被災地に「想いを寄せる人」を増やしたい~ 能登半島地震被災地で活動するアスリートが見据える未来とは?

取材対象者:
小塚 崇彦さん(フィギュアスケート)
杉山 美紗さん(アーティスティックスイミング)
トップアスリートが競技の枠を越えて社会課題の解決に挑む取り組み「HEROs(ヒーローズ)」。今回は能登半島地震の被災地で復興支援活動を続ける小塚崇彦さん(フィギュアスケート)と杉山美紗さん(アーティスティックスイミング)のお二人に、被災地での経験や支援活動にかける想いについてお話を伺いました。
「自分にもできること」は、意外とたくさんある!
―まずは、HEROsに参画したきっかけや理由を教えてください。
杉山美紗さん(以下、杉山):私は2022年に、『シルク・ドゥ・ソレイユ』での7年間の活動を終えて日本に帰国、「これから何をしようかな」というタイミングで、たまたまHEROsのアワード(ロールモデルとなる社会貢献活動を表彰するHEROsの年に1度の式典)に参加する機会を得ました。そこでアスリートの皆さんの素晴らしい活動を知って感動したのと同時に、社会課題の深刻さを改めて認識し、「何をしようかって迷っている場合じゃない。まずはできることから始めよう」という想いでHEROsに参画しました。最初は「自分にできることなんてあるのかな」という不安もあったのですが、実際に動いてみると意外と自分にもできることはたくさんあって、一つずつ、取り組んでいるところです。

小塚崇彦さん(以下、小塚):私も最初は知人に誘われてアワードに参加したのを機に、HEROsに参画しました。具体的な活動を始めたのは2024年から。実は、杉山さんのインスタグラムの投稿を見たのがきっかけでした。
ちょうど能登半島地震から2~3カ月後くらいだったかな、杉山さんが能登の被災地で泥だらけになりながら重機を操縦して復興作業を頑張っている投稿を見たんです。以前から、私は知的障害がある方々のスポーツ大会「スペシャルオリンピックス日本」のドリームサポーターとして「芸術花火」という花火大会の運営に携わるなど、体力を必要とするボランティア活動を続けてきたので、杉山さんの活動を見て「これなら、自分にもできる。ぜひ、やらせてほしい」と思いました。すぐに杉山さんに連絡して日本財団の担当者を紹介してもらい、6月には「日本財団HEROs 重機講習会」で重機オペレーターの資格を取得。10月に初めて能登の被災地に向かいました。

HEROsの講習で、「重機オペレーター」の資格を取得
―お二人とも、HEROsの活動を機に重機オペレーターの資格を取得されたのですね。
杉山:そうです。被災地で作業していると、重機のパワーのすごさを肌で実感するんですよ。たとえば土砂の撤去にしても、私一人の力では一度に運べる量はわずかですが、重機を使うと、大げさでなく10人分20人分の働きができます。その様子を目の当たりにして、重機オペレーターの資格を取ろうと決意しました。私はまだまだ操縦が上手くないので思うように活用できていませんが、重機が操縦できる人が増えれば、被災地での作業効率は格段にUPすると思います。

小塚:本当にそうですね。私も能登の被災地で重機の操縦が上手な方が土砂やがれきをあっという間に片づけて「道」を作るのを目の当たりにして感動しました。道ができれば人の行き来や物資の運搬がスムーズになりますから、被災者の皆さんの生活再建が一気に加速します。私も重機を使いこなして被災地に「道」を作れるようになるのが、目下の目標なのですが、重機の操縦は思った以上に難しくて、まだ思うようにスムーズな操縦はできていません。ただ、私たちアスリートは「練習」は得意ですから(笑)、これからコツコツと現場経験を積んで腕を磨いていきたいですね。
被災地の皆さんの笑顔が活動の原動力に
―能登半島地震の被災地で支援活動を継続されています。特に印象に残っているエピソードをお聞かせください。
杉山:どれも忘れ難い経験ばかりで選ぶのが難しいのですが、しいて一つ挙げるとすれば2024年7月に七尾市立能登島小学校の新プール完成式典で、仲間と一緒にアーティスティックスイミングの演技を披露したことです。もともと、能登島小学校のプールは新設工事中に震災に遭い、大幅に工事が遅れていました。当時、能登島小学校は体育館も被災して使えなくなっていましたので、子どもたちには体を思う存分に動かせる場所がない状況が続いていたんです。だからこそ、子どもたちは新プールの完成をすごく楽しみにしていました。私は2024年3月に初めて能登島を訪れたときに、この話を聞いて、「子どもたちと一緒に新プールの完成をお祝いしよう!」と決意。すぐに仲間に呼びかけて4カ月間、無我夢中で準備を続けました。地元の皆さんの協力もあって、式典は期待以上の盛り上がりに。7月の式典では子どもたちの笑顔と歓声に包まれながら、無事に計4つのパフォーマンスを披露し、完成を皆で一緒に祝うことができました。

小塚:皆さんをスポーツの力で笑顔にできるのは、私たちアスリートならではの「支援」の一つですね。私にも、能登の被災地で出会ったある高齢女性の笑顔に、勇気づけられた思い出があります。その女性と出会ったのは、2024年10月に被災地支援で初めて輪島市に入ったときのこと。すでに重機免許を取得した後だったので私自身は重機を使った作業をする気満々だったのですが、当時の輪島市は9月に起きた水害で町中が大量の流木や瓦礫でおおわれており、とても重機が使える状況ではありませんでした。あまりの惨状に驚きながらも、何かできることはないかと思い、実際にHEROs災害支援チームのアスリートと地元の体育学生数百人と一緒に土砂撤去に入りました。現場で数班に分かれて土砂の撤去をしていたところ、ラグビー元日本代表キャプテンの大西将太郎さんが入った現場にその女性がおり、「フィギュアスケートの小塚君が来たよ~!」と私を紹介してくれたのです。話を聞いてみると、女性は長年のフィギュアスケートファンだとのこと。「まさか、小塚くんが来てくれるなんて!」と感激してくださって、私もすごく嬉しかったですね。ひとしきりおしゃべりした後で、その女性のご自宅で泥のかき出し作業をお手伝いすることに。泥に埋まった家財道具の中から、大事にしていたというフィギュアの雑誌や写真集が出てきたときの、女性の嬉しそうな笑顔が忘れられません。先日、能登に入ったときに久しぶりにその女性に会いに行ったら、もう本当に足がもつれるぐらいの勢いで駆け寄ってきてくれて「また来てくれて、嬉しい」と言ってくれました私が前回「アオサ海苔が好き」と言ったのを覚えておいてくれて、土産にアオサ海苔を持たせてくれたんです。帰宅してから、おにぎりにして食べたら最高に美味しかったですね(笑)。

関係人口=被災地に思いを寄せてくれる人を増やしたい
杉山:わあ、それは嬉しいですね。何度も通っているうちにお互いが顔見知りになって、少しずつ信頼関係が築けると、すごく励みになりますよね。
小塚:そうですよね。私も先ほどのフィギュアスケートファンの女性に「実は能登を離れようか迷っていたのだけど、小塚君たちが頑張って手伝ってくれるから、私もここで暮らし続けることを決めたよ」っておっしゃってくださったのが、本当に嬉しくて今も活動を続ける上での大きな励みとなっています。
杉山:素敵ですね。先日訪れた能登の町野町(まちのまち)の方々もおっしゃっていたのですが、能登の皆さんにとって心の支えになっているのは能登に想いを寄せてくれる方々の存在です。実際に現地で支援活動をする・しないに関わらず、まずは被災地に関心を持ってもらうことが、被災地支援の第一歩なのではないでしょうか。

小塚:その意味で、私たちアスリートはもっと積極的に被災地の様子を発信していかないといけないですね。ちょうど私が杉山さんの投稿を見て行動を起こしたように、私たちの発信を見て「自分にも何かできるかもしれない」と思ってもらうことができたら最高ですね。
アスリートならではの粘り強さと前向きなマインドで、新たな挑戦を次々と
―HEROsの活動を通じてアスリート同士で交流することもあるのですか?また、今後HEROsの一員として取り組んでみたいことはありますか?
小塚:支援先の現場やHEROsの講習やイベントなど、アスリートの皆さんと交流する機会は多いですね。競技の枠を越えて、どんどん交流の輪が広がっています。競技が違うと発想や思考回路が微妙に異なるのでハッとさせられることも多く、話していてとても刺激になります。相談したり・されたりしているうちに、アイデアが膨らんでいくのも楽しいですね。HEROsの仲間と一緒なら、能登での復興支援活動はもちろん、他の社会課題への解決にも向けたアクションも積極的に起こせそうな気がします。直近では2025年3月の大地震で甚大な被害を受けたミャンマーの皆さんのためにも、何かできることはないか考えているところです。
杉山:私も同じです。アスリートには小塚さんをはじめ、行動力のある方が多いんですよね。皆さんの「まずはやってみる」という姿勢を間近に見ているうちに、私も「できるかな?」と迷うのではなく、まずは小さくてもいいので行動を起こしてみようと発想を切り替えられるようになりました。HEROsの活動を始めて3年が経ち、最近では「できること」だけでなく「挑戦したいこと」も出てきています。今、計画しているのは、2025年3月に営業を全面再開した能登水族館で元マーメイドジャパン(アーティスティックスイミング日本代表)の仲間と一緒にマーメイドショーを披露すること。実現に向けて今、着々と準備を進めているので、決まり次第、ご報告します。他にもアスリートの皆さんをお招きしてのイベントやアーティストの皆さんとのコラボなど挑戦したいことがたくさん。能登の皆さんの笑顔のために、一つずつ着実に進めていきたいと思っています。

小塚:マーメイドショー、楽しみですね。能登の皆さんもきっと喜ばれるのではないでしょうか。私たちアスリートは誰しも、日々の練習やトレーニングを積み重ねて力をつけてきた経験があるので、ちょっとやそっとのことではあきらめない粘り強さを持っています。これからもアスリートならではの粘り強さと前向きなマインドをフルに生かして被災地の支援、そして社会課題の解決に取り組んでいきたいと考えています。皆さん、引き続きHEROsへのご支援をよろしくお願いいたします。