高齢者の命を守る無料のPCR検査

介護サービス従事者に無料の検査を

2020年の年末から2021年始めにかけて、新型コロナウイルス感染症の第3波が日本全国で猛威を振るった。感染経路が特定できない症例が多数に上り、急速な感染拡大が進む中、PCR検査体制が圧倒的に不足していた。
新型コロナウイルス感染症は、高齢者が重症化しやすい傾向にあり、高齢者施設等で多数のクラスターが発生するなど高齢者の命が危険にさらされていた。また、当時は個人でPCR検査を受ける体制が整っておらず、こうした中で介護・福祉に従事する者は自身が感染・媒介することへの不安を感じながら仕事をせざるを得ない状況だった。
このような状況を受け、当財団は、高齢者施設・介護サービスの従事者が、定期的かつ高い頻度でPCR検査を受け安心して仕事に従事できれば、高齢者の命も守ることができるとの考えから、無料でのPCR検査の実施を決定した。感染拡大に歯止めをかけるため、なるべく検査のハードルが低くなるよう検体回収も含め全て無料とした。
期待される事業の効果として、検査の実施により陽性者を早期発見し、クラスターの発生数を減少させることで医療のひっ迫を抑えることを挙げた。また、事業を実施していく中で有効性を実証・公表し、国や地方自治体の政策への反映を目指すことも掲げた。

より多く、より広く

2020年の年末から2021年2月にかけ、部署を横断したメンバーの招集と、検査機器の発注や事業計画立案などの準備を整えた。
2021年1月には当財団会長の笹川陽平の記者会見を実施。お台場の船の科学館敷地内に仮設の検査場を設置し、まずは東京都内の高齢者施設等の従事者を対象に同年2月から検査を実施することを報道機関等に発表した。
当初の計画は、1日当たり1万4,000検体を検査、各自治体保健所と連携し検査結果は医師の確定診断を伴う、としたものであった。しかし、東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授より「日本財団がすべきは確定診断を伴わない幅広い層への社会的検査である」との助言を受け、より多くの検査を広く実施できる内容へと計画を軌道修正した。その中で安価にPCR検査を実施し、より多くの人が検査を受けやすい体制を構築していた株式会社木下グループが事業パートナーとなった。お台場の検査場の建設や機材の配備、自動分注機やPCR検査機器の設置も着々と進んでいった。
また客観性を担保するため、技術顧問として東京大学先端科学技術研究センターの田中十志也特任教授に加わってもらった。田中教授は安全かつ効率性の高いPCR法に関して複数の研究実績があり、木下グループと当財団の検査会場設置に当たっては、実地視察をした田中教授の改善アドバイスを反映した。

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船の科学館敷地内のPCR検査ラボ内の様子(2021年6月)
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PCR検査ラボ内を視察する田中特任教授(2021年6月)

最大1日5万件の検査体制

2021年2月24日から高齢者施設・介護サービス従事者等を対象に東京都内での検査が開始され、翌25日にはパラリンピック選手の練習拠点として再開が予定されているお台場のパラアリーナで、本事業の緊急記者発表を行った。また、新聞広告で事業の周知も行い、3月には埼玉、千葉、神奈川の3県で受付を開始した。
検査実施から最初の3カ月は木下グループの持つラボのみで検査が行われていたが、お台場検査場も5月に試験運営を開始、6月に本格稼働することとなった。検査の自動化を図るため自動液体分注機も順次導入し、最終的にお台場に4台、全体で計16台を配備した。これにより木下グループの自社ラボと合わせ、最大1日5万件の検査体制が整った。
また、各自治体の担当部局とは当初より連携関係にあったが、3月には神奈川県、7月には東京都と本事業の推奨および情報提供に関する協定も締結した。

Webページ画面
PCR検査受付のWebページ(2022年3月)

事業開始当初は検査数が伸び悩んだため、検査対象事業所全体にFAXで周知を図り、社会福祉協議会に協力を仰ぐなどした。木下グループも検体の回収拠点を増加させ、回収ドライバーが個別に施設へ赴き検体を回収するフローも開始するなどした。その結果、検査数や参加事業所数は次第に増えていき、検査実施が終了した2022年4月末の合計検査数は約768万回に上り、対象事業所全体の約50%以上がこの検査を利用した。

社会に何を提供できたか

このPCR検査事業の実施で当財団が社会にどの程度貢献できたのかは、現在精査している段階である。
事業の計画段階に定めた、高齢者施設・介護サービス従事者が安心して仕事に従事できること、医療のひっ迫を抑えること、これらの点にどの程度寄与できたか、また課題は何だったのか、現時点ではっきり示すことは難しいが検証していく。協力を頂いた専門家と事業の評価等を進める予定だ。
なお事業の周知と共に行ったアンケートには、感謝の声や、安心して仕事ができているといった喜びの声が多数寄せられている。
我々人類は新型コロナウイルス感染症以前にも様々な感染症と闘い、多くの命を失いながら生き残ってきた。このパンデミックが終わった後も新たなウイルスは現れる。その際、本事業をはじめとしたコロナ対策事業から得た知見を活かし、命を救うことにつながれば幸いだ。これからも日本財団はできることを着実に進めていく。
(和田 悠太郎/災害対策事業部)