医療崩壊に備える臨時病床の確保

備えあれば憂いなし

世界的なパンデミックに発展した新型コロナウイルス感染症は、我が国でも2020年2月のクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号における集団発生を皮切りに、にわかに拡大していった。同年4月1日の厚生労働省発表の感染者数は2,000人を超え、東京都では感染者の爆発的増加と共に医療崩壊の危機が指摘され始めた。日本より早く爆発的な勢いで新型コロナウイルスの感染が拡大した米国では、ニューヨークのセントラルパークが野戦病院化する光景が報道された。
こうした状況を受け、病床不足の解消こそ急務と判断した当財団は、緊急策の第1弾として「船の科学館」(東京都品川区)とつくば市内の土地に計1万床の臨時病床を整備する計画を2020年4月に会見で発表した。
「備えあれば憂いなし」の方針のもと、当初の想定はテント方式で船の科学館に1,000床、つくばに9,000床、運営費はすべて当財団で賄う計画とした。財団内には部署横断のタスクフォースが組まれ、4月中旬には船の科学館の駐車場に大型テント1張り設置、敷地内のパラアリーナにはベッドの設置に着手した。急ピッチで準備は進められたが、詳細な仕様は東京都や厚労省と協議を重ねていく中で変化していった。最終的につくばの計画は中止され、船の科学館のみとなった。病床数は、パラアリーナ内のパーテーションで区切られた100床、駐車場に建設された個室型プレハブハウスの150床で計250床を確保した。医師や看護師の手配と食事の提供など、運用面は東京都が宿泊療養施設の一環として担うこととなった。

日本財団災害危機サポートセンター(ペット同伴者用宿泊療養施設)概要

敷地面積 病床数 設備・用途
日本財団パラアリーナ 2,035㎡(615坪) 100床
10㎡/1床
臨時療養施設。
個室シャワー・トイレは施設外に配備。
  • 現在は運営事務所としてのみ使用
個室型プレハブハウス
14棟
7,369㎡
(2,229坪)
  • 船の科学館駐車場全体
140室150床
20㎡/1室
臨時療養施設。
ワンルームでテレビ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機等も完備。
大型テント 1張り 600㎡
  • テント内部
利用者への物品受渡し、物資の搬入等の作業スペースなど
  • 日本財団災害危機サポートセンターの設備概要(2020年7月)
写真
日本財団災害危機サポートセンター全景(2020年9月)

ペット同伴も可能

施設は、臨時病床以外にも災害時の避難所など多目的に活用できることを踏まえ「日本財団災害危機サポートセンター」と名付けた。個室型プレハブハウスには、家具・家電やインターネット回線を完備し、利用者がストレスなく療養できるよう配慮した個室部屋と、子連れや介護が必要な方を想定したツイン部屋を用意した。2020年7月に竣工し引き渡された施設は、同年10月9日に東京都の宿泊療養施設として開所した。受け入れ対象者は、陽性者のうち入院治療等が不要な軽症・無症状者で、室内飼育が可能なペット(犬・猫・ウサギ・ハムスター)の同伴が許されるなど、他のホテル型療養施設とは異なるユニークな施設であった。
入所者数は、開所から約1年経った2021年10月18日時点で1,122名。市中の感染拡大の波との相関を見せつつも、利用者が思いのほか伸びなかったのにはいくつかの原因がある。都による施設運用では、運営側の仮眠室の確保が必要であり、また患者のプライバシーへの配慮からも、全室を患者用に開放してはいなかった。さらに患者入替時の消毒があるため、空き室の半数(50床)程度が受入上限とされた。看護師による問診体制から見ても、1日に受入可能な患者数にも制約があった。そもそも保健所業務がひっ迫し、患者が施設を選択できるまでの連絡動線が十分でなかった可能性もある。
なお、2020年5月に竣工したパラアリーナの臨時病床については、個室が望ましいとする厚労省のガイドラインもあり病床として一度も使用されることがなかったため、パラリンピックを前に本来の練習場として原状回復した。

お台場宿泊療養施設(災害危機サポートセンター)に係る主な経緯

2020.4.3 緊急記者会見
2020.4.16 着工(アリーナから順次)
2020.5.8 都知事現地視察
2020.5.20 都との間に施設の使用に関する協定書(第1回)締結
2020.7.1 都知事現地視察
2020.7.15 竣工(プレハブまで)
2020.9.16 都との間に施設の使用に関する協定書(第2回)締結
2020.9.18 都との間に使用貸借契約締結
2020.10.9 都による運用開始
2021.2.25 パラアリーナでの選手練習再開について記者会見
2021.4.1 パラアリーナ利用再開 ※完全原状回復は5月以降

医療機能強化への対応と今後

運用上の課題はあったものの、独自に整備した臨時病床への社会の関心は高く、各種メディアからの取材や議員団等による視察もあった。また、富山県など同様の施設整備を検討する他の自治体への情報提供も行った。
2021年8月、重症病床のひっ迫が深刻化した感染拡大の第5波に際しては、酸素投与ができる入院待機センターや野戦病院型病床への期待の高まりを受け、当財団は東京都や医療機関と協議し、2021年9月、施設の一部で医療機能強化に対応した。都により酸素濃縮器や中央管理できるモニターが導入され、重症から中等症や軽症に回復した入院患者を医師の許可のもと施設での受け入れが可能となった。本施設が建築申請時に臨時の医療施設という位置づけであったことも功を奏した。
コロナ禍では医療資機材の不足により調達に支障をきたし、また医療施設の工事においては特別な対策が必要なことから通常より工期も費用もかかることが分かった。また機材や施設が整っても、それに携わる医療人材の確保は必須で、さらに緊急時におけるルールの迅速な変更が伴わないと有効な対策を打てない。今後の感染拡大に備えて、施設の運用面を含めた効果を検証しつつ、必要なタイミングで求められる施策が実行できるよう、自治体等と連携しながら準備を継続することが欠かせない。
(樋口 裕司/災害対策事業部)