デザインの力で福祉を変える

変容する福祉施設

近年繰り返される福祉施設での虐待問題は、福祉が掲げる「ノーマライゼーション」や「地域共生」の実現が簡単ではないことを世間に提起している。
日本における社会福祉制度は、1960年代までに社会福祉六法(生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法)に基づき、整備が進められてきた。しかし、飛躍的な経済成長は急激な社会構造の変化を引き起こし、地域社会における「自助・自立」を基本とした社会福祉制度の確立を困難にした。さらに、社会福祉は地域社会から独立した施設でのサービスが求められ、多くの福祉施設が設置されるようになった。

その後、ノーマライゼーションの考えが広がり、年齢や障害の有無にかかわらず、あらゆる人が助け合いながら生活や活動する社会が求められ、1990年代からは、地域生活支援への動きが強まっていった。さらに、近年では少子高齢化や多様性の尊重、コミュニティの希薄化といった社会の変化に伴い、福祉施設は地域福祉を担う拠点としての役割がより求められるようになった。当財団はそのようなニーズをとらえ、空き店舗や民家をリフォーム(改修)して高齢者や障害者を支援する施設や医療的ケア児、貧困家庭の子どものための支援施設など、新しい福祉のあり方を社会に提起してきた。

  • 心身の機能に障害があり、呼吸や栄養摂取、排泄などの際に、医療機器やケアを必要とする児童

建築と福祉の関係

ロゴ
日本財団みらいの福祉施設建築プロジェクトのロゴマーク

社会的ニーズに合わせた福祉施設の整備を行う中で、建築デザインが作る空間や環境が施設でのケアに好影響を与えるのではないか―。「建築」と「福祉」は、遠い存在ではなく、密接に関係し、「ケア」と「デザイン」が結び付くことで、福祉サービスを利用する本人やその家族、そこで働くスタッフ、地域の人たちの意識が変わり、地域に集い、繋がる拠点になっていく。すなわち、無機質な建物ではなく、福祉施設が地域に開かれた魅力ある場所として認知され、まち作りの核となっていくことを目指し、当財団はその動きを日本全国に広げるために「日本財団みらいの福祉施設建築プロジェクト」を2021年度に開始した。

「福祉×建築」の募集

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提出された設計デザイン案をテーブルに並べ審査する審査委員(2021年11月)

事業実施団体と設計者の協働による建築デザイン提案を含む建築関連助成事業を支援する同プロジェクトは、地域社会に貢献し、地域社会から愛され、地域福祉の拠点となる社会福祉施設の設置を目指している。
これまでの福祉施設整備と大きく異なるのは、前述した通り“事業実施団体が設計者と協働して事業提案すること”にある。事業実施団体と設計者が、これからの施設のあり方を真剣に考え議論し、一つの提案を形作っていくプロセスにこそ、建築の力が最大に発揮された福祉施設が実現されると信じている。初年度は想定を超える計472事業の申請が寄せられた。審査にあたっては、福祉・建築両分野の専門家により審査委員会を構成、事業内容と建築デザインの両面から評価を行った。その結果、6事業に対し計14億4,800万円の助成を決定。2022年度以降も、継続し募集を行う。

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プレゼンテーション会場に集まった審査委員(2021年12月)
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助成決定した6事業の事業実施団体と設計者、審査委員、当財団会長による記念写真(2022年3月)

建築はこれから。ご期待を!

助成対象となった6事業のうちの1事業「深川えんみち」を紹介する(設計デザイン案「深川えんみち」(PDF / 8MB))。社会福祉法人聖救主福祉会とJAMZA一級建築士事務所により提案された事業である。東京都江東区にある斎場跡地をリノベーションし、高齢者や子どもが一緒になって日中を過ごす福祉施設(高齢者デイサービス、乳幼児子育て支援、学童保育クラブを一体的に行う場所)を作るものである。施設がある江東区では、全国的な少子化の流れに反して子どもの数が増えており、同施設を運営する聖救主福祉会が経営する保育園でも例年定員を超える申し込数となっている。施設は、子どもから高齢者まで、多世代の利用者とそれを支えるスタッフに考慮した設計となっている。利用者に寄り添ったケア、そして地域に密着し地域に開いていこうとする事業内容の両面を評価し、助成を決定した。事業者は、「いろいろな世代の方が混じりあう、新しいモデルとなるような都市型施設を実現したいと思います」と語った。人間関係が希薄になりやすい都心部において、世代を越えた交流を持つ場所として期待される。

(福田 光稀/公益事業部)

本事業における「日本財団という方法」

福祉施設が設計される際、様々な要件を満たすことが必要とされるが、施設で過ごす人や働く人の気持ち、地域性などを考慮した魅力的なデザインになることは少ない。日本の力ある建築家が加われば、福祉施設も親しみやすく、明るい場所となっていくだろう。「福祉」と「建築」を結びつける本プロジェクトは、新しい助成金のあり方を提示したと考えている。

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福田 光稀