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障害者の月額平均工賃1万5,776円。高単価で安定した仕事実現の鍵は「IT」と「連携」

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就労支援フォーラムNIPPONで開催されたコンテクストフォーラム「動き出した工賃・賃金倍増センター~400億円の受発注システムは実現可能か~」の様子
この記事のPOINT!
  • 就労支援施設で働く障害者の月額平均工賃は1万5,776円、時給換算でわずか222円
  • IT関連の仕事は、職域拡大・工賃向上等、障害者にとっても大きな可能性を秘めている
  • 障害者の工賃倍増には、共同窓口の設置や仕事の分配など、連携した体制づくりが重要

取材:日本財団ジャーナル編集部

障害者の就労や働き方について、今取り組むべき課題を探り、具体的な解答やビジョンをさまざまなプログラムを通じて考える「就労支援フォーラムNIPPON2021」(外部リンク)

2021年12月17~19日に開催された第8回目は、「ゲームチェンジャー 〜打開から破壊まで〜」をテーマに、全てのプログラムがオンラインで実施された。今回は、19日に行われたコンテクストフォーラム(※)「動き出した工賃・賃金倍増センター~400億円の受発注システムは実現可能か~」の模様をお届けする。

  • 1つのテーマについて議論し、構想をつくる分科会

就労継続支援B型などの障害福祉サービス事業所(※1)で働く障害者が得る工賃(※2)は月額平均1万5,776円(2020年)、時給にして222円と著しく低く、経済的に自立するにはほど遠い。

  • 1.一般企業で働くことが難しい障害や難病のある人に就労の機会を提供すると共に、就労に関する知識や能力を向上するための訓練を行う支援事業者。事業者と雇用契約を結ぶA型と、雇用契約を結ばず自分のペースで働けるB型の2種類がある
  • 2.就労継続支援B型の事業者などで、生産、加工などの労力に対して支払われるお金

本コンテクストフォーラムでは、全国に共同受注窓口を設けて各地の就労支援施設と連携することでより高単価で安定した仕事を供給する「総額400億円の受注システム」の実現の可能性を探るため、実例を踏まえながら意見が交わされた。

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コンテクストフォーラム「動き出した工賃・賃金倍増センター~400億円の受発注システムは実現可能か~」の登壇者の皆さん

〈パネリスト〉

中村敏彦 (なかむら・としひこ)

一般社団法人ゼンコロ 会長

高橋宏和 (たかはし・ひろかず)

社会福祉法人東京コロニーコロニー東村山 副所長

鈴木宏 (すずき・ひろし)

社会福祉法人山形県コロニー協会天童サポートセンター 施設長

内藤風香 (ないとう・ふうか)

ヴァルトジャパン株式会社 ジョブコーチ

〈進行〉

竹村利道 (たけむら・としみち)

日本財団公益事業部国内事業開発チーム シニアオフィサー

障害者の職域を広げる、書籍のデジタル化

現在(2021年12月時点)、国立国会図書館では保存を目的とした蔵書のデジタル化が急ピッチで進められている。

対象となる蔵書は平成12年(2000年)までに受け入れた図書や雑誌をはじめ、博士論文や官報など多岐にわたる。

その一部の蔵書のデジタル化を請け負っているのが、障害者の就労支援事業を行う社会福祉法人東京コロニーのコロニー東村山事業所(外部リンク)だ。

企業から印刷業務全般を受託していた同施設がコロナ禍の影響を大きく受けて経営が落ち込み、新規事業の開拓を模索していたタイミングでの受注だったという。

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国内全ての出版物を集める納本制度を柱として,収集された資料を国民の文化的財産として長く保存することを目的とする国立国会図書館。yama1221/PIXTA

「これまでに培った印刷のノウハウを活かせる事業はないかと考えていた中でいただいたのが今回のお話でした。書籍のデジタル化なら、アナログ印刷で培ってきた技術を活かせます。事前準備や設備の導入など、満たさなければならない条件はありましたが、就労支援事業所の利用者の皆さんの『やってみたい』という声にも後押しされて新たな事業の立ち上げを決めました」とコロニー東村山副所長の高橋宏和さんは語る。

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国立国会図書館の蔵書のデジタル化をきっかけに立ち上げた書籍デジタル化事業について語る高橋さん

現在、コロニー東村山では約3,000冊分の蔵書のデジタル化を受託している。

デジタル化といっても1ページずつスキャニングすればいいというものではなく、スキャニングの前にも蔵書の選定や事前調査、画像サンプルの作成などさまざまな工程がある。さらに、専用の大型ブックスキャナや、膨大な蔵書を管理するための耐火書庫の購入や設置場所の確保、スキャニング作業の指揮監督者に求められる資格取得など、クリアしなければならない課題はいくつもあった。

「正直なところ、初年度の収支はイーブンです。ただ、この事業が実を結べば、障害者全体の工賃向上につながるヒントになり、国立国会図書館以外にもさまざまな書籍や資料のデジタル化のニーズに貢献できるかもしれない。そのためにもまずは、私たちが実績をつくろうと考えました」

左図:高橋さんが考える書籍デジタル化事業に取り組むメリットを示す図。利用者の新しい職域の開拓→印刷で培った技術を活かせる→利用者の工賃向上→デジタル化ニーズに社会貢献として応える→利用者の新しい職域の開拓

右図:国立国会図書館の蔵書のデジタル化の工程。
①原資料の運搬〈作業者2人(うちB型利用者2名)〉
②事前確認〈作業者6名〉
③スキャニング〈作業者7名(うちA型利用者7名)〉
④画像の品質検査〈作業者5名〉
⑤サムネイル・目次・画像検査〈作業者2人(うちA型利用者1名、B型利用者1名)〉
⑥納品物の作成(データ類)〈作業者2人うちA型利用者1名〉
※利用者の関わる人数に関しては想定人数です
左図:高橋さんが考える書籍デジタル化事業に取り組むメリット。右図:国立国会図書館の蔵書のデジタル化には多くの工程を必要とする

コロニー東村山では現在14名の研修生を受け入れており、2022年4月から全国10団体の社会福祉法人で構成される一般社団法人ゼンコロ(外部リンク)を通じて全国展開を予定しているという。

「このお話を初めて聞いた時に何よりも私が驚いたのは、現段階で、デジタル化されている国立国会図書館の蔵書がわずか5パーセントに満たないということでした。難しそうだなとは思いましたが、コロニー東村山だけではこの課題は解消できない。私たちも一緒に汗をかきながら、どうすれば実現可能かを考えていきたいと思いました」

そう話すのは、4月より国立国会図書館の蔵書のデジタル化事業に参加予定の山形県コロニー協会天童サポートセンター(外部リンク)の施設長・鈴木宏さん。

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山形県コロニー協会天童サポートセンターの鈴木さん

山形県コロニー協会天童サポートセンターがあるエリアは地盤が弱く、耐火書庫を設置するためには床を補強したり、作業スペースを確保したりと苦労は多いが、コロニー東村山と同様にクオリティの高い仕事を提供したいと力強く語る。

高橋さんも「決してハードルは低くはないが、意義のある仕事です。今後は、他の就労支援施設の方にも声をかけていきたい」と続く。

変わり始めた障害者の雇用環境

そもそも国立国会図書館の蔵書のデジタル化は、国立国会図書館から日本財団に「障害のある人の仕事にすることはできないか」と打診があったことから始まった事業。それを受け日本財団で障害者就労のコミュニティづくりに取り組む竹村利道さんが真っ先に連絡をしたのがゼンコロだ。

昭和30年代、結核の回復者たちが自身の社会的自立を目指して設立した団体であるゼンコロは、長きにわたって障害者の「完全参加と平等」の実現を目的に活動を続けている。

「印刷業務を受託する事業所が多い中、年々売り上げは苦しくなっていました。そんな中で竹村さんから『仕事が豊富にある』とご連絡があり、さらに設備など初期投資にかかる費用を日本財団さんが助成してくれるというお話もいただいた。こんな好条件で、チャレンジしない理由はないと考えました。ゼロからスタートしたコロニー東村山が1年足らずで実務に漕ぎ着けたことを考えると、他の事業所についても大きな可能性を感じています」とゼンコロ会長の中村俊彦さんと話す。

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ゼンコロの成り立ちについて語る会長の中村さん

本コンテクストフォーラムの進行を務める竹村さんも、将来的な障害者の工賃向上に期待を寄せ、言葉に力を込めた。

「既成概念として、これまで国から福祉施設が受託する業務は小口のものばかりでした。今回、国立国会図書館という大口の仕事を任されたことで、今後はさらに職域が広がっていくのではないでしょうか」

日本財団では、福岡県、宮城県と連携協定を締結し、障害者に特化したBPOサービス(※)を展開するヴァルトジャパン株式会社(外部リンク)と共同で、障害者の工賃向上を目指している。

  • 企業活動における業務プロセスの一部を一括して専門業者に外部委託するサービス

ヴァルトジャパンが県内企業からの受託業務の掘り起こしを行い、県共同受注窓口を介して、県内の就労継続支援B型事業所等へ、年間を通じて高収益の仕事を安定的に配分する仕組みづくりに力を入れている。

ヴァルトジャパンの内藤風香さんは、「福岡県の例では2020年度は2,000件の新規受注があり、工賃が従来の約4.3倍になりました」と成果を話す。

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工賃向上の取り組みについて話すヴァルトジャパンの内藤さん

コロナ禍も相まって多くの就労支援施設が安定的に仕事を受託できないなど課題を抱える一方で、企業側にも人材不足の解消や障害者雇用の促進などさまざまなニーズがある。

「具体的な仕事内容としては、IT系の業務が最も多く、箱折など軽作業の案件もあります。業務自体は単純ではありますが、就労支援施設の職員さんの中にはパソコン作業に苦手意識をお持ちの方もいるので、丁寧な作業書を用意するほか、県共同受注窓口を担う日本セルプセンター(外部リンク※)を通じて適時サポートを行っています」

  • 経済活動を展開する会員施設が集い、近代化や共同事業によってSELP(障害者のための就労の場づくり)の精神をより積極的に行っていくことを目指した事業振興センター

IT系業務と就労支援施設はあまり結びつかないイメージを持つ人もいるかもしれないが、「決してそんなことはない」とゼンコロの中村さんは言う。

「東京コロニーのとある事業所では、東京都からの依頼で在宅就労者を対象にした2年間のIT講習を行っています。毎年4~5名の方を受け入れているのですが、呼吸器を着けている重度の障害がある方が2年間で資格を取得して民間の企業に就職したり、独立されたりと活躍しています。今後、ITは障害者の就労にとっても大きな可能性のある分野といえるかもしれません」

現在(2021年12月時点j)日本で工賃が最も低い山形県も障害者賃金向上推進室を立ち上げ、賃金向上に向けて動き始めており、IT業務の育成もセットにした業務の受発注を検討しているという。

国・自治体・地域の連携で、障害者が活躍できる社会へ

本コンテクストフォーラムには、視聴者からリアルタイムで多くの質問やコメントが寄せられた。

「知的障害者の方を中心に支援していますが、ITと聞くと尻込みしてしまいます。知的障害者の実例はありますか?」という質問には、「営業支援としての送信代行業務など、活躍していただいています」と内藤さんが解答。

高橋さんも「コロニー東村山でもA型事業所で知的障害者を採用し、入力業務をお願いしているのですが、私たちの4~5倍のスピードで作業をこなされていますと」と激励した。

「以前、ヴァルトジャパンさんに仕事を依頼しました。25年分の日記全600ページにわたる手書き文章を文字起こしするものでしたが、仕事が正確で納品も早かったです」というコメントもあり、障害者の職域拡大としてIT業務の可能性を感じた。

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視聴者からの質問に答える内藤さん(左)、鈴木さん

後半では、総額400億円の受注システムを実現するために必要な体制について意見が交わされた。

中村さんは「可能性の一つとしては、ヴァルトジャパンさんのようBPO事業者が受注を取りまとめ、全国の施設に展開するスキームを組むこと。あるいは、ゼンコロや日本セルプセンターが各地の拠点に受注センターを設け、そこから地域の就労支援施設に仕事を発注する方法も考えられます」とコメント。

内藤さんも「47都道府県にヴァルトジャパンの支社を設立する、共同受注窓口や各地の就労支援施設と密に連携を取るなどの方法に加えて、国としても民間企業に施設への仕事発注を積極的に推し進めることが必要だと思います」とコメントした。

最後に中村さんは全国の就労支援施設に向けてこう呼びかけた。

「国立国会図書館のお仕事で私たちが結果を出し、障害のある人の就労能力は捨てたものじゃない、社会で活躍できるんだということを示せる事業に発展させたい。ぜひ、多くの就労支援施設の方に手を挙げていただき、一緒に歩んでいただければと思います」

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全国の就労支援施設に呼びかける中村さん(写真右)

国立国会図書館の蔵書のデジタル化事業はまだスタートしたばかりだ。山形県コロニー協会天童サポートセンターの鈴木さんは「工夫さえすればどの工程にも障害のある人が関わることができる」と力強く語った。

工賃倍増の実現、障害者就労の可能性を広げるためにも、共同受注窓口と就労支援施設が連携する総額400億円の受注システムづくりに、ぜひ多くの事業者の方に参加してほしい。

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