海洋教育を通じて次世代に豊かな海を引き継ぐ

基本理念は「海と人の共生」

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生物の授業でウニを解剖する中学生たち(2017年)

四方を海に囲まれ、海から様々な恩恵を受け、海と深い関わりを持つ我が国では、1950年代中頃まで、中学校の理科の授業において海洋教育に特化した単独の教科書が存在していたほど、海の学びは重要視されていた。やがて高度経済成長と共に、第二次産業を中心とする工業立国のための学校教育が課題となり、その過程において、海に関することは第一次産業に近いものとされたことから、以降、海に関する学びが学校教育の場で少なくなった歴史がある。さらに、レジャーの多様化などによりピーク時に比べると海洋レクリエーション人口は減少傾向にあり、当財団が2017年に行った海に関する意識調査でも、国民の海への関心が低くなっていることが分かった。その一方で、海洋プラスチック問題、乱獲による漁業資源の減少など、人間活動によって海洋は世界的な危機に直面している。

こうした国民の海への理解と関心の低さが課題であると考えた当財団は、「海と人の共生」という基本理念のもと、次世代を担う子どもたちに海洋についての理解を深めてもらうことを目指し、2002年に提出した「21世紀におけるわが国の海洋政策に関する提言」において、海洋教育を学校教育における柱の一つに位置づけるなど、長年その重要性を訴えてきた。そうした働きかけが奏功し2007年に制定された海洋基本法には、基本的施策の一つとして「海洋に関する国民の理解の増進等」が掲げられ、「国は、国民が海洋についての理解と関心を深めることができるよう、学校教育及び社会教育における海洋に関する教育の推進(中略)等のために必要な措置を講ずるものとする。」と定められた。
さらに2013年に策定された第二次海洋基本計画では、「海洋教育の充実及び海洋に関する理解の促進」が理念レベルで位置づけられるようになった。しかし、当時の学習指導要領および教科書には海洋に関する直接的な記述は極めて少なく、学校教育カリキュラムの中に「海洋教育」が明確に位置づけられていたとはいえなかった。これらが要因となり、学校教育関係者は「海洋教育」をどのように実践したらよいのか具体的なイメージが湧かなったのである。

こうした状況を打開するため、当財団の旗振りのもと、2013年に海洋教育推進に関する全体戦略の議論・検討を目的とした有識者会議である「海洋教育戦略会議」を立ち上げ、海洋教育拡充のための具体的な検討を行った。そこでまとめた提言を基に当財団は、財団法人シップ・アンド・オーシャン財団(現・公益財団法人笹川平和財団)や東京大学と共に、海洋教育を実践する小・中・高等学校を支援する「パイオニアスクールプログラム」を2016年に立ち上げた。さらに、教員研修や海洋教育サミットの実施、カリキュラム・教材の作成、お茶の水女子大学や神奈川県三浦市、石川県能登町などの自治体との連携による学校への支援など、様々な事業を立ち上げてきた。このように海洋教育の普及に取り組んできた結果、2021年度までに支援してきた学校は、全国45都道府県で延べ1,000校を超えるまでになった。

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課外授業でシュノーケリング体験をする小学生たち(2017年)
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教員を対象とした干潟でのフィールドワークの様子(2018年)
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沖縄伝統舟艇で航海実習を受ける高校生たち(2017年、沖縄県)
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全国海洋教育サミットの模様(2018年)

同時に、支援の対象を大学教育まで広げることで、初等教育から高等教育までのシームレスな海洋教育の普及を目指した。特に、部局横断的な海洋教育研究を推進させることを提唱し、東京大学との連携で2007年に同大学内に海洋アライアンスを設立した。以降、同アライアンスへの支援を通じて、14年間で約800名の学生に学際的な海洋教育プログラムを提供することができた。さらに、京都大学とは森から里や海への循環に着目する学際的な視点から海洋を捉え、国際的に活躍する人材を育成する「連環学教育プログラム」を2013年に立ち上げた。プログラムが自立運営された2018年までに、約300名の学生が同プログラムを受講している。2大学のプログラムによって輩出された学生たちは卒業後、国連機関、中央省庁、地方自治体や民間企業、研究機関等、幅広いフィールドに進み、本事業で学んだ学際的な海洋に関する知見を活かして国内外で活躍している。

オールジャパンによる推進体制の構築

こうした民間主導の実践の輪が着実に広がりつつある中、海洋に関する施策を集中的かつ総合的に推進する総合海洋政策本部も動き出した。当時、本部長だった安倍総理が発したメッセージにもある「2025年までに、全ての市町村で海洋教育が実践される」ことを目指し、産学官オールジャパンによる海洋教育推進組織「ニッポン学びの海プラットフォーム」が2016年7月に立ち上がった。翌2017年3月に改正された学習指導要領に基づき、小中学校の社会教科書は海洋・海事に関する記載が充実し、学校教育において海洋教育が明確に位置づけられるなど、教育行政機関においても海洋教育を推進する体制が構築されつつある。
これまで当財団は関係省庁、自治体、そして学校と連携し、さらに主導する形で、我が国における海洋教育を推進してきた。当財団としては、引き続き多くの関係者と共に学校教育における海洋教育を普及させていきながら、同時に日本各地の水族館や地域の社会教育施設などと協働し、それぞれの施設や地域で海洋教育を実践してもらうことで、子どもに限らず大人まで含めた多様な人々に海を自分のこととして捉えてもらうため、様々な形で海洋を学ぶ機会を提供していく。さらに、こうした各現場での実践とノウハウを集約し、ネットワークを加速化させるための「海洋教育プラットフォーム(仮)」も立ち上げていく予定だ。
(梅村 岳大/海洋事業部)

本事業・この社会課題への今後の期待

気候変動や海洋ごみなどの問題を通じて、人々の海への関心が高まりつつある中、当財団としては引き続き産学官民の多様なステークホルダーをつなぐハブとなり、海洋教育の普及や体験の機会の提供等を通じて、海が直面する課題だけではなく、海の恩恵や魅力についても伝え、共に行動していく。

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梅村 岳大