ニッポンの本を世界へ
世界の絆

世界に届けたい本がある


現代日本の理解を促進するためにスタートした「Read Japan」。このプログラムは、日本に関する図書の寄贈事業、日本の優れた文学作品の翻訳・出版事業、若手翻訳者の育成事業の三本柱からなる。2013年3月の「東京国際文芸フェスティバル」(主催:日本財団)へと至る軌跡を追いながら、これまでの取り組みと成果を紹介する。

2013.02.22

本を通して、現代日本を知ってもらう

かつて、日本のオーバープレゼンス(目立ち過ぎ)が国際的に批判された時代があった。1980年代後半から1990年代の初め、バブル経済の全盛期にジャパンマネーが世界中を席巻した時代だ。しかしそれも今は昔の物語。それ以降、日本経済の失速に伴い、日本に対する関心が薄まり、国際的なプレゼンスも低下していった。そして21世紀に入ってからも下降傾向は続いた。このままでは日本は世界から忘れ去られてしまう…、そうした危機感をつのらせた日本財団では、対外発信力を高めるためのいくつかのプログラムをスタートさせた。

写真:現代日本を理解するための100冊を紹介する冊子その一つが、「本」をツールとして日本理解の促進を図る「Read Japan」プログラム。最初は図書の寄贈事業『私たちが薦める100冊プロジェクト』から始まった。現代日本を理解するために必須の100冊を日米英の有識者に選んでもらい、その100冊セットを世界中の図書館に贈るというものだ。2007年に選定作業が行われ、「政治・国際関係」、「経済・ビジネス」、「社会・文化」、「文学・芸術」、「歴史」の分野からすでに英文書籍となっている名著が厳選された。そして2008年から2012年にかけて、115カ国の857の図書館に54,071冊が寄贈された。

このプログラムは大変好評で、寄贈してほしいという声が今も世界各国の図書館から寄せられているが、「選定作業において新たな課題が浮上しました」と日本財団の田南立也常務理事は言う。「選ばれた書籍の中で、日本人が英語で書いた書籍が100冊の内3冊だけと圧倒的に少なかったのです。それに英訳された日本人の著作を加えても全体の三分の一程度です。海外発信力を高めるのであれば、日本人が書いた英文書籍全体の底上げを図るべきだと思いました。海外に発信すべき素材を増やすために、翻訳にも力を入れることにしました」

現代文学に絞り込む

そこで2009年にスタートしたのが、日本語で書かれた書籍が海外で翻訳される機会を増やすためのプログラムの展開だ。「翻訳推薦図書」をフィクション、ノンフィクションの各分野で50冊ずつピックアップ。書名と推薦理由、著者プロフィールを1冊のリストにまとめて、海外でのブックフェアで配り、出版関係者に送り、インターネットで発信した。

このプログラムを通しても、また一つ課題が見えてきた。このリストをもとに実際に翻訳をしようと決断した出版社が思いのほか少なかったのだ。海外において日本人が書いたものを出版してもらうためには、日本から情報提供するだけでは難しく、海外の関係者を巻き込んでいかないと話が進まないということが分かった。

例えば、米国で出版される書籍のうちの翻訳書の割合は2%にも満たない。そうした状況の中で、日本人の書いたものが翻訳・出版されるのは本当にごく僅か。その上、日本語の書籍を読んで、出版しようと思う編集者は英語圏では皆無だから、いくら待っても出版まで漕ぎ着けるのは至難の技だ。リサーチを進めていくと、翻訳を決定するのは影響力のある一部の編集者たちだということが分かった。特にフィクションの場合はそれが顕著だった。

そこで翻訳出版事業のターゲットをまずフィクションに絞ることにした。文芸作品は世相や時代を反映するので、よりリアルに日本のことを理解しやすいという理由もあった。現代小説の出版に関して影響力のある英米の編集者のネットワークに、日本の作家や編集者が組み込まれるような仕組みづくりを作っていこうと考えた。

2010年10月に、英米の編集者を招聘して開催されたシンポジウム「私たちが世に届けたい物語」はそうしたネットワークの下地づくりのための第一歩となった。『ザ・ニューヨーカー』や『グランタ』といった英米を代表する文芸誌の編集者たち6名に、日本の編集者や翻訳家が加わって文芸誌の可能性などをテーマにディスカッションが行われた。シンポジウムでは、海外の編集者から、他言語へ翻訳する際に、各国の文化の違いにより理解しづらくなるポイントを埋めるための翻訳者と編集者の役割や、英語に翻訳しやすい文章を書く作家とそうでない作家の違いなどについての意見が述べられたほか、日本側から世界言語である英語で出版されることの意義が語られた。

日本の現代文学の新たな可能性を求めて

2011年4月には、アメリカ文学の翻訳者である柴田元幸氏が編集長をつとめる文芸誌『モンキービジネス』の英語版が発行された。米国の出版社ア・パブリック・スペース社が編集と流通を担当し、日本財団が翻訳・出版の助成を行った。『モンキービジネス』は、海外作品の古典や新作の翻訳とともに、日本文学の最先端を切り開く気鋭の作家たちの書き下ろしを掲載する季刊文芸誌。日本語版は2011年に第15号をもって休刊したが、英語版は継続され、今年も第3号が発行される。

写真さらに東日本大震災から1年後の2012年3月には、小川洋子、角田光代など14名の日本の現代作家とバリー・ユアグローなど3名の海外作家の震災に関連した作品集『それでも三月は、また(英語タイトル:March was made of Yarn)』を日英米で同時に発行。日本財団は英米版の翻訳・出版助成を行った。こうした編集、翻訳、出版、販売などの共同作業を通じて、海外の編集者、翻訳家、日本の作家たちとの顔の見えるコネクションづくりを行っていった。また並行して、若手翻訳家100人の育成を目指すためにいくかのプログラムも実施。例えば英国のイーストアングリア大学やロンドン大学での翻訳家のワークショップでは、多和田葉子など日本の作家たちも交えて実際に彼らの作品を目の前で翻訳していくなどのユニークな試みも2010年から毎年行われている。

翻訳・出版のネットワークづくりが生命線

2012年は、政府が携わる翻訳出版事業にとって厳しい年となった。文化庁が2002年から行ってきた「現代日本文学の翻訳・普及事業」(JLPP)が、政府の事業仕分けで廃止に追い込まれてしまったからだ。

この事業では、研究者や作家で作る委員会で作品を選び、翻訳料を負担したり、出版した本を買い上げたりしてきた。対象は明治以降の作品で、10年間で222点が選ばれ、119点が英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語などで出版されるという成果を上げてきた。

国際交流基金でも1972年から海外の出版社に対して翻訳料の一部を助成してきた。これまでに約1,000冊の実績を持つが、その予算も大幅に削減されてしまった。

「官の力が衰退しても、これまでに築かれてきた翻訳・出版の人的なネットワークが消滅しないよう留意しなければなりません」と「Read Japan」のプロジェクトリーダーである日本財団の辛島デイヴィッドは言う。

「ヨーロッパには政府が助成して、自国文学を海外に発信する機関が各国にあります。最近は、韓国やトルコも自国文学の海外発信に積極的です。いずれも官民が連携して、ノウハウとネットワークを蓄積しています。政府の支援だけでビジネスとして成立しないとサステナビリティ(持続性)の確保が難しいので、上手に連携していくことが不可欠です。日本財団の立ち位置としては、官と民をつなぐハブ(中心軸)だと思ってこれまでやってきました。日本人が想像する以上に、日本の現代小説は欧米に受け入れられると思います。マンガだけでなく、日本の小説の凄さを伝えるために、人的なネットワークづくりを充実させていくことが大切です。大きな事業がなくなってもネットワークが生き続ければ、いずれまたチャンスが巡ってくるからです」

日本初の文芸フェスティバルを開催

3月1日から3日まで開催される東京国際文芸フェスティバルのポスターこれまで築き上げてきたネットワークづくりの集大成と言えるのが、3月1日から3日まで、日本財団の主催で行われる「東京国際文芸フェスティバル」。国際文芸フェスティバルは世界30カ国80都市で開催されてきたが、日本で行われるのは初めてだ。このフェスティバルの狙いは、東京をニューヨーク、ロンドン、パリとならぶ世界の文芸拠点にすること。シンポジウムという堅苦しいスタイルではなく、カフェやライブハウス、キャンパスや都電の車内を会場にして、トークショーや朗読、創作ワークショップなどが行われる。海外からはノーベル文学賞作家のJ.M.クッツエーやピューリッツアー賞作家のジュノ・ディアスなど錚々たるメンバーが、国内からは池澤夏樹や平野啓一郎、川上未映子や綿矢りさなど、現代文学を代表する作家たちが多数参加する。

写真

写真:東京工業大学教授 ロジャー・パルバースさん「海外に日本文学を紹介していく上で、大切なのは量よりも質です」と、作家であり翻訳者でもある、東京工業大学教授のロジャー・パルバースさんは言う。「谷崎潤一郎や川端康成、三島由紀夫、太宰治など戦後文学の巨匠たちの作品が世界にインパクトを与えたのは、ドナルド・キーンやエドワード・サイデンステッカーなどの質の高い翻訳者たちの貢献が大きかった。海外で日本文学が真に理解されるためには、作品の魅力はもちろんのこと、優秀な翻訳者や好奇心旺盛な編集者、鋭い目を持った批評家といった連関する構造が不可欠です。村上春樹や吉本ばななといった人気作家を除いて、最近では日本文学への注目度が低くなっています。私が言うMASK(マンガ・アニメ・寿司・カラオケ)が日本文化だと思っている人が多いかもしれないけれど、決してそれだけではありません。日本は500以上の文学賞があると言われる世界で最も文学が盛んな国の一つで、作家の数も多い。このフェスティバルを通じて次世代の目利きが育ってくれることを期待したい」

日本と海外の作家や出版関係者、翻訳者たちとのつながりは、このフェスティバルを機にさらに深まるに違いない。様々なアクターをつなぐハブとして、「Read Japan」プログラムは、日本の現代作家たちの本格的な国際デビューに向けて着々と準備を進めつつあるようだ。世界中の読者に第二、第三のハルキを送り届けるために。

Read Japan事業年表

図書寄贈

2007年 『現代日本を理解するための100冊』選定、カタログ制作
2008年 寄贈事業開始。4カ国の58図書館に寄贈
2009年 46カ国の294図書館に寄贈
2010年 57カ国の179図書館に寄贈
2011年 67カ国の180図書館に寄贈
2012年 57カ国の146図書館に寄贈

翻訳・出版支援

2009年 『翻訳推薦書100冊』選定、カタログ制作
2010年 10月 シンポジウム「私たちが世に届けたい物語」
2011年 4月 『モンキービジネス』(英語版)創刊
6月 英国Norwich Worlds Literary Festivalへの小説家・翻訳家派遣(池澤夏樹氏、アルフレッド・バーンバウム氏)
2012年 3月 『それでも3月は、また / March was made of Yarn』日英米で同時刊行
4月 『モンキービジネス』(英語版)第2号刊行
6月 英国Norwich Worlds Literary Festivalへの小説家・翻訳家派遣(多和田葉子氏、ジェフリー・アングルズ氏)
2013年 3月 東京国際文芸フェスティバル
3月 『モンキービジネス』(英語版)第3号刊行

翻訳者養成

2010年 7月 英国イーストアングリア大学でのワークショップ開催(講師:多和田葉子氏、マーガレット満谷氏)
2011年 7月 英国イーストアングリア大学でのワークショップ開催(講師:川上未映子氏、マイケル・エメリック氏)
2012年 7月 英国イーストアングリア大学でのワークショップ開催(講師:古川日出男氏、マイケル・エメリック氏)
7-8月 ウェブ文芸誌『Words Without Borders』Japan issueの企画・支援(ワークショップ参加者のフォローアップ事業)

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