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「体験や失敗が生き抜く力を育む」。有事の際の車中泊避難のコツをサバイバルのプロに聞いた

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話を伺った一般社団法人72時間サバイバル教育協会で代表理事を務める片山誠さん
この記事のPOINT!
  • 大規模災害時の避難先不足を背景に、車中泊避難が注目されている
  • 車中泊避難を選ぶ際は、デメリットもしっかり理解して備えることが重要
  • 体験や失敗を通して自分に必要なものを知ることが、有事を乗り切る力を育む

日本は世界的に見ても地震や台風などの自然災害が多いため、災害が起きたときに避難するための場所「避難所」の存在がとても重要となる。

しかし、2018年の内閣府の調査(外部リンク)によると、避難所の数は指定避難所(※1)が7万5,895カ所、福祉避難所(※2)が2万2,579カ所となり、人口に対して不足しているというのが現状だ。例えば東京都の場合、避難所の収容可能人数合計は約320万人となっており、これは東京都の人口の22パーセントでしかない。

  • 1. 災害により自宅へ戻れなくなった人たちが一時的に滞在する施設。
  • 2.施設自体の耐震・耐火など安全性と共に、手すりやスロープなどのバリアフリー化が図られ、要支援者の安全性も確保された施設。障害者支援施設、保健センター、養護学校、宿泊施設など

そんな中、いま注目されているのが自家用車を避難先として利用する「車中泊避難」だ。大きな余震が続いた2016年の熊本地震をきっかけに広がり、現在はコロナ禍でも密を避けながら避難生活が送れる手段として注目されている。

しかし、全ての自然災害に車中泊避難が適しているかというと、そうではない。車中泊避難のメリットだけでなくデメリットを知り、いざというときに最適な避難手段を選べるようにしておきたい。

今回、一般社団法人72時間サバイバル教育協会(外部リンク)の代表理事で、『車バイバル! 自分で考え、動くための防災BOOK』(外部リンク)などの著者でもある片山誠(かたやま・まこと)さんに、車中泊避難をより安全に、より快適にするための方法、注意点などを伺った。

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72時間サバイバル教育協会では、主に子どもに災害時のマインドを、体験を通じて伝える活動を行っている。画像提供:一般社団法人72時間サバイバル教育協会

車中泊避難のメリットとデメリット

そもそも、なぜ車中泊避難に注目が集まるようになったのか。その理由を片山さんは「車中泊避難の方が避難所より、プライバシーが確保できる点が大きい」と話す。

「車中泊避難は、避難所より周りの目を気にせず過ごせます。特に小さな子どもや介助が必要なお子さんがいる家庭の場合、避難所での生活はいつも以上に気を遣ってしまうはず。そういった心配から逃れられるという点では、車中泊避難は適しています。また貴重品の管理もしやすいですよね。昨今は指定避難所や福祉避難所にもパーティションが設置されていたり、ワンタッチで設営できるテントが置かれていたりと、以前よりプライバシーを確保しやすくなりましたが、全ての避難所に備わっているわけではないというのが現状です」

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車中泊避難のメリットについて話す片山さん

確かに車内で生活できれば、他人の目をあまり気にすることなく避難生活が送れる。密が要因となって広がる感染症から身を守れる可能性も高いだろう。

しかし、車中泊避難にはデメリットもある。代表的なのはエコノミークラス症候群(※)で、厚生労働省も災害時のリスクの1つとして挙げている。

  • 車などの狭い座席に長時間座り、同じ姿勢でいることで、血行不良を起こすこと。その結果、血が固まりやすくなり、肺塞栓(はいそくせん)などを誘発する恐れがある。

また、季節によって生じる危険もある。例えば夏場の車内生活は熱中症のリスクが高まり、食品なども腐りやすくなる。冬に雪が積もる地域では、車のマフラーに雪が詰まると、排気ガスが車内に入り込み、一酸化炭素中毒になるリスクが高まるという。

さらに片山さんは「避難先や災害の種類によっては、車中泊避難を選択しない方がいいケースもある」と話す。

「例えば大地震で道路が寸断されたときや、水害発生直後は車で逃げることは避けたいところ。特に水害発生直後は車内に閉じ込められるリスクが高くなるため危険です。また、いざ避難先に着いたものの、車を止めるスペースが確保できないケースも十分に考えられます。こうした事態を防ぐためにも、事前に情報を集めておいて、災害の種類や避難先によって避難方法を変えられるようにしておきましょう」

必要なものは人による。「このグッズがあればOK」はない

メリットもデメリットもある車中泊避難だが、少しでも快適な避難生活を送るにはどのような準備、心構えが必要なのだろうか。

「基本的には、1日中車内で過ごさないようにすることが大事です。エコノミークラス症候群のリスクが高まるので、日中はなるべく外に出て歩く、軽めの運動をするなど、体を動かすようにしましょう。『寝る時だけ車内を利用する』とルールを決めれば、生活にめりはりもつきますし、車中泊避難のリスク軽減にもつながります。また、座席をフラットにできる車の場合、座席等のすき間をタオルで埋めれば寝やすくなります。冬は窓に断熱シートを貼れば寒さ対策になりますし、夏は蚊帳(かや)を用意しておけば虫刺されなどを予防できます。ちゃんと必要なものが分かって準備できていれば、季節によって生じるリスクにも対応できるはずです」

画像: 車のトランクに腰掛ける家族
車中泊避難の際には、健康を維持するために外で過ごす時間も大切にしたい。buritora/PIXTA
画像:扇風機の置かれたトランク
車中泊避難は、季節に応じた対策を講じておくことも重要だ。ニングル/PIXTA

一方で、「まとめ記事に載っている防災グッズだけを集めても、本当の備えとは言えない」とも語る片山さん。人や車種によって避難時に必要な物や量が異なるためだ。

「そもそも、車内で寝られる人と寝られない人で分かれるので、一概に『このグッズがあればOK』とは断言できません。以前、自動車メーカーのトヨタさんと『寒い日に車で寝る体験をする』という講習会を行なったのですが、眠れなかった人の理由は『空間が狭過ぎる』、『隙間をタオルで埋めて座席をフラットにしても気になる』『車を止めた場所に傾斜があったせいか、ずれ落ちる』など、人によって全く違ったんです」

近年、被災時にも役立つと話題になっているキャンプグッズについても、片山さんは「持っているだけでは意味がない」と注意を促す。

「テント、寝袋、ランタンだけ揃っていれば安心なのかというと、そうではありません。キャンプグッズを使い慣れているかどうかも大切です。普段キャンプをしない人がどんなに便利なグッズを持っていても、ちゃんと使えないのでは意味がありません」

画像:防災グッズ
手に入れた防災グッズは一度でも使っておくことが重要

体験から学び、備え、生き抜く力を身につけてほしい

車中泊避難で必要なものを選び、避難生活で感じる不便を軽減させるには「実際に不便な状況を体験し、そこから学ぶことが大事」と、片山さんは話す。

「一度、電気・ガス・水道・通信機器が使えない環境をつくり、1~2日ほど生活してみるといいと思います。災害後に起こりうるかもしれない環境を一度でも体験しておけば、避難時に本当に必要なものが見えてくるはず。これは車中泊避難に限ったことではありません。これまで防災教育に携わってきて感じるのは、ウェブサイトなどにある『災害発生時、必要なものリスト』にあるものだけを用意して安心している人の多さです。大切なのは、想像ではなく体験を通して取捨選択をするということ。そういう点では、災害情報を発信する側も伝え方や内容をアップデートする必要があると思いますね」

片山さんが考える車中泊避難に必要なことまとめ

  1. 車中泊避難を含め、災害時に適した避難方法を普段から調べておく
  2. 1日中車内で過ごさない。昼間は外で過ごすなどめりはりをつける
  3. 事前に車中泊生活を体験しておき、自分が本当に必要なものが何かを知る

「何事も体験が大事」という考え方は、片山さんが運営する「72時間サバイバル教育」にも根付いている。実際に防災教育イベントを実施する際は、子どもたちに自分の頭で考え、体験し、自助力の向上を図っているという。

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片山さんたちが主催する防災イベントに参加した子どもたち。画像提供:一般社団法人72時間サバイバル教育協会
画像:ペットボトルで水を濾過する女の子
自分で一生懸命に考えて、体験することが、有事の際だけでなく生き抜く力を育む。画像提供:一般社団法人72時間サバイバル教育協会

「『これは成功、でもこれは駄目だった』のように、成功と失敗の両方を体験することが大切だと私は思っています。この積み重ねが自助力を向上させるはず。東日本大震災では、2日間両親と離れ、生活せざるを得なかった子どもがいたと聞いています。そういうときに大切なのは、自分で考えて判断し生き抜こうとする力。子どもたちにはプログラムを通して、それらを身につけてほしいんです」

また、片山さんは「子どもの自助力を高めるには、親の見守る姿勢も大切だ」と語る。

「いまの大人は子どもをすぐ正解に導いて、成功体験だけをさせたがりますけど、それでは誰かから正解を教えてもらうまで待つ子どもになってしまうでしょう。それだと災害時はもちろん、大人になってからも苦労するはず。子どもには失敗させていいんです。大人もそこで『これは駄目だったね。他の方法を試してみよう』と声をかけるだけでいい。その積み重ねで学べたことは、災害時や避難生活できっと役に立つはずですし、大人になったときに社会を生き抜く力につながります」

不便を体験し失敗から学ぶ。きっと、これが車中泊避難はもちろん、避難先での生活を安全、かつ快適にするための第一歩になるはず。

まずは1日、今、家にあるもので災害避難を想定した生活をやってみよう。不便を感じたら、次にやることが見えてくるはずだ。

〈プロフィール〉

片山誠(かたやま・まこと)

一般社団法人72時間サバイバル教育協会代表理事。2011年の東日本大震災時にボランティア活動で東北に通う中、未来を見据えた時に、子どもたちが自力で生き抜く力を身につけることが大切だと実感。2013年に「大阪を変える100人会議」の協働事業として、仲間とともに「72時間サバイバル教育協会」を設立。著書に『車バイバル! 自分で考え、動くための防災BOOK』(博報堂ケトル)、『もしときサバイバル術Jr.』(太郎次郎社エディタス)などがある。
一般社団法人72時間サバイバル教育協会(外部リンク)

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『もしときサバイバル術Jr.』(太郎次郎社エディタス)

『もしときサバイバル術Jr.』(外部リンク)

「もし」災害にあった「とき」どうする? なにができる──? SOS、ファイヤー、ウォーター、ナイフ、シェルター、ファーストエイド、フード、チームビルド。8つのプログラムを通して生き延びるために必要なスキルとマインドを修得し、災害時やアウトドアで活躍する「サバイバルマスター」になろう!ノウハウを知るだけではなく、つぎつぎ出される課題について自分で考え、実際に試し、答えを見つけるサバイバルRPGブック。

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