“生の芸術”アール・ブリュットがアート界を刺激する
豊かな文化

日比野克彦氏が障がい者支援施設ショートステイで体感したアール・ブリュット


日本財団アール・ブリュット美術館合同企画展『TURN/陸から海へ(ひとがはじめからもっている力)』は、2014年11月8日から2015年9月23日まで4館で順次開催する。監修者の日比野克彦さんは障がい者支援施設にショートステイし、施設の生活体験やアール・ブリュット作家たちとの共同制作などを通じて、自らが掲げた言葉「TURN」について深く思考した。広島県「あゆみ苑 成人寮」での入所体験最終日を写真と動画で追った。

アール・ブリュット支援事業は終了しました。

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2014.10.30

日本財団アール・ブリュット美術館合同企画展2014-2015
『TURN/陸から海へ(ひとがはじめからもっている力)』

TURN展 公式ウェブサイト http://artbrut-nf.info/

アール・ブリュット作品が生まれる場を共有

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『TURN』展は、「みずのき美術館」(京都府)、「鞆の津ミュージアム」(広島県)、「はじまりの美術館」(福島県)、「藁工ミュージアム」(高知県)の4つのアール・ブリュット美術館と日本財団が協力して実施する初の合同企画展。
監修を務めるアーティストで東京芸術大学教授の日比野克彦さんは、同企画展に先立って各美術館に併設する障がい者支援施設に短期滞在した。その中でも、広島県福山市にある鞆の津ミュージアムを運営する社会福祉法人・創樹会の知的障がい者支援施設「あゆみ苑 成人寮」では、期間最長の1週間を過ごした

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各障がい者支援施設でのショートステイは、鞆の津ミュージアムのキュレーター櫛野展正さんの提案から始まった。目的は一緒に創作活動をすることではなく、まずは「アール・ブリュットの作品を制作する人々の生活や世界観を体感すること」。
日比野さんは「アール・ブリュットとは何か」を考えるためのヒントとして、「TURN」という言葉を掲げた。展示会のタイトルでもある「TURN」には、「人が生まれながらに持っている」という意味があり、短期滞在の間にこの言葉への思考を深めるのが狙いだ。
しかし、実際に施設の人々と触れ合いながら生活することで、日比野さんの創作意欲も自然と高まっていった。そして、あゆみ苑の滞在中には、たった1週間でドローイングや陶芸、木工の合計21もの作品を制作した。

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ゆったりとした時間と自由な創作の中で

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日比野さんも入所者とほとんど同じスケジュールで1日を過ごす。朝6時起床で22時に就寝するまでは、ほとんどが入所者を見守りながら過ごす。入所者は午前午後に計3時間半設けられた日中活動の中で、各々が絵や木工、陶芸などの創作活動を行っている。
「普段は時間に追われているのに、ここでは1日にやることが2つくらいしかないんです。当初は、どうやって時間を過ごせばいいかと思っていました。何度も同じことを繰り返す行動障がいを抱える方の姿などにも驚きました。それが、スタッフの方と一緒に見守っている中で、その奥にある伝えたいことが少しずつ理解できるようになってきたんです。そうすると、彼らに愛着が生まれて話しかけるようになり、コミュニケーションが生まれてきました」

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日比野さんは、実際のアール・ブリュット作家の創作過程にも刺激を受けた。
そのひとりが、2010年にパリで開催された「アール・ブリュット・ジャポネ」展に作品を出展し、海外でも高く評価された橘高(きったか)博枝さん。
写真 「僕の場合は絵にしたいものを、まずは頭でイメージして、そこに筆を持っていきます。でも、橘高さんは紙の上でずっと手を動かしているのですが、まったく紙には触れない。僕が見ていた2時間弱で、描いたのは短い一線だけでした」
日比野さんは、橘高さんはひとつの作品に半年以上をかけているのではと推測する。そもそも、締め切りや納期というのは、彼女の創作活動には存在しないのだ。

そして、日比野さんが木工の“師匠”と呼ぶのが上之昌道さん。拾い集めた廃材を一度分解して再構築する、ガラクタアートの第一人者だ。
「上之さんは廃材から抜き取った釘を再利用して、真っ直ぐに伸ばすこともせずに曲がったままの状態で上手に打ち込んでいくんです。その姿にとても感心しました。幼い頃に廃材を拾っていろいろなものを作った記憶があるので、一緒に創作していてとても楽しかったです。でも僕は、曲がった釘をうまく使えず、ペンチで伸ばして使いましたが(笑)」

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自分たちの世界を深く見つめる視線

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アートの世界の常識や方法論にとらわれない入所者の創作方法に、日比野さんは憧れのようなものを抱いたという。
「僕らが絵を描く時、人にどう見て欲しいとか、これを伝えたいとか、意図的なものや恣意的なものがどこかに必ず入ってきます。できるだけそういうものを排除して、純粋な大元の部分を表現したいと思うのですが、ついつい欲が出てしまうのが創作する上での不自由な部分なのです。でも、恣意的な部分がない彼らの創作活動を観察していると、自分たちの世界を深く見つめているその視線をうらやましく感じます」
日中活動で入所者の行動や眼差しを共有することによって、日比野さんは作品を制作する動機が自然に生まれて、滞在中に多数の作品を創りだしたのだ。

日比野さんは「アール・ブリュットとは何か」ということをより普遍的に昇華させるために「TURN」という言葉を掲げ、「ひとがはじめからもっている力」の存在を意識することの大切さを提唱した。
まさに、そのことを再確認するためのショートステイであったといえる。
「アーティストや美術を学ぶ学生に対しても、障がい者支援施設にショートステイするプログラムを提案したいと思っています。日中活動に参加することは作家のためになるし、外部の空気が入ってくることは入所者やスタッフのためにもなる。そして、作家たちが感じたことを作品にして発表すれば、外の人たちと施設の生活を繋ぐきっかけにもなると思います」
4つの施設の短期滞在で日比野さんが抱いた様々な思いが、『TURN/陸から海へ(ひとがはじめからもっている力)』展で日本中に発信される。

写真撮影:三輪憲亮