日本理解促進プログラムの実践
現代日本を知ってもらう

近年、日本は研究対象国として選ばれなくなっている。その要因には、国としての成長の停滞はもちろん、新興国の台頭もあるだろう。その結果、海外大学における日本研究分野に対する支援が縮小、日本研究者のポストや日本関連の学問を専攻する学生も減少傾向にある。
世界の人々が日本に関心を持ち、日本への深い理解を持つことは、異なる文化や生活習慣・または政治体制であっても相互理解を深めるかけ橋となるはずだ。
当財団は、こうした課題に対し、日本研究者の育成と図書を活用した事業を行っている。
日本研究の大学院生に奨学金2016年度より、グレイトブリテン・ササカワ財団を通じて、英国の大学院で学ぶ修士・博士課程の学生に対し奨学金支援を開始。これまで136名(延べ216名)を支援した。フェローの多くは、現在も研究課程に在籍中であるが、大学講師や研究機関の研究員として活躍する者も増えている。
また、北欧5カ国(ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、アイスランド)においては、2018年度より、スカンジナビア・ニッポンササカワ財団を通じて、大学院生を対象とした訪日研究に係る資金を提供。これまでに8名を支援した。並行して、現地9大学に日本研究の講師ポストを設置し、その後5年間のポスト維持の支援を行っている。両事業共に、奨学生や大学教員、学者を招いた会合を定期的に開催し、関係者間の連携を促進することで日本研究分野の一層の発展を図っている。
上級日本語学習に手厚い支援
日本研究促進の一環として行っているのが、日本研究従事者を対象とした、上級日本語学習への支援だ。
多くの場合、日本研究には高度な日本語能力が必要となることから、言語の壁が日本研究の阻害の一因になっていると考えられる。
このことから、当財団は2012年度より、横浜に拠点を置く、アメリカ・カナダ大学連合日本研究センターの上級日本語学習プログラムで学ぶ学生から毎年20名に対し授業料と国内滞在費を提供している。10カ月間のプログラムを経て、奨学生の日本語能力は、総合面、専門性の両面で高度なレベルに達する。これまで支援した145名の卒業生は、社会科学、人文科学、自然科学など、幅広いテーマで日本研究に従事しており、今後の活躍が期待される。
書籍を通じて日本を伝える
当財団は、日本を世界に発信し、互いの交流を促進するため、「READ JAPAN PROJECT」と総称し、図書寄贈や文芸イベント、翻訳者の育成など、本を活用した多様な事業を行っている。
(1)図書寄贈
日本の本に触れることで、日本について関心を持ち、理解を深めてもらいたい。そんな思いから、当財団は、海外のオピニオン・リーダーや若手研究者らを対象に、2008年から日本に関する図書の寄贈に取り組んでいる。日本の、政治、経済から文学・芸術まで多岐にわたる分野の英語書籍100冊を厳選し、その中から寄贈先の要望に応じた書籍を世界各国の図書館や研究機関に贈っている。2021年4月時点で、138カ国・1,066機関に寄贈を行い、各地の図書館や研究機関で研究者から一般市民まで広く活用されている。

(2)東京国際文芸フェスティバル
日本の文芸の魅力を世界に発信することを目的に、日本発の国際文芸祭である「東京国際文芸フェスティバル」を2013年、2014年および2016年に開催した。各年、数日から10日間にわたり主催イベントを実施したほか、共催イベントや関連イベントにいたっては前後1カ月にわたって実施。国内外から集まった読者、作家、翻訳者らが、朗読会やトークショーをはじめとするイベントを通して語り合った。多くの人が「本」を通じて、日本や外国の文化を体感すると共に、これまで垣根があった日本と海外の出版業界の交流も生まれ、文芸を通じたさらなる対話と日本文芸の海外に向けた発信に踏み出す一歩となった。

(3)翻訳者の育成と翻訳出版の後押し
一国の文化に世界中の人が接することができるようにするためには、言語の問題は避けて通れない。従来から英語に翻訳されている日本の書籍は数が限られているが、その要因の一つが翻訳者の不足である。
この課題に対する取り組みとして、当財団は2009年度から若手日英翻訳家を対象とした育成プログラムを開始。文芸分野では英国のイーストアングリア大学、学術分野ではロンドン大学東洋アフリカ学院を拠点に、良質な翻訳書を世に出すための翻訳ワークショップの実施と翻訳者のネットワーク作りを行った。2017年度の事業終了までに、延べ100名以上の若手翻訳家の育成に加え、ワークショップを通して翻訳した多数の文学作品や学術文献を刊行。日本の文学作品や学術書を継続的に世界に発信するための基盤づくりの一端を担った。
(4)短編小説の翻訳、出版支援
海外の読者が、現代日本文学の最前線で活躍する作家の作品に触れ、今の日本を理解するための取り組みとしては、2010~2017年度にかけて行った短編作品の英語翻訳と出版の支援事業が挙げられる。代表例として、米国の非営利出版社A Public Spaceより文芸誌「Monkey Business」第1号~7号を刊行した。出版後には、国内外で刊行記念イベントも実施し、現代日本文学の広い周知を目指した。また、2014年には、英国の文芸誌「Granta」の日本特集(第127号)や同雑誌の国際版「Granta Japan」の創刊号の出版に協力し、日本と世界の相互理解の促進を図った。
世界の国々や文化の距離は縮まる一方、現代社会には情報や関心の対象があふれている。この時世において、何らかの視点で日本に興味を持ち、考え、発信してくれる人々は貴重な存在だ。より良い世界を目指す国際社会の一員としての日本を、広く深く理解してもらう一助となるような取り組みを続けていく。
(栗林 智子/特定事業部)
本事業を行う中で得た気づき
日本理解や日本研究と一言で表現はできるが、実際は多角的で範疇の広い分野だと感じる。外国の人から見た日本は、日本の私たちにも学びをもたらし、外国に目を向けるきっかけにもなる。つまるところ目指すものは相互理解であることを心に留め、何ができるのか考えていきたい。
