「思い」を未来の笑顔につなげる遺贈寄付

相談窓口設置、1年で200件

遺贈とは、遺言書で財産を法定相続人以外の第三者に贈与することである。東日本大震災以降、世間で寄付への関心が高まったが、同様に、人生の結びに自分の財産を社会貢献のために遺す遺贈についても人々の関心が高まった。
背景には、高齢者の社会貢献意識の高まり、核家族化により遺産を遺す先の多様化、相続にまつわる遺産分割協議での相続争いなどがあった。一方で配偶者も子どももなく財産を引き継ぐ人がいないという事情から、遺産の使い道を考える際に社会貢献活動に遺贈を選択する人が増えた。2017年度の日本財団の調査では、60歳以上の5人に一人が遺贈に関心があるということが分かった。

当財団でも、2011年2月に匿名の故人(女性)から「海外の恵まれない子どもたちのために使ってほしい」と書かれた遺言書を、遺言執行人を通じて初めて受けた。この遺贈の通知を契機として、2012年10月に遺贈相談窓口を経営支援グループファンドレイジングチーム内に設置した。これが遺贈寄付対応の始まりであった。設置1年目には、200件に上る電話相談が寄せられた。当時、すでに終活に対する関心が高まっていたこともあり、終活相談や相続人のいない人の財産の行き先といった相談が多かった。そこで、当財団では、終活の一環として、また相続にまつわるトラブル防止のためにも、遺言書で社会貢献のための寄付、つまり遺贈の意思を明確にしておくことを呼びかけた。当財団でも遺贈の受け入れは寄付文化の醸成にとつながるとし、2016年4月に「日本財団遺贈寄付サポートセンター」をドネーション本部ファンドレイジングチーム内に設置した。

写真
日本財団への遺贈をしたためた遺言書

寄付者の希望にかなう事業の実施

日本財団遺贈寄付サポートセンターのミッションは、人生の集大成に遺言書で自分の「思い」を未来に託し社会貢献を図るという遺贈寄付の普及である。そのミッションを果たすために実施する業務は、①遺贈に関する問合せ対応、②寄付先の提案、③日本財団へ遺贈を希望する方の遺言書作成サポート、④日本財団への遺贈寄付、相続財産からの寄付の受け入れ、⑤寄付金の事業実施報告である。

遺贈は、遺贈寄付者の「思い」を遺言書の付言事項に記すことで、自分の寄付を希望の社会貢献のために遺すことができる。当財団の特長は、遺贈寄付者それぞれの「思い」を実現するために、遺贈の寄付金を一括して管理するのではなく、個別に管理し遺贈寄付者の希望がかなう事業実施をすることとした点にある。個別に管理することで、寄付金に名前を付ける冠基金も作ることができる。冠基金で実施した事業には、君和田桂子基金によるホームホスピス支援事業や、山田郷子基金によるカンボジアの屋外体育館設置事業などがある。カンボジアに建てられた体育館には、実際に「Supported by Ms. Yamada」と記したプレートが付けられ、子どもたちにこの大きなプレゼントが遠く海を越えた遺贈寄付によるものであることを伝えている。

写真
遺言書作成サポート配布資料
写真
遺贈寄付で建設されたカンボジアの屋外体育館

遺言書の預かり件数も増加

発足当時は、一般に遺贈に関してどこに相談すればいいのか分かり難い状況であったため、日本財団遺贈寄付サポートセンターでは、相談対応をメインの業務として行った。2016年から毎年継続して実施した新聞や雑誌による広告や2021年度のTVCMにより、問合せ者は着実に増加した。またそれに応じて遺言書の預かり件数も徐々に増加していく傾向を示した。(図表1)
なお、遺言書作成には、相談者によっては早くても3カ月から2年近く要することもあり、相談員は長期間にわたる相談者対応に努めている。

【図表1】問合せ件数、遺言書預かり件数の推移

年度 2015年度以前 2016年度 2017年度 2018年度 2019年度 2020年度 2021年度
問合せ件数 356件 1,442件 832件 1,652件 1,863件 1,890件 2,675件
遺言書
預かり件数
10件 16件 27件 34件 21件 34件 47件

次に、寄付金受入件数と金額を示す。遺贈寄付(=遺言執行による寄付)と、相続財産から相続税申告期限(相続開始後10カ月)以内に相続人から受ける寄付に区分し、いずれも遺贈基金で受け入れた。(図表2)

【図表2】寄付金受入件数と寄付金額の推移

年度 遺贈寄付入金実績 相続寄付金実績 遺贈基金合計
2015年度まで 3件:¥247,029,582 1件:¥30,000,000 4件:¥277,029,582
2016年度 2件:¥44,576,287 2件:¥1,500,000 4件:¥46,076,287
2017年度 4件:¥214,604,497 6件:¥28,000,000 10件:¥242,604,497
2018年度 4件:¥95,722,105 4件:¥12,000,000 8件:¥107,722,105
2019年度 5件:¥429,138,080 4件:¥27,800,000 9件:¥456,938,080
2020年度 3件:¥116,912,482 4件:¥37,500,000 7件:¥154,412,482

受け入れた寄付金は理事会で事業決定し、遺言執行者に対して事業決定の通知を行い、年度ごとの活動報告書で事業実施内容について報告を行った。これら寄付金活用に係る報告が相談者に届けられた。

十人十色の思い

ここで、遺贈寄付を希望した方々を紹介したい。
S氏は、子どもの奨学金事業に財産を遺したい、と希望された。S氏は1歳の時に、父親を事故で亡くし母親が女手一つで育てた。S氏は数学が得意だったが、貧しい境遇で大学進学などとても言い出せないと思っていたところ、恩師から奨学金を受けることを勧められた。めでたく奨学生に選ばれ、大学院まで進むことができた。好きな数学を勉強できるのはこの上なく幸せだった。卒業後、公立高校の数学教師を定年まで務め、定年後は非常勤講師として70歳近くまで教壇に立った。これまでの人生を振り返った時、貧しい境遇でも教育の機会が得られれば人は幸せになれる、とS氏は確信した。子どものいないS氏は、将来を担う子どもたちが教育の機会を奪われることのないように進学支援に自分の財産を使って欲しい、と当財団に遺言書を託した。

写真
奨学金を手にした学生たち

K氏は、亡き母親の介護に携わった介護ヘルパーの献身的な看護の姿に心を打たれ、介護ヘルパーの育成や在宅ホスピスの支援などに財産を活用してほしいと希望された。独身で子どものいないK氏は、病魔に侵され余命わずかの中、財産を遺すところを探していた。弟はいるが豊かに過ごしているので遺す必要もないと思っていたところ、当財団の存在を知り相談員と面会した。相談員の「人生最後のお買い物で社会貢献ができる」という言葉に、「これなら自分の財産が無駄にはならない」と遺言書をしたためた。
相談者の相談内容は、十人十色である。その方々の「思い」をしっかりと受け止め、未来の笑顔につなげる。これが遺贈寄付サポートセンターの使命であることを、当財団はいつも心に留めている。

相談者から遺贈の話を通じて、様々な人生の在り方を知った。遺贈は、その方の生きた証を遺すことでもある。人生をかけて築き上げた財産は尊く、その財産に託された「思い」を受け継ぐ遺贈寄付の受け入れは、大きな責任を伴う。相談者の志をしっかりと受け止め、遺贈寄付の文化が根付くよう努めるのは、当財団に課せられた大切な役割でもある。

(木下 園子/ドネーション事業部)