「THE TOKYO TOILET」
渋谷区内17カ所の公共トイレを刷新する(1/2)

突如現れた「透明トイレ」

2020年夏、「透明な公共トイレ」が東京・渋谷のはるのおがわコミュニティパークと代々木深町小公園に出現した。国内外の多くのメディアやSNSで取り上げられ大きな話題となったこのトイレは、建築家の坂茂氏のデザインによるもの。外からブース内を見えるようにすることで、不審者が潜んでいないか、清潔に保たれているかが一目瞭然で、鍵をかけると壁が不透明になり外から内部が見えない仕掛けになっている。
このユニークなトイレの出現以降、渋谷区内の公共トイレが次々と生まれ変わり、公共トイレの役割や、真の「公共」の意味を社会に問うている。

写真
はるのおがわコミュニティパークトイレでの日々の清掃の様子(2020年8月)

公共トイレは、「暗い・汚い・臭い・怖い(4K)」といったネガティブな言葉で語られがちだ。また、「公共」と言いつつも、社会全体に開かれているとも言い難い。障害者や子ども連れ、異性介助者の同伴など、多様なトイレへのニーズが社会で顕在化している一方、それに寄り添ったトイレは多くない。
当財団は、そのような現状を打破し、性別・年齢・障害を問わず、誰もが快適に使用できる公共トイレを実現すべく、「ソーシャルイノベーションに関する包括連携協定」締結先の渋谷区の協力のもと、同区内の公園・公衆トイレ17カ所を刷新するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」を2018年に立ち上げた。トイレのデザインには、建築家の槇文彦氏、安藤忠雄氏、伊東豊雄氏、世界的デザイナーのマーク・ニューソン氏や片山正通氏といった計16名のクリエイターが参画。大和ハウス工業株式会社が設計施工し、TOTO株式会社が機器やレイアウトを監修している。

多様な機能とデザイン

写真
恵比寿駅西口公衆トイレの介助用ベッドと車いすユーザーの伊吹祐輔さん(2022年1月)

改修後のトイレは、すべての大便器が温水洗浄便座だ。車いすで利用でき、オストメイト(※1)用設備もあり、利用者の性別を問わないユニバーサルトイレも必ず設置している。ユニバーサルトイレの設置について、車いすユーザーの伊吹祐輔さんは、「このプロジェクトのトイレをきっかけに、『なぜユニバーサルトイレが存在するのか』への理解が広まっていってほしいです。車いすユーザーだけでなくて、ジェンダーや内部障害(※2)の関係でユニバーサルトイレを使う人もいます。そういう他者への『ハート』も醸成されてほしいです」とコメントしている。
トイレによっては、珍しい機器も置かれている。例えば、隈研吾氏がデザインした鍋島松濤公園トイレには、着替えの際に使えるフィッティングボードや子ども用の小さな小便器・大便器がある。佐藤可士和氏がデザインした恵比寿駅西口公衆トイレには、大人のオムツ替えもできる介助用ベッドが備え付けられている。

写真
鍋島松濤公園トイレの子ども用小便器。対面に大便器もある(2021年6月、撮影:永禮賢)

トイレの外観も様々である。夜間に周囲が暗くなる西原一丁目公園には、坂倉竹之助氏のデザインによる「行燈」をイメージしたトイレが出現した。クリエイターごとに、トイレごとに、異なる4K解消へのアプローチが展開されている。

写真
夜間に辺りを照らす西原一丁目公園トイレ(2020年8月、撮影:永禮賢)

完成後の清掃にも注力

本プロジェクトでは、完成後の維持管理も重要だと考えており、その体制づくりや清掃方法にも工夫を凝らしている。
当財団、渋谷区、そして渋谷区内の観光資源の発信や活用に取り組む一般財団法人渋谷区観光協会の三者で、本プロジェクトのための「維持管理協定」を締結し、月次協議会を開催。そこでは、清掃員が毎回清掃時に点数形式で記録するトイレの清潔度や、トイレのメンテナンスに詳しい「診断」業者による月次の第三者評価を踏まえて、清掃の回数や時間帯、方法を見直している。
例えば、回数については、他の渋谷区内の公共トイレが基本的に1日1回の清掃であるのに対し、本プロジェクトのトイレは、1日3回清掃を実施。ただし、清潔度が安定しているトイレは1日2回に減らしている。清掃方法も、水を使ってブラシがけをする湿式清掃ではなく、カビの発生や機器や建築素材の劣化を防ぐ乾式清掃を基本としている。
本プロジェクトの清掃員は、神宮前公衆トイレをデザインしたNIGO🄬氏監修によるオリジナルユニフォームを着用しており、利用者からは感謝の言葉を掛けられたり、野菜や飲み物をもらったり、写真撮影をお願いされたりするようになったという。

デザイン以外の発信も

2022年7月末現在、13カ所のトイレが完成しているが、これまでに2,000回以上、メディアで取り上げられている。古く汚いトイレをただ改修するのではなく、優れたデザインの力を用いることで、インクルーシブなトイレ、ひいてはインクルーシブな社会のあり方を世界中に提案・発信することができたと言えよう。
今後はトイレのデザインだけでなく、維持管理や利用状況についても積極的に発信していきたい。残念なことに、完成後のトイレでは、落書きや設備破壊が起きており、それを防ぐ取り組みや利用者の意識への働きかけが必要だと考えている。また、本当に性別・年齢・障害を問わず、誰もが本プロジェクトのトイレを快適に利用できているのかも調査する予定だ。
(前田 佳菜絵/経営企画広報部)

  • 1:様々な病気や事故等により、お腹に「ストーマ(人工肛門・人工膀胱)」という排泄口を造設した人のこと。ストーマ装具(袋)を貼って、そこに排泄物を溜める。(参考:厚生労働省HP(外部リンク)
  • 2:体の内部に障害があること。心臓機能障害、腎臓機能障害、膀胱・直腸機能障害、小腸機能障害等がある。(参考:東京都福祉保健局HP(外部リンク)

本事業を行う中で得た気づき

「官民連携を体験したい、推進したい」という理由で当財団に入会したが、本プロジェクトを通して、官民連携と言っても何かシステマチックなものがあるわけではなく、日々の地道なコミュニケーション・事務作業の積み重ねであることを身をもって知った。このような大規模かつ複雑なプロジェクトに携われたことは、確実に今後の糧になると思う。

写真
前田 佳菜絵