「子ども第三の居場所」
困難に直面する子どもが、生き抜く力を育む(1/2)

日本の見えない貧困課題

「7人に1人の子どもが相対的貧困(※1)である」
日本の子どもの貧困率は、OECD加盟国の中で最悪の水準にあり、そのことをより身近に感じる指標であるが、実際は途上国のように見た目で明らかに貧困であることが分かる子どもたちを身近に見かけることはない。衣類はきれいで、スマートフォンを持ち、どの子どもがどのような事情を抱えているかは分からず、この「見えなさ」が貧困の課題認識、そして課題解決の壁となっている。

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「子どもの貧困」の経済的影響推計レポートのメディア向け説明会(2015年12月3日、日本財団ビル)

そこで2015年より、当財団は子どもの貧困課題を可視化するために複数の調査・分析を行った。その中で、貧困世帯の子どもに多い学習の遅れの背景には非認知能力(※2)が関係しており、生活習慣の乱れや体験の機会等が限られていることが分かった。学校・家庭以外で子どもに身近な学童保育では、課題を抱えている子どもに寄り添うだけの職員数や支援の質が十分ではなく、学童保育に通うことで子どもが直面している課題を解決するのは困難である。さらに、子どもの貧困課題解決に関する施策は内閣府・厚労省・文科省と複数の省庁にまたがり、関連予算も十分ではなく、そのことが子どもの貧困問題を抜本的に解決することを困難にしていた。

  • 1. 相対的貧困とは、その国や地域の平均的な水準と比較して、世帯収入が大多数より低い(中央値の半分以下)状態のこと。
  • 2. 学力のようにテストで数値化できる能力とは異なり、自己肯定感、自立心、協調性、共感力など経験を通して養われる能力。

貧困の連鎖を断ち切る居場所を

2016年、当財団は貧困世帯の子どもの社会的相続を補完する居場所づくりを開始した。社会的相続は親から子どもへ伝達される「自立する力」であり、日々の生活習慣や様々な体験機会、親とのコミュニケーションや価値観の伝達等を通して培われ、非認知能力となって子どもに現れる。学校から家に帰るまでの放課後の時間を利用し、食事、学習、生活支援、体験機会を提供し社会的相続を補完する。初期費用および3年間の運営費を当財団が運営団体に助成するが、4年目以降は行政移管することで、各自治体が主体となって居場所づくりを進めていく仕組みだ。
この「子ども第三の居場所」を5年間運営する中で、支援が必要なのは経済的ハンデがある子どもだけではないことが見えてきた。ひとり親世帯や共働きによる孤立等、人に迷惑をかけまいとなんとか踏ん張ろうとする世帯、加えてDV、発達障害・不登校等、彼らが抱えている課題は一つではなく複数の課題が絡み合っていた。安心できる居場所で一時的に子どもの行動や精神状態が落ち着いても、家庭に戻れば状態は不安定になる。居場所という点のみでの支援ではなく、地域全体で子育てをしていく仕組みづくりが求められていた。

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「子どもが頼もしくなって帰ってきた」成長を後押しする合同旅行(2019年7月25日、沖縄県渡嘉敷島)

地域ニーズに対応する3つのモデル

2020年、本事業は大きく舵を切り、地域の実情に合わせ3つのモデルで「子ども第三の居場所」を推進することを決定した。すなわち、より深刻な困難を抱える子どもを支援する「常設ケアモデル」、行政の既存施策である学習支援事業に生活支援や体験活動を加えた「学習・生活支援モデル」、地域との関係づくりを重視した「コミュニティモデル」である。
2022年5月末現在、175拠点(41都道府県)が開所、あるいは開所に向けて準備している。今後、年間100拠点のペースで居場所を増やし2025年までに500拠点を目指す予定だ。500拠点をネットワーク化することで、子ども支援を行う拠点同士の情報共有、学び合いが可能になる。各拠点が地域のハブとなり、誰一人取り残されない地域子育てコミュニティをつくることで、「みんなが、みんなの子どもを育てる」社会を目指している。

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「一緒に楽しむことを大切に」ボランティアが子どもの学習を支援

コロナ禍と居場所の価値

事業の転機となる2020年はコロナ禍に直面していた。約3カ月にわたる一斉休校や図書館・公民館・公共機関の休館等、子どもが居場所を失う中、子ども第三の居場所は運営を続けた。学校給食がなくなることによる栄養不良、生活習慣の乱れ、学習の遅れ、ストレスによるDV等、コロナ禍はぎりぎりで踏ん張っている世帯を直撃し支援ニーズが増大した。子どもへの支援だけでなく保護者への支援も求められ、これまで第三の居場所の職員が築いてきた保護者との信頼関係が力を発揮した。保護者からも「ここがあって本当に助かった、いつも通り仕事に行くことができる」と頼ってもらえ、世帯の課題に寄り添う質の高い居場所がセーフティネットの役割を担っていることが再認識された。

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コロナ禍の中、アクリルガードで感染予防した上で食卓を囲む(2020年)

全国展開に向けてのハードル

質の高い拠点を増やしていく際の課題が運営費である。手弁当、ボランティア頼みの居場所づくりでは質の高い支援は難しく、行政移管する自治体も資金が潤沢とはいえない。そこで当財団は質の高い子どもの居場所づくりを国の法制度に組み込むための政策提言を2019年より本格化した。子ども支援を専門とする有識者との会議や、省庁へのアプローチを通して準備を進め、こども家庭庁創設の動きに合わせ2022年春に提言を発表。世論を喚起し、子どもの居場所づくりをムーブメント化する広報も強化する。同時に、当財団だけで実施できることは限りがあるため、企業や著名人等、業種を超えた連携で子ども支援体制の構築に取り組んでいる。

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企業提供のワークショップで楽しくプログラミングを学ぶ(2021年7月)

地域子育てコミュニティ

2021年からの5年間は当財団だけではなく、増えていく各地の拠点と共に、NPO、自治体、政治家、企業、ボランティアなど、より多くの人を巻き込み事業を展開していくことになる。目指す社会は、誰もが子育てをサポートする地域子育てコミュニティが各地に醸成されること。見えにくい、課題を抱えている子どもたちを地域の方が早期に発見し、地域で彼らをサポートできるコミュニティを作り、負の連鎖を断ち切ることを目指していく。
(飯澤 幸世/経営企画広報部)

本事業における「日本財団という方法」

居場所をつくることで、子どもだけでなく、物が集まり、ボランティアや寄付が集まる。ここをハブとして、物や人、空き家等、地域に埋もれていた様々な存在が資源化されていくのを目の当たりにした。課題解決に取り組む市民活動が活性化するきっかけをつくり、それらを繋ぎ、拡げていく事が日本財団の方法であり、日本財団の支援が終わった後も地域に残り続ける成果だ。

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飯澤 幸世