社会を支える看護師を育てる
みんなのいのち

「日本財団在宅看護センター」が目指すもの


急速に進む少子高齢化に対応するため、地域全体で医療や介護に取り組む方法が模索されている。日本財団は笹川記念保健協力財団とともに、看護師を中心とする新たな地域医療の拠点「日本財団在宅看護センター」を今後5年間で200カ所立ち上げる予定だ。2014年6月、同センターを起業し運営する看護師の育成事業が開始された。

2014.07.17

看護師の力が高齢者医療の鍵となる

日本人の平均寿命は、女性86.41歳、男性79.94歳(2012年)。死亡数が最も多い年齢は、女性が90歳、男性は85歳という、日本は超長寿社会を迎えている。

写真長寿社会になるということは、一方で体の機能が低下していく人が増えるということでもある。笹川記念保健協力財団の喜多悦子理事長が説明する。
「健康が損なわれた場合は医療で解決できますが、多くの高齢者の場合、病気やけがを負っていなくても、若い人に比べて健康の質が悪くなります。そういう状態の人々をどうサポートしていくかが喫緊の課題になっているのです」

喜多氏は「日本財団在宅看護センター」育成事業の発案者でもある。医師として長く国際保健医療や、看護教育に携わってきた。国内外のさまざまな医療保健や地方の現場に関わる中で、これからの日本人の健康を支える鍵になるのは、キュア(治療)よりもケア(看護、介護)に力を発揮できる看護師だと強く感じたという。
「現在看護師は全国で約150万人働いており、医師の約5倍の人数です。また、資格を持ちながら何らかの理由で働いていないという潜在看護師も約60万人もいる。彼らの力で地域の医療に貢献し、そこに住む人が安心して暮らすことができる体制が何かつくれるのではないか、そう考えてきました」

喜多氏は1988年、パキスタンに派遣されアフガニスタン難民の保健医療支援を行ったのを皮切りに、アジア、アフリカの紛争国で数多くの支援活動に参加してきた。
「私はもともと小児科医ですから、紛争地域でも子どもの病気を一生懸命治そうとしました。しかし、ひとりの子どもの肺炎を治療しても、私が去った後に、その子が再び肺炎にかからないという保証を与えることはできません。患者の健康を保つには、医師がその患者個人を治療するだけで足りず、何らかの形で地域全体を“看る”必要性があると判りました。看護の重要性を意識したのは、当時の経験が大きかったと思います」

こうしたプライマリーヘルスケアの考え方に基づき地域住民の健康を守る担い手はもちろん医師でもいいが、看護師の方がもっと適任なのではないか。そうした思いは、日本赤十字九州国際看護大学で教鞭をとっていた際にますます大きくなる。
「医療設備が整っていない村をフィールドワークで訪ねたことがあります。そこでは常駐する医師はいないものの、看護師グループが交代で訪問して住民の健康を支えていました。住民たちに話を聞いて、看護師だけでも安心感があることを実感できました。しかし、この看護師グループに後継者が育っておらず、数年のうちに医療が住民に届かなくなるという懸念もあり、継続的に看護師を派遣するシステムを考えるようになりました」

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地域に根差した在宅看護センターをつくる

日本財団在宅看護センター起業家育成事業の第1期受講者は17人。6月から2ヵ月間の講義、8月から3ヵ月間の実習、その後さらに2ヵ月間の講義を受け、2015年1月には起業計画案(アクションプラン)を提出する。早ければ同年4月、病院や医師から独立した形で在宅看護センターを立ち上げる予定だ。看護の視点を経営に取り入れるために自ら起業するための知識を得るのが研修のポイントだという。この約8ヵ月という受講期間は「看護ではなく、経営・マネジメントのトップになるという意識を植えつけるのに、必要な最低期間」と喜多氏は話す。

「もともと看護師であった受講者のみなさんは、善意にあふれていて看護への情熱のある方ばかりです。人々が求める看護を提供したい、という強い思いを感じますが、彼らはこれから経営者にならなくてはいけません。もちろん、優秀なマネジメント能力を持つ人を経営者として招いても良いのですが、在宅看護センターでは、看護師だからこそできる経営を行ってもらいたいのです。今後は生活習慣病に関連した長期疾患の増加が予想され、生活の場での療養が重要になってくるでしょう。また、生きるための治療に携わってきた看護師にとって死へ向かうプロセスへの看護は慣れないかもしれませんが、自宅での終末を希望する方に対する看護の必要性も増してくると思います。しかし、在宅看護へのニーズが高まっても、医師は施設(病院)でなければ出来ない医療をやらねばなりません。数の上からも、機能的にも、生活の場でのケアを担うのは看護師が最適です。看護師の目で、センターを運営していくことがとても大切だと考えています」

写真さらに、喜多氏の誘いに応じて、約30年前に日本で初めて看護師として起業した村松静子氏が実習責任者として参加し、実習を中心に全面的に受講者たちを支えてくれることも心強い。
「村松先生は、看護を“社会化”する道を拓いてこられた方です。起業し、在宅看護を事業として成り立たせるまでには、それは多くのご苦労を経験されてきています。村松先生に『在宅看護センター起業家育成事業』に参加していただいて、講義や実習を通じて、ご自身がこれまでなされてきたたくさんの経験を、後進に伝えてもらいたいと思っています。そして受講者は、先生の経験に基く在宅看護学を教わることで、今後自分が起業した際に直面するであろう壁を事前に知ることができます。また、ここで学ぶことはその壁を乗り越えるための手助けになることは、間違いありません」

患者の生活の中で看護を続けるためには、地域の特性を知ることも重要だ。在宅看護センターは、地域の医療機関や老人保健施設など関係機関を結びつける中心的な役割を果たし、地域それぞれの風土や文化に合った看護サービスを提供することも求められている。
「東北と九州では、食文化も違えば、冬の長さも違います。例えば雪が多い地方などでは看護師がご自宅を訪問する取り組みはなかなか進まないかもしれない。そういう地域にはどういうセンターが必要になるかを、起業する看護師たちは考えていかなければなりません。しかし、地域や社会を動かすには看護師ひとりでは難しいものがあります。今回の事業によって育成した看護師たちは、それぞれの地域で活動する一方で、研修期間に培った絆を保ちながら、社会を変えるための政策提言を行う集団として育って欲しいと考えています。ひとりの声だけでは動かないことも、多くの人が声をあげれば動くことがあります。看護師が社会を変える。それがこの事業の目標なのです」

日本財団在宅看護センターは、今後5年間で200カ所の開設を目指している。

撮影:コデラケイ

日本財団在宅看護センター起業家育成事業