THE TOKYO TOILETクリエイターが語る「それぞれの公共トイレにかけた想い」

16名のクリエイターが17カ所の公共トイレをデザインし、誰もが快適に利用できる場所へ生まれ変わらせるTHE TOKYO TOILET。各クリエイターがどのような考え、想いでデザインしたのかに迫りました

片山 正通

恵比寿公園トイレ

「THE TOKYO TOILET」に参加することになって気づいたことのひとつは、実は、自分自身、公共のトイレ、特に公園内のトイレはほとんど使ってこなかった、ということでした。たまたま使わずに済んできたのもありますが、残念ながら、使いたい施設だとは思ってこなかったのも、事実だと思います。
店舗やオフィスなど、これまで手がけてきたインテリアのプロジェクトには、必ずトイレがあります。では、それらのトイレは何を拠り所にデザインをしているかというと、場所や空間のアイデンティティに寄り添うこと。その上で、単に「デザイン性」というより、使いやすさやプライバシーの両立を、常に慎重に考えてきました。

写真
片山 正通(写真:Kazumi Kurigami)

この「恵比寿公園」周辺には、保育園や小学校があり、大人から子どもまで、様々な年代・性別の人が使う公園だということをまず念頭に置きました。公園との一体感は強く意識していて、このトイレが、公園内の樹木などにも自然と馴染むものにしたいと思いました。
コンセプトは先にお伝えした通り「現代の川屋(厠)」とし、建物を構成する素材も原始的で質素な在り方につながるものを選びました。具体的には、コンクリート板に「木目」という自然の造形を施すことで、硬質な素材に優しさを与えています。
15枚のコンクリート板を、感覚的には“無邪気に”組み合わせていますが、視線や動線に考慮した細かい計算を行っています。壁と壁の接点に仕込んだ間接光は、このトイレをオブジェクトとして映し出す、演出の要。もちろん、機能的な照明として、利用者の役に立つものでもあります。

坂 茂

代々木深町小公園トイレ、はるのおがわコミュニティパークトイレ

公園にある公共トイレに対して抱く、2つの心配、中が綺麗(クリーン)かどうか、中に誰も隠れていないか。そのどちらをも解決するデザインとして、このガラスの「透明トイレ」は誕生しました。
電気を通すことによって透明になるガラスの技術は、今回のトイレのために開発されたものではありません。私自身の作品では、たとえば、2019年に完成したスイスの〈スウォッチ・オメガ シテ・デュ・タン〉内の部屋の仕切りにも使用した経験があります。
デザインにあたり注意深く扱ったことは、未使用時、つまり、透明になった時に外から見える機器のレイアウトです。公園内の施設として、常にそこにあるわけですから、その景色の一部として、機器のレイアウトが美しく、整っている必要がありました。
この透明トイレは、代々木の「はるのおがわコミュニティパーク」と、富ヶ谷の「代々木深町小公園」の2カ所に設置されています。仕組みや設備の構成は同じで、どちらも待合いスペースはなく、ユニバーサル・トイレ、女性用、男性用の個室が並びます。色については、赤が女性、青が男性という固定概念にとらわれないように、と考え、「はるのおがわコミュニティパーク」を寒色系、「代々木深町小公園」を暖色系のトーンで揃え、昼の自然光の下でも明るい印象になることを目指しました。

写真
坂 茂

田村 奈穂

東三丁目公衆トイレ

背景に鉄道との境になる大きなコンクリートの壁、左右に非常倉庫と電車の電源分配ボックス、交通量の多い車道に挟まれた、都会の真ん中に出来た小さな三角形の「隙間」。それが、この敷地を見たときの第一印象でした。
その小さな三角形の敷地に対して、日本の折り紙の原型でもある伝統作法、「折形」からインスピレーションをもらい、紙を折ることでつくられる幾何学的な形を空間化してみようと考えました。

写真
田村 奈穂

紙を折り、贈り物を包むということは、清潔で丁寧で、その作法には「相手を尊ぶ気持ち」が込められていると言います。このトイレもまた、清潔で丁寧で、お互いを尊び合うような場所になってほしい。「折形」の空間化にあたっては、壁や天井の物理的な厚みを極力感じさせないよう配慮し、鉄板の薄さと紙を折ったような表現にこだわりました。
鉄板を使うことに難しさはありませんでしたが、鉄の断熱塗料が白みがかった色をしていて、外壁の色を、今回実現させたかった「鮮やかな赤」に近づけるのに苦労しました。
「赤」は、煩雑な立地環境において、ここにトイレがあることを明確に伝える色であり、心理的な緊張感を持たせる「アラートカラー」でもあります。夜間やひとけのない時に公共トイレを利用する際、恐怖心、あるいは緊張感を覚えたことのある方は少なくないと思います。残念ながら、トイレが犯罪の現場になってしまうこともあります。公共のトイレで最も重視すべきは、安全性とプライバシーです。この「赤」には、衝動的な犯罪を抑止し、利用者が安心して使えるトイレになってほしい、という思いが込められています。

槇 文彦

恵比寿東公園トイレ

私が設計において大切にしてきたことのひとつに「場所性」があります。その場所の歴史的背景や普遍的な価値といったことです。今回は、近隣の方々に長く愛されてきた児童遊園の中だからこそ、爽やかで、少しユーモアのある建築がいいのではないかと考えました。
爽やかというのは、開放的で明るく、清潔な環境であり、ユーモアというのは、使う人の緊張をほぐし、リラックスできる場所づくりということでもあります。
風通しや日当たり、利用者の安全などを考え、個室を分散して配置し、ゆるやかなカーブを描く屋根でつなぎました。また、中央には、緑豊かな公園と一体になる中庭を、ユニバーサル・トイレの外側には腰を下ろしてひと息つけるベンチも備え付けました。このベンチがトイレの利用者だけではなく、公園の利用者にもよろこばれていると聞いて、とてもうれしく思っています。公園内のパビリオンとしても機能する建物にしたいという思いが、最初からありました。

写真
槇 文彦

場所を活かし、皆さんによろこんでもらえる公共空間のあり方について、恵比寿東公園トイレのような考え方もあるのだと知ってもらうことも、大切なことだと思います。
建築は永い時間、その場所にあり続けます。だからこそ長期的な視点で、社会の財産になるものであってほしい。ディーセント(decent)、年月を経ても恥ずかしくないものでもあること。今回はその思いを、新たな形で展開できたのではないかと思っています。

坂倉 竹之助

西原一丁目公園トイレ

公園を明るく照らす「行燈」としての公共トイレ。そのデザインの原点には、「西原一丁目公園」が暗く寂しげな印象であったことなど、敷地を訪れて感じたこの場所特有の様々な立地環境がありました。このトイレを、多くの人々に役立つ「行燈」にするために心がけたのは、建物の存在を意識させず、できるだけ明るさを確保すること。長方形のシンプルな形状は、その目的に対する答えとしてあります。
もうひとつ、このトイレで心がけたのは、トイレ内部を、「気持ちよく使える」空間にすることです。私は建築家として、これまで多くの住宅を手がけ、同時に多くのトイレを設計してきました。広さが限られているとはいえ、日々の生活に必要不可欠な場所であるトイレが、あまりにも閉鎖的で、気持ちよく過ごせる場所ではない、というのは望ましくないことと、常々思ってきました。今回、公共トイレをデザインするにあたって、限られた敷地の中で、できるだけ明るく、開放的で気持ちのいい場所にしたい、という思いがありました。天井高を高くとり、透過性のあるガラスの外壁に森の景色を転写したのはそのためです。のびやかな空間にまるで木漏れ日が差し込んでくるかのような、清々しい室内になっていると思います。

写真
坂倉 竹之助

個室はユニバーサル・トイレも含め、3室とも男女兼用としました。公園自体が決して大きくはないので、全体の個数を増やすより、最小限の個室それぞれを丁寧にデザインすることが大切だと考えました。待合いスペースもありません。建物前面の通路に植樹をした木々がやがて大きく育ち、この場所をより気持ちのいい場所にしてくれることを期待しています。

安藤 忠雄

神宮通公園トイレ

世界に誇る日本の良さは、美しくて清潔で礼儀正しいことです。日本のトイレは、その良さを象徴する場所のひとつではないでしょうか。これまで世界中を旅してきた経験を振り返っても、日本のトイレほど、美しく清潔で、あとに使う人への礼儀を感じるトイレはありません。
美しくて清潔であることに関わり、大事なことは、風通しです。湿度の高い日本では、昔から建物は風通しに配慮して設計されてきました。住宅でも寺院でも、伝統的な日本建築に深い庇と縁側があるのも、風通しを考えてのことでした。一方で、現代の感染症予防の鍵のひとつも、風通しと言われています。過去を見ても、これからの社会を考えても、明るく、風通しがよく、そして安全なトイレというのが、公共のトイレの在るべき姿ではないかと考えます。
今回の「神宮通公園トイレ」では、円形の建物の外壁を縦格子とし、建物内部に光と風が通るようになっています。円というのは、形の原点であり、誰もが使える開かれた施設の形としても、ふさわしいのではないかと思います。

写真
安藤 忠雄(撮影:閑野欣次)

屋根の庇が大きく迫り出し、「雨が降ったら、庇の下に逃げ込める、雨やどりができるトイレをつくろう」と考えたことは、コンセプトで述べた通りです。これまで、数多くの建築を手がけてきましたが、私自身、トイレだけを単体で設計するのは、今回が初めてです。トイレという機能だけではなく、ここが、困ったときに駆け込める、みんなの場所としての価値をもつ建物であってほしいと願っています。

NIGO®

神宮前公衆トイレ

神宮前1丁目の交差点は、東京で最も好きな交差点です。かつては毎日のように通ったショップやカレー屋が近くにあったこともあり、ゆかりが深いこの場所の公共トイレのデザインに携われたことを、本当に嬉しく思っています。
デザインの由来は、1946年に現在の代々木公園一帯に設けられたワシントンハイツの「ディペンデント・ハウス」です。ワシントンハイツは、原宿が現在のカルチャータウンに発展していくきっかけになった場所でもあり、また、「ディペンデント・ハウス」は、戦後のライフスタイルの変化にも大きな影響を与えました。
その家も今では、ほとんど残っていません。僕は、原宿に育てられて、今があります。今回のトイレのコンセプトを「温故知新」とし、「ディペンデント・ハウス」のいわば“写し”に挑戦したのには、消えゆくデザインを大好きな街、原宿に残せたら、という思いもありました。
家型の親しみやすい建物であることが、公共トイレとして入りやすいものになるよう、内開きのドアが常に開いているように見せたり、素朴なガーデンフェイスのような柵にしたりと、細部の「ちょっとしたこと」にも気を配りました。

写真
NIGO®

手洗いのスペースを広くとり、非接触で使える水栓や金物を選ぶなど、衛生面についても慎重に考えてデザインを進めました。公共トイレは助け合いの場所でもあると思っています。美しく、綺麗に、いつまでも。そんな気持ちで使ってもらえれば幸いです。

隈 研吾

鍋島松濤公園トイレ

池があり森のような深い緑のある〈鍋島松濤公園〉にあって、その森に溶け込むような公共トイレをつくりたい、と思いました。そのため、大きな箱のような建物をつくるのではなく、5つの異なるトイレの小屋を点在させ、小屋と小屋の間を“森のコミチ”で結びました。
小屋の外壁はランダムな角度の杉板ルーバーで覆われています。この杉は、年輪が緻密で高い強度をもつ奈良県産の吉野杉。あえて耳付きとしたのは、森の中にいるような荒々しさを残したかったからです。
木を使うことは、都市の中に自然を取り戻すことだと考えています。今回のような公共の建物であっても、工夫次第でさまざまな木の使い方ができる。根底には、日本の木の文化を世界に発信したいという思いがあります。室内の装飾には「さがみはら津久井産材」のサクラやケヤキなど、小学校の机の天板を作った際の端材を活用しています。機能も内装もそれぞれに異なる5つのトイレは、多様性の時代を象徴するものでもあります。

写真
隈 研吾((c)J.C.Carbonne)

また、小屋と小屋を結ぶ小径をより自然に近い山道状にするため、公園にもともとあった勾配に沿った地形もデザインしました。これからの建築は、外との関係、人の感情との関係を含めたトータルな体験がより重要になってくると考えています。自然の中を歩きまわり、お気に入りの場所を見つけるように、自分が好きなトイレを選んで使ってもらえればうれしいです。

佐藤 可士和

恵比寿駅西口公衆トイレ

先に完成した「THE TOKYO TOILET」を訪れて感じたことは、公園内に建つもの、大通りの近くに建つものなど、場所によって求められていることは違う、ということです。違うからこそ、面白い。
清潔、安全、調和、そして多様性を受け入れる社会の実現というプロジェクトの主旨を受け止めつつ、駅前に建つ公共トイレはどうあるべきか。まずは、全体の目的と敷地の個性を整理することからデザインを始めました。
恵比寿駅西口は人通りが多く、敷地のすぐ近くには、待ち合わせによく使われる「えびす像」もあります。いわば街の顔とも言える場所で、ここを最寄り駅とする人にとっては、毎日目にする建物にもなります。そこで私たちは、トイレとして目立つことよりも“目立ち過ぎない”ことを大切に考えました。
いい意味で気にならない、一歩引いた佇まい。白を選んだのは、清潔さを伝えると同時に、駅前の雰囲気が少し明るく、清々しいものになれば、と思ってのことです。ルーバーはプライバシーの確保と外部からのほどよい視認性という2つの「安心」を両立させるためのもので、風通しも良く、全体の印象を軽やかなものにしてくれています。

写真
佐藤 可士和

心がけたのは、清潔で使いやすいという公共トイレとしての“あたりまえの配慮”にひとつ一つ向き合い、新しさと違和感のなさのちょうどいい“さじ加減”を探ること。このトイレが利用者の皆さまに違和感なく、新鮮な気持ちで受け止めていただければうれしいです。

伊東 豊雄

代々木八幡公衆トイレ

代々木八幡宮の森を背にした三角の変形敷地で、建替え前のトイレは暗く、入りにくい印象がありました。そのため、まずは明るく入りやすく、特に女性が夜間でも安心して利用できる公共トイレにしたい、という思いがありました。
個室型のトイレを3つに分散させることで回遊性を生み出し、行き止まりがなく視線が抜けることで、防犯性を高めています。また、従来はユニバーサル・トイレに集約されていた子ども連れや高齢者のための機能を、男女の個室にもそれぞれ備え、3棟ともに多様なニーズに応えられる仕様になっています。

写真
伊東 豊雄(写真:藤塚光政)

円柱状の室内や、浮かぶようにかけた丸みのある屋根など、建物の形状はキノコを連想させる表現を採りました。でも、最初からキノコにしたかったわけではありません。地面から生えてきたような建物にしたい、とは思っていました。ダークブラウンからオフホワイトへのグラデーションで並ぶモザイクタイルは、大地のエネルギーが建物に伝わり、上に行くに従って空に溶けていくようなイメージを表現しています。
公共建築をつくるときには、できるだけ自然の中にそのままいるような建物にしたいと考えています。周りの環境と切り離された場所ではなく、利用者が緊張せずに心地よく過ごせる空間にしたい。キノコのようなこのトイレが、代々木八幡宮の森と調和し、子どもたちをはじめ、地域の方々によろこんで使っていただければ幸いです。

佐藤 カズー

七号通り公園トイレ

目指したのは、世界一清潔な公共トイレ。その目標にどう近づけるか、考えに考えた結果、ボイスコマンド式の“手を使わない”トイレにたどり着きました。海外の公共トイレの利用実態を調査したところ、利用者の約60%がレバーを足で踏んで水を流し、約50%がトイレットペーパーを用いてドアを開け、約40%がお尻でドアを閉め、約30%が肘を使い手の接触を避けるといいます。この“どこにも触れたくない”という心理を新しいUX(ユーザー・エクスペリエンス)としてデザインしました。

写真
佐藤 カズー

たとえば「扉を開けて」「トイレの水を流して」など、トイレを利用する際に必要となる動作を声で指示すれば、非接触で用が済ませます。言語は日・英の2カ国語対応。あらかじめプログラムされた、腸をリラックスさせるための音楽もリクエストできます。もちろん、音声だけではなく、これまで通り、手を使ってのドアの開閉や便器の操作も可能です。
個室はこの場所でのニーズと利用状況をリサーチし、ユニバーサル・トイレと男性用トイレのふたつとしました。最大4mの天井高をもつ真っ白な球形の建物は、一粒の水が落ちてきたような、瑞々しさをイメージしています。コンクリートの構造体で球体をつくるのは、とても難しいのですが、球体は、空気の流れを制御し、においが滞留しないための形でもあり、自然給気と機械排気を組み合わせた24時間換気システムを導入しています。

後 智仁

広尾東公園トイレ

「THE TOKYO TOILET」のコンセプト作りから携わり、担当する敷地が決まってから4年強。やっと完成した〈広尾東公園トイレ〉を、「小さな美術館みたいですね」と言ってくださる方もいて、まずはホッと胸をなでおろしています。敷地は広尾ガーデンヒルズへと続く並木道の途中で、背後には聖心女子大学の校舎。長く暮らしている住民の方々をはじめ、利用者の「生活の一部」になることへの責任を常に感じながら取り組んできました。
最初に考えたことは、どうしたらトイレがもっと好かれるか。大切にされるか。きれいなトイレだから好き、なのではなく、トイレ自体をもっと積極的に好きになる仕組みや新しい関係性がつくれないものか…ということでした。

写真
後 智仁

パブリックアートは多くの場合、皆さんに愛され、大切にされていますよね。トイレを汚す人はいても、パブリックアートをないがしろにする人は少ない。そこで、パブリックアートと公共トイレが一緒になったらいいのではないか、と。
では、「アートとトイレのハイブリッド」を目指すには、どんな表現がいいか。最終的に、世界人口と同じ数の79億通りのライティングパターンに辿りついたのは、このプロジェクトの根底にある「人は、みんな違うという意味で、同じである。」という思想からであり、また、美しい木漏れ日や月明かりといった、公園の緑豊かな環境を活かしたいと考えたからです。
ひとつのパターンが投影されるのはたった10秒。その後、15秒で次のパターンへゆっくりと変わります。最新の技術を使ってはいますが、テーマは普遍的で、受け取られ方の幅も広いもの。日常的に並木道を通る方々にとっては、毎日目にするその「変化」が、トイレとのゆるやかなコミュニケーションになってくれればうれしいです。

マーク・ニューソン

裏参道公衆トイレ

このプロジェクトは驚異的だと思います。外国人はもちろん、日本人でも、公共トイレを使いたいと思ったのは初めてだという人も多いのではないでしょうか。建築やデザインのカルチャーを知りたくて、「THE TOKYO TOILET」に行ってみようと思う人すらいるかもしれません。公共トイレの地位を高めたことはもちろん、渋谷という街にとっても非常に意味のあるプロジェクトだと思います。
〈裏参道公衆トイレ〉の立地条件は複雑でした。地形に高低差があり、上空は首都高速道路の高架に覆われています。また、公共の駐輪場も隣接しているなど、物理的に限定される条件を整理し、克服することが、デザインにおける重要なプロセスでした。

写真
Marc Newson(撮影:Prudence Cumming Associates, Gagosian)

内部空間へのアプローチとしては、建築物というよりも1つのプロダクトとして考えました。比較的狭いスペースの中で、すべての機能を果たす必要があるということ、限定的で明確な目的に使われるという点は、実際にプロダクトとよく似ています。また、公共トイレの空間には技術的要素が集積し、インダストリアルデザインに通じるものがあります。私はこれまで航空機の内装デザインを数多く手がけてきましたが、公共トイレと航空機内部のデザインには、一定の類似性があると思います。
銅製の「蓑甲(みのこ)屋根」をはじめとする日本の伝統的な建築の引用については、コンセプトで述べた通りですが、私の長年の日本との親密な関係と、日本の手仕事から受けてきた多大なイスピレーションが源となっています。銅板の屋根は、日本各地で何度も感嘆した匠の技の1つです。それを用いた理由は、時間の経過と共に熟成し、より良くなる場所を作りたいと思ったからです。古くなるほど味が出て、長い年月を経たあかつきには、小さな記念碑のように見えることでしょう。石垣も同様で、最終的には、外部の伝統建築の引用と内部のインダストリアルデザインとを非常にうまく融合できたと感じています。
外部の素材でいうと、コンクリートも私にとって日本らしい素材のひとつです。現代の日本では、コンクリートが非常に洗練された方法で使用されています。街なかのあらゆる建造物で、素晴らしいクオリティで使われている。日本以外の国と比較すると、それはとても特殊で、理想的でもあります。コンクリートはこの場所を永続的な空間にするための主構造であり、〈裏参道公衆トイレ〉が周囲に溶け込み、現代日本の風景の一部になるためにも適した素材だと思います。
「THE TOKYO TOILET」のようなプロジェクトは、現時点では、日本の東京でしか起こり得ないものでしょう。土地の権利者や自治体、民間団体や企業が協力し、チームをつくり、公共トイレの改善を長期的に主導するというのは、極めて珍しく、今後は他の都市の参考になると思います。利用者の皆さんには、ぜひこの空間に「歓迎されている」と感じてもらいたいです。

マイルス・ペニントン+東京大学DLXデザインラボ

幡ヶ谷公衆トイレ

私たち「東京大学DLXデザインラボ」は、デザインとエンジニアリングの融合を目指し、国内外、さまざまな専門家とのコラボレーションで、革新的な製品やサービスのプロトタイプを提案しています。
「幡ヶ谷公衆トイレ」でも、まずは私をはじめ、デザイン先導イノベーションを専門とするチームがリサーチ活動を展開。多様な国籍、年齢、性別の方々とのワークショップを実施してアイデアを積み上げ、そのアイデアを建築専門のチームが形にしていくというコラボレーションでプロジェクトを進めました。地域住民の方々との対話を重ねたことも、「幡ヶ谷公衆トイレ」のデザインプロセスの特徴だと思います。

写真
マイルス・ペニントン

今回の提案の最も大きなポイントは、公共トイレに別の機能をもつ「第2の空間」を組み合わせたことです。その第2の空間は、年齢や性別にかかわらず、全ての人たちがさまざまな用途に活用できるよう、正方形のプレーンな空間としました。展示スペースや情報センターとしてなど、「地域コミュニティの中心」として役立てられることを期待しています。
第2の空間の利便性を考え、引き上げ式のポールを使ってカタチを変えられるオリジナルのベンチも用意しました。ポールは全部で31個埋め込まれています。待ち合い用ベンチとしてはもちろん、地域の方々の用途にあわせ、フォーメーションをその都度変えるなどして活用していただけるとうれしいです。
トイレブースは、敷地に残った3つの三角形のスペースに分散して配置しました。広さは限られていますが、天井高と屋根の傾斜によって、面積以上の広がりを感じてもらえると思います。

小林 純子

笹塚緑道公衆トイレ

京王線の笹塚駅にほど近いこの場所は、鉄道の高架を支える橋脚とその基盤部分が地中にあり、また敷地南側には水道管が通っていることから、施工方法や荷重に制限がありました。建物の素材にコールテン鋼と呼ばれる耐候性鋼板パネルを選んだのは、クレーンや重機を使わずに組み上げられ、重さを抑えられるからです。
そのような制約から導かれた素材と構造でしたが、鋼板ゆえ、自由な曲線が作れるという利点もありました。形そのもののイメージは最初からあったわけではありません。中央にユニバーサル、左右に男性、女性、そして歩道からすぐに入れる場所に子ども専用ブースを配置した平面計画がまずあり、その計画に沿って鋼板を立ち上げていくと、まるでおとぎの国のような、かわいらしい形になっていきました。

写真
小林 純子

トイレですから、使いやすさや安全性を第一としつつ、デザインの工夫のひとつは、高架下の圧迫感を和らげるため、建物の上に『第2の空』として丸い大庇をかけたことです。黄色くしたことで、「お月様みたい」とも言っていただき、丸窓からのぞくウサギもいて、愛らしい月とウサギのトイレになったと思います。ウサギのイラストは、グラフィックデザイナーの太田徹也さんにお願いしました。施設に面した歩道は近隣の保育園の散歩コースでもあり、子どもたちにも喜んで使ってもらえれば幸いです。
長年トイレの設計を手掛けてきましたが、公共トイレの実力は、30年、40年経って出るものだという実感があります。コールテン鋼は、わざと錆びさせた鋼板で、長い年月に耐えうる強度があると同時に、経年変化で黒味を帯び、より深みのある色になっていくのが魅力です。時間味わいを増し、この場所に馴染んでいくことでしょう。

藤本 壮介

西参道公衆トイレ

公共トイレは建物の規模が小さく、機能も限られています。そこに新しい可能性を見出していくプロセスはとても面白く、また、難しい道のりでもありました。トイレであると同時に「街の価値」となるような、新しい公共空間を作りたい——。その思いで、街とトイレとの関係を幾通りも考え、数年かけてたどり着いたのが、「器・泉」というコンセプトでした。

写真
藤本 壮介

トイレは建築用語で言うところの「水まわり」です。そして水は、自然環境や循環の象徴でもあります。その「水のある場所」がトイレであると捉え直すと、今までの公共トイレとはまた違う役割や魅力を生み出せるのではないか、と思い至りました。
ヨーロッパの街では、泉のある広場が市民に親しまれていたりしますよね。水場があると、人はそこに意識を向けるし、井戸端会議のように、気軽に集まれるようになる。コロナ禍で手洗いの習慣がより根付いたことも、水場という存在の大切さに改めて気づいた要因かもしれません。各ブース内にも手洗い場はありますが、それとは別に、施設内からも歩道側からも使える5つの蛇口を設け、車椅子のかたや子どもたちから背の高い大人まで、それぞれが好きな場所を選んで、清潔な水にアクセスできるようにしました。
トイレの機能は、建て替え前の施設同様、女性用の個室2室、男性用の個室1室と小便器3つを備えつつ、今回新たにバリアフリーを1室設けました。それでも、以前より広くなった、と感じるのは、施設全体、つまり「器」の、歩道に対しての開放感からだと思います。アプローチから人の往来が見え、通り抜けもできて、守られているという安心感もある、そのアプローチの塩梅にも気を配ってデザインをしました。