補記
九州南西海域における北朝鮮工作船事件から21年

九州南西地域工作船事件

我が国と地理的に近接している朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)は、これまで、様々な工作活動を行ってきたと考えられるが、中でも我が国の安全に甚大な脅威を与えたのが、2001年に発生した九州南西地域工作船事件である。
同年12月、我が国の排他的経済水域内である九州南西海域において北朝鮮の不審船が出没。海上保安庁の巡視船・航空機による度重なる停船命令を無視し逃走を続けたため、射撃警告および威嚇射撃を行った。それでもなお不審船は逃走を続け、さらに巡視船に向け自動小銃やロケットランチャーで攻撃してきたため、海上保安庁法に基づき不審船に向け射撃を実施。不審船との間で交戦を繰り広げたが、その後、不審船は自爆し沈没した。この事件で、乗船していた海上保安官3名が負傷した。

この事件は、周辺国からの強い脅威に常にさらされている現実を、四方を海に囲まれた我が国に突きつけ、日本の周辺海域における海の治安確保が急務であることが明らかになった。
工作船が沈没している海域は、我が国が中国の排他的経済水域として扱っている海域であったため、中国政府と調整しながら、2002年に海上保安庁によって引き揚げられた。工作船は、鹿児島港に運ばれ第十管区海上保安本部により詳細な調査が行われ、船内から子船、多量の武器と通信機類などが見つかり、重武装した北朝鮮工作船の実態が明らかになった。

工作船の一般公開

こうした中で当財団は、日本を取り巻く海の現状を多くの国民に理解してもらいたいとの願いから、調査後にスクラップにされる予定だった工作船を、船の科学館で一般公開することを海上保安庁に提案。その結果、2003年5月、捜査が完了し証拠品から解除された同船は、当財団から海上保安協会への助成による全額費用負担により、検証現場となった鹿児島港から東京お台場の船の科学館へ移送し、2003年5月から半年限定で一般に無料公開されることとなった。会場には修学旅行や総合学習を兼ねた小学生から高校生まで、連日多くの見学者が訪れたため、会期を4カ月半延期。開催期間中の2004年2月までに延べ162万人が会場を訪れた。この展示を通じ、日本を取り巻く海の現状と海上警備・治安の重要性が国民に広く知れわたり、我が国の海上保安装備の重要性が国民に共有されることとなった。

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お台場に到着した北朝鮮工作船
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雨のなか展示会場を訪れた見学者
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工作船内部から発見された武器類

工作船の長期保存と公開

さらに、この事件を風化させないよう長期の保存、展示を求める声が多く寄せられた。海上保安庁は、船の科学館や全国の保安部署で開催された写真展に募金箱を設置し、また個人や企業からも寄付を募った結果、1億500万円もの寄付が寄せられた。それら寄付金を足掛かりに、海上保安庁は横浜の防災基地敷地内に長期保存可能な展示場の建設を決定した。同展示場は「海上保安資料館横浜館」として2004年に開館、工作船も移設され長期展示されることになった。同館での展示は好評を博し、国内外から毎年約20万人が来館するなど現在でも当時の状況をそのまま伝えている。
また、コロナ禍等で資料館を訪問することができない場合でも、資料館での見学と同じ体験ができるオンライン展示が可能となり、デジタルミュージアム化に向けた以下のコンテンツ制作(日本語・英語)を当財団が支援した。同デジタルミュージアムは、2021年12月に以下のような展示内容で一般公開を開始した。

  1. 工作船事件の紹介
  2. 海上保安資料館横浜館および海上保安資料館(広島県呉市)に保存・展示している北朝鮮工作船や工作船事件に対応した巡視船の紹介(ヴァーチャル3D動画)
  3. 北朝鮮工作船に搭載されていた武器類や水中スクータなど回収物等の紹介
  4. 当時の記録映像を交えた海上保安庁の法執行活動の紹介

当財団としては、海上保安庁と協働しながら世界海上保安機関長官級会合を開催し、地域や国を超え、力を結集し取り組む枠組みを作りあげるなど、法の支配に基づく海洋秩序の維持のため様々な取り組みを拡充してきた。引き続き、国内外の各関係機関と協力しながら、海洋における法の支配に基づく海洋秩序の確保を目指していく。
(梅村 岳大/海洋事業部)