コロナ禍でも学びを止めない。救急看護を支えるもう1つの医療の“現場”をオンライン化せよ

写真:セミナーの集合教育の様子。画像下側にメッセージ「コロナ禍でも救急看護師の学びを止めない環境を整えていただきありがとうございます。一般社団法人 日本救急看護学会 副代表理事 山勢善江」の文字

新型コロナウイルスの感染拡大以降、医療体制の逼迫がメディアを通じて伝えられています。しかし、実はコロナの影響を受けたのは病院などの臨床現場だけではありません。

救急看護師の育成を行う日本救急看護学会は、コロナ禍で対面での集合教育の中止を決定。日本財団の新型コロナウイルス緊急支援募金を活用して、オンラインセミナーの開催に踏み切りました。

コロナ禍で影響を受けた、もう1つの医療の現場。その奮闘の様子を紹介します。

日本の救急医療の現場を下支えする

厚生労働省の資料によれば、日本の救命救急センターは全国291ヵ所(平成30年7月1日時点)。その他、3000~4000の医療機関が当番制で休日や夜間の救急患者を受け入れることで、日本の救急医療の体制は成り立っています。

イメージ画像:救急搬送の様子

しかし、それでも救急患者の受け入れ先が見つからないことも多く、約5%の事案で現場での滞在時間が30分以上になっているそうです。また、救命救急の要請に応えるため、一部の医療機関では医療従事者の長時間労働が深刻化しているケースも。救急医療の体制を維持していくために、より多くの医療人材が求められています。

そんな救命救急の現場で活躍する看護師を1人でも増やすために、看護師向けに学習プログラムを開催しているのが、日本救急看護学会。1分1秒を争う救命救急の現場では、他の医療の現場とは異なる特殊な知識や判断が求められるそうです。

「やはり、判断力が問われますね。患者さんに関する情報が限られている中で、状況を瞬時に見極めて、そこに介入していかなければならないわけです。傷病の緊急度や重症度に応じて優先順位を決めながらチームを動かしていかなくてはいけません」(日本救急看護学会 理事 増山純二さん)

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一般社団法人日本救急看護学会 理事 増山純二さん

日本救急看護学会では、上記のような現場での判断を養う「トリアージコース」の他、基本的な疾患を学ぶ「救急看護セミナー」、患者の病態を評価するための能力を養う「フィジカルアセスメントコース」など。さまざまな学習プログラムを用意することで、救急看護師の育成をしてきました。そして、これらのプログラムは、対面による集合教育がベースとなっていたそうです。

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セミナーの集合教育の様子

「プログラムの中には座学の他に、実際に患者さんが搬送されてきたシーンを想定して、問診、病態の判断、適切な優先順位の決定など、医師と連携、協働しながら行っていくシミュレーションのようなものもあります。プログラム参加する看護師は基本的には臨床経験のある方たちなのでまったくのゼロから学ぶわけではなく、日々の業務の振り返りや改善という意味合いも強いです。その点でも、集合教育による実践が果たす役割は大きかったように感じます」(増山さん)

学びを止めない。学習プログラムをオンライン化

長く救急看護の底上げを担ってきた日本救急看護学会の学習プログラム。しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年の3月以降、対面での集合教育ができなくなったために、プログラムの休止を余儀なくされます。それから約半年間、学習プログラムを開催できない期間が続きました。

「新型コロナウイルスの感染が拡大してからは、臨床の現場で働く医療従事者のために何かできないかと、代表理事の発案で、さまざまな文献を調べてCOVID-19の対策実践ガイドを学会のホームページで公開しました。

ただ教育での貢献は長くできておらず。その中でオンラインセミナーを開催しようという動きがはじまりました。ライブ配信は比較的早く実施することができ、2~3カ月のうちに実施しているセミナーもありました。しかし、私が担当しているセミナーはオンデマンド配信の要望が強かったため、実現にあたりつくりこみが必要でした」(増山さん)

手探りではじめたオンラインセミナーの開催。当初実施していたオンラインでの学習プログラムは60%ほどの受講生しか完遂できなかったそうです。これまで集合教育で学んでいたところを、遠隔で1人で学ばなくてはいけなくなってしまい、受講生にとっても学習のハードルが上がってしまったのです。

そこで、日本救急看護学会は、2021年7月、日本財団の新型コロナウイルス緊急支援募金を活用して、本格的なオンライン学習システムの導入を開始します。動画配信に留まらず、受講生1人1人の学習進捗管理も一括で行えるようになりました。

画像:オンラインセミナーの画面。画面上部に「日本救急看護学会 開催セミナー」画面左側に「救急看護セミナー(基礎病態セミナー)」「フィジカルアセスメントセミナー」「ファーストエイド」「トリアージナース教育コース」「外傷初期看護セミナー(JNTEC)」「災害看護初期対応セミナー」「看護倫理セミナー」の文字。
現在、日本救急看護学会が開催しているセミナー

「学習の進捗に応じて、都度メールを送ったりすることで、プログラムを完遂する受講生も80%、90%と徐々に増えています。受講生がどこで学習がストップしているかが把握できるので、細かいケアができるようになったのは大きいですね。オンラインの学習プログラムを導入して1期目が終了したので、2期目にはこれまでの反省点を修正しながら、よりよいプログラムを実施していきたいと考えています」(増山さん)

また、自身の救急外来でのフィジカルアセスメントに不安があり、オンラインセミナーに参加したという受講生からは「系統別で学べたことが知識を整理するのに役立ちました」「基礎を再確認した上で事例展開を学習する流れとなっていたため、『得た情報をどのように活かしていくのか』というアセスメント過程も自然な流れで理解出来た」「基礎から学び直せたことで自分の曖昧だった部分に気づくことが出来ました」という声が届いています。

アフターコロナでは対面とオンラインのハイブリッドに

日本救急看護学会によるセミナーは、今もなお対面での集合教育を再開できていません。また、コロナが収束に向かい、再び対面での集合教育が可能になったとしても、オンラインセミナーは続けていきたいと増山さんは話します。

「将来的に対面のセミナーをなくすことはないと思います。身体に触れたり、現場の情報を収集して判断するような領域では、臨床と近い現場での実践がやはり有効です。ただ、実践を行う前段階での知識の習得をオンラインセミナーで行うことで、実践学習のゴールを上げることもできる。対面とオンラインを上手く組み合わせることで、より高い学習効果を生むのではないかと考えています」(増山さん)

最後に、オンラインセミナーの開発を担当した増山さん、そして副代表理事の山勢さんから、寄付者の皆さんにメッセージをいただきました。

「臨床の現場の質を上げていくことが最終的に患者さんのためにもなっていく。そのためにコロナ禍でも学習を止めてはいけない。そういう想いで、オンライン学習プログラムをはじめました。皆さんのご支援でオンライン学習システムを構築することができ、それゆえに受講生も継続的に学習が行えるようになってきています。その点において、非常に感謝しております」(増山さん)

「コロナによる医療現場の逼迫も3年目になります。救急現場の看護師たちは、当初未知の感染症に恐怖を覚えながらも「患者を救いたい」という一心で過酷な勤務をしてきました。現在でも感染の波が起こるたびに現場の混乱は続いています。しかし、看護師たちは、よりよい看護を提供するために新たな知識や技術の習得を望んでいました。コロナ禍において本学会がこれまで提供してきたセミナーは中止を余儀なくされ、学会としても忸怩たる思いでいたところ、日本財団からの貴重なご支援のおかげで、厳しい状況においても彼らが学び続けるための環境を整備できたことに感謝申し上げます」(山勢さん)

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一般社団法人日本救急看護学会 副代表理事 山勢善江さん