犯罪被害者の子どもたちの学びをサポート~日本財団「よりそい奨学金」とは?

日本財団では犯罪被害に遭われた方の子どもを対象に、返済不要の給付型奨学金「よりそい奨学金」を給付しています。2017年の給付開始以降、同奨学金の給付を受けた奨学生は約630人。奨学金は具体的にどのように役立てられているのでしょうか。同奨学金事業を担当する日本財団の馬場真弓シニアオフィサーに事業の概要や利用者からの反応、事業にかける想いなどを聞きました。

写真:イメージ(勉強している学生たちの様子)

成績不問で返済不要。進路の選択肢を広げる「よりそい奨学金」

日本財団「よりそい奨学金」は、保護者が交通事故や傷害、殺人などの犯罪に遭遇したことが原因で経済的に不安定になってしまった家庭の子どもを対象に、日本財団が奨学金の給付を行う制度です。申請に必要な資格は以下の通りで、学業成績に条件がなく(※)、他の奨学金制度との併用が禁止されないなど、広く利用しやすい制度となっています。

  • 勉強したいという意欲があれば成績は問いませんが、受給期間中は定期的に進級・卒業の意志を確認します。

【申請資格】

  • 保護者などが、犯罪に遭遇し、学資の支弁(支払い)が困難になった家庭の子どもであること
    (特殊詐偽などの経済犯罪については対象外)
  • 高校、特別支援学校高等部、専修学校(専門課程・高等課程)、高等専門学校、短大、大学、大学院に在学しているか進学を予定していること
  • 原則として世帯年収が1,000万円を超えていないこと

給付金額は在学する学校の種類に応じて定められており、奨学生と認定された月から卒業までの毎月、奨学生本人名義の口座に振り込まれます。全額が給付で、返済は必要ありません。

【給付金額】

大学院 月額5万円
大学・短大・高等専門学校4年以上・専修学校(専門課程) 月額3万円
高校・高等専門学校3年以下・専修学校(高等課程)・特別支援学校高等部 国立または公立 月額1.3万円、私立 月額2.5万円

2017年の給付開始からこれまでに630人以上が本奨学金を利用、2024年現在、高校1年生から大学院生まで約300人が本奨学金の給付を受けながら学んでいます。本奨学金制度を担当する馬場によると、「『〇〇学部で学びたい』『将来は〇〇になりたい』など、明確な目標を持って進学を希望する方が多い印象があります。例えば、家族が交通事故に遭って体に後遺症が遺ってしまったのを機に、介護の資格が取れる学校への進学を目指すようになったという方もいらっしゃいました」とのこと。「犯罪被害を機に経済状況が不安定になった家庭では学資への不安から子どもの進学をあきらめるケースも珍しくありません。この奨学金を一人でも多くの犯罪被害者の子どもたちに知ってもらい、前に進む原動力にしてほしいと願っています」。

被害者の子ども支援は、周囲の大人の認知と理解が不可欠

では、どうすれば該当する子どもたちに「よりそい奨学金」の存在を知ってもらえるのでしょうか?
現在日本財団では主に警察や被害者支援団体を対象に情報発信をしていますが、最近は子どもたち自らがインターネット検索で本奨学金のことを知り、問い合わせしてくることも珍しくありません。
「誰にでも、犯罪の被害者になる可能性はあります。万が一自分が当事者になったときに、この奨学金の存在を思い出してもらえるよう、今まで以上に広く情報発信していくことも重要だと考えています」と馬場。確かに、一人でも奨学金制度を知る人が増えれば、その分、子どもたちに情報が届く可能性も高くなるはずです。

もっとも、子どもだけの力で申請から給付までの手続きを行うことは困難です。仮に子ども本人が自らホームページ等で問い合わせをしてきた場合も、申請に必要な書類(犯罪被害状況照会票、所得証明書など)を用意するには、どうしても周囲の大人の協力が必要になるからです。

「犯罪被害者の子どもたちは社会から孤立しがちであり、疎外感を抱きながら生活しているケースも少なくありません。本奨学金を通じて、子どもたちに周囲とのかかわりを取り戻してほしいという願いもあります」と馬場。
ただし、「よりそい奨学金」は周囲の大人ではなく、あくまでも子ども本人の意志に基づいて給付されます。「学校で学びたいこと、将来の夢や目標について」の記述箇所がある申請書は、子ども本人の直筆で作成してもらいます。審査中は保護者だけでなく本人にもヒアリングが行われることがあり、給付金は本人名義の口座に振り込まれます。申請書の記述やヒアリングは、まごころ奨学金の趣旨を本人に理解してもらい、就学の意志を確かめることを目的とし、本人口座への振り込みは給付金が家族などによって他の用途に使われることを防ぐためです。

「次は私が誰かを助ける存在になりたい」

一方、実際に給付金の支給が始まると、特に相談等がない限りは、日本財団から奨学生への接触は最小限にとどめられます。奨学生の多くは学業やアルバイトなどで余裕のない生活を送っていることもあり、財団に頻繁に連絡をしてくることはありません。

「とはいえ、在学中の奨学生からまったく連絡がないわけではなく、『大学院に進学したい』、『1年間休学したい』等の相談が寄せられることはあります。その際にはできる限り親身に対応し、奨学金の継続や給付一時停止などの手続きを案内するなど、子どもたちが安心して学業を続けられるようにしっかりサポートしています」と馬場。在学中は特に連絡がなかった奨学生から、卒業時に進路の報告とともに「おかげさまで、無事に卒業できました。今まで本当にありがとうございました」というメッセージが届くこともあるそうです。

「中でも特に嬉しかったのは、ある奨学生が卒業時に寄せてくれた『これまで、よりそい奨学金などを通じて本当にたくさんの方々に助けてもらったので、次は私が誰かを助ける存在になりたい』というメッセージ。誰もがいつ、どこで犯罪被害者になってもおかしくない時代だからこそ、犯罪被害者への支援は社会全体で行うべきことだと思っています。助けられる人・助ける人の立場を固定することなく、時と場合に応じて余裕のある人が困っている人を助ける、そんな助け合いの在り方が当たり前になったら、素敵ですよね」。

「みんなが、みんなを支える社会」を目指して

「よりそい奨学金」がスタートして、今年で8期目。これまで特に大きなトラブルもなく、安定して運営されていますが、馬場は「現在の制度が完成形ではなく、時代に合わせて常に制度の在り方を見直し、進化させていかなければならない」と考えています。「家族の在り方自体がこれまでにないほど複雑化しており、例えば誰が生計を担うのか、学費を出すべき立場の人は誰なのかがわかりづらいケースも。各家庭の事情や時代の変化に合わせて柔軟に対応できる制度に進化させていくことも、目下の課題の一つです」。

このように精力的に事業に取り組む馬場ですが、その原動力は「みんながみんなを支える社会を作りたい」という願いです。
「犯罪被害による心の傷を癒すことは容易ではありませんが、子どもたちの『学びたい』という気持ちに奨学金を通じて寄り添うことで犯罪被害者への支援拡充、ひいては『みんながみんなを支える社会』の実現を図っていきたいと考えています。奨学金制度継続のために、皆さまの温かいご支援を、どうぞよろしくお願いいたします」。