチの段差でも通るのは困難だという

「筋力がないのでこれくらいの段差でもきついですね。スロープになっていても厳しい。パラアスリートならいけるかも(笑)」

車道と歩道とを分ける10センチほどの高さの段差だが、車いすユーザーにとって高いハードルになるという。

「横断歩道に関しても、昔は信号を見てギリギリでも渡っていましたが、今は絶対にしません。何かあったら怖いので。かなり保身に走るようになりました」

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横断歩道の前で車いす利用者にとって街の中にある障害について話す猪狩さん

電車のバリア解消は駅員にとっても障害者にとっても良い

猪狩さんは地下鉄都営大江戸線に乗車。猪狩さんは大江戸線が大のお気に入りだという。

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ホームと電車の間の隙間が解消されている車両に乗る猪狩さん

「都営大江戸線の4号車と5号車は、全駅でホームと電車の段差の隙間が解消されているんです。なので、駅員さんにスロープを持ってきてもらわなくても、1人で乗り降りできるので、私は大江戸線を愛しています(笑)」

今回、降りたのは大門駅。猪狩さんは初めて降車する駅だ。

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大門駅で降りた猪狩さん
エレベーター内で話す猪狩さん
出口によってはバリアフリーになっておらず、車いすが通れないところもあるという

「車いすユーザーは駅の出口を全て利用できるわけじゃないんです。なので、初めて使う駅は緊張しますね。駅の仕様が分からない場合、事前にインターネットで駅の構内図を確認していくこともあります」

次はJR山手線に乗り換え。改札で何やら駅員と話している。

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駅の改札で駅員から構内のバリアフリーについて案内を受ける猪狩さん

「駅員さんからは、こっちの改札には階段しかないから、迂回して別の改札口から入場するよう言われました。階段を使えば最短ルートでできる乗り換えが、車いすだと遠回りしてエレベーターを探さなければいけないということは結構多いですね」

猪狩さんは別の改札まで移動することに。その改札までの道はのぼり坂になっていた。

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構内の上り坂を移動する猪狩さん
画像:構内の上り坂を車いすで上り切った猪狩さん
「ライブの後くらい疲れてます」と話す猪狩さん

なんとかバリアフリー対応の改札に到着。車いすユーザーにとって、電車の不便はこれ以外にもある。駅によってはホームドアがなく、通路は車いすの通れるギリギリの幅で、恐怖を感じることもあるそうだ。

写真:ホーム内の狭い道を車いすで進む猪狩さん
駅内は車いすが通れるギリギリの道幅のところも
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駅員に頼んでスロープを用意してもらう猪狩さん

「たまに車いすスペースがない車両に乗ると、ドア付近にいることしかできません。乗り降りする人からしたら、絶対に邪魔だろうなって思うんですよ。さっきの大江戸線みたいに、どこか1カ所でもいいから車いすユーザーが乗りやすい場所があれば、わざわざ駅員さんを呼ばなくてもいいし、駅員さんの仕事も減る。お互いにとって良くなるのに」

画像:電車のドア付近に乗車中の猪狩さん
車いすスペースがない電車では、ドア付近にいることしかできない

アイドルを続ける理由は「障害への偏見をなくしたいから」

ライブ会場に到着。猪狩さんは公演の準備を行う。

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口付近に固定ができるヘッドセットマイクを着ける猪狩さん

他のメンバーのようにハンドマイクを持ってしまうと、車いすを動かせなくなるため、ヘッドセットマイクを装着。その他、ライブ会場には猪狩さん仕様のものがある。舞台へと続く階段は車いすでは利用できないため、猪狩さん用に作られたスロープのようなもの、通称「猪狩台」だ。

「舞台袖に階段が3段あるんですけど、いちいち車いすごと運んでもらっていると間に合わなくなってしまうので、スタッフさんに『さっと出られる何かほしいです』ってお願いしたら、作ってもらいました」

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舞台へと続く階段は車いすでは通れないため、舞台袖にはスロープのようなものが設置されている
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猪狩台から舞台に登場する猪狩さん

猪狩台を利用して舞台に登場する猪狩さん。この日は6曲を披露した。

ともに活動するメンバーは猪狩さんの事故についてどう思っているのか。仮面女子メンバーの森下舞桜(もりした・まお)さんはこう話す。

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デビュー前から猪狩さんと交流があったという森下さん

「最初、車いすって聞いた時は信じられませんでした。ただ、いがちゃん(猪狩さんの通称)のリハビリとか努力で、今となっては車いすを感じさせないぐらい、一緒にステージをつくってくれて。すごく尊敬しています」

写真:ステージ上で「聞いてください、ファンファーレ☆」とMCを行うメンバー
最後に披露した曲は「ファンファーレ☆」

この日のラストでは「ファンファーレ☆」という曲を披露。この曲は猪狩さんがけがをしてステージ復帰を目指していた時に、猪狩さん自身が作詞を行ったものだ。たくさんの人の応援や励ましの声があって、アイドル活動を続けられた感謝の気持ちを込めた歌詞だという。

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「ファンファーレ☆」を歌う猪狩さん

絶やさず 轟かせ ファンファーレ! 迷う時は振り返ればいいさ
ここまで歩んだ道が その証さ 君は持ってる ブレない強さを
歌おうぜ! 声高くファンファーレ! 何だってやれる 命がある限り
時には誰かの手 借りてもいいさ 掴みに行け 君だけの夢を

最後に、猪狩さんがアイドル活動を続けている理由を聞いた。

「私が車いすに乗って仮面女子として活動することで、ちょっとでも障害に対しての偏見をなくしてほしい。壁をつくってしまう人に対して『車いすに乗っているからって特別な存在じゃない』って思ってほしい。障害のある人を別次元の人間と考えている人もいるかもしれないですけど、全然そんなことなんだよっていうのを表現していけたらって思います」

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「私の活動で障害に対する社会の壁をなくしていけたら」と話す猪狩さん

車いすだからといって、アイドル活動ができないわけじゃない。猪狩さんのこの挑戦は、確実に誰かの心を動かして、障害に対する見方や考えを変えていることだろう。

猪狩ともかさん 公式Twitter(外部リンク)

【下半身不随になっても】車いすのアイドルに1日密着してみた(動画:外部リンク)

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