コロナで広がった34万人の「きこえない」の声が、社会を変える

写真:全日本ろうあ連盟理事 倉野直紀さん。画像下側にメッセージ「きこえない人・児へのご支援に感謝いたします。」

もしも、まったく言葉のわからない異国の地で災害に遭ったら──。あなたなら、どうするでしょうか?テレビのニュース速報も何を話しているか、わからない。誰かに状況を聞こうにも、話が通じない。周囲の慌ただしい様子にいたずらに掻き立てられる不安。

これと同じ状況が、2020年春の新型コロナウイルス流行時、耳が“きこえない”人たちに起こっていました。連日のように行われていた知事や市長の記者会見も、手話通訳や字幕がないために、わからない。用事のために外に出ても、マスクをしているために相手の唇が読めない。

全国34万人を超える聴覚障害者(H28年度 厚生省「生活のしづらさに関する調査」)のみなさんは不安な日々を過ごしていました。

そんななか、全日本ろうあ連盟は、コロナ禍におけるきこえない人の不安や不便を解消するため、新型コロナウイルス危機管理対策本部を開設。日本財団のサポートの下、「生活」「医療」「教育」「法律」「地域」の支援に乗り出します。

全日本ろうあ連盟 理事 倉野直紀さんから、全国のきこえないみなさんを代表して、寄付者のみなさんへ。「ありがとう」のメッセージをいただきました。

緊急事態で浮き彫りになる「きこえない」のバリア

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東京都・新宿にある全日本ろうあ連盟の本部事務所

「きこえない人による、きこえない人のための団体」という趣旨で、1947年に設立された全日本ろうあ連盟。今回お話を伺った理事の倉野さんにも聴覚障害があります。

きこえない人の「情報を知る権利を保障する」ために行政への働きかけをしたり、デフリンピック(きこえない人のためのオリンピック)へ参加するアスリートの支援をしたり。さまざまな活動の中で、全日本ろうあ連盟が注力している取り組みの1つが「災害支援」です。

「きっかけは2011年の東日本大震災です。震災による障害者の死亡率は、住民全体の死亡率の2倍と言われています。亡くなられた障害者の中の障害種別を見ると、最も死亡率が高かったのが視覚障害者。2番目がきこえない人でした。

これには大きな衝撃を受けました。私たちはきこえないだけであって、身体は動くし、走って逃げることもできるんです。

では、なぜ2番目に死亡率が高かったのか。避難に必要な津波警報などの情報がこえなかったことが大きいわけです」(倉野さん)

聞こえることを前提にした社会。それゆえにきこえる人ときこえない人の間には壁ができ、その壁は緊急事態時には生死さえも分けるものになるのです。

そして、最初に新型コロナウイルスの感染拡大が起こった2020年の春。このときも伝わるべき情報がきこえない人に届かないということが頻発していました。

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手話で取材に応じてくださった理事の倉野さん

「緊急事態宣言が発令される前後では、知事や市長が連日のように記者会見をしていましたよね。でもそこに手話通訳や字幕がついていないケースも多かった。それでは私たちには伝わらないんです。

前例のない事態が起きて、社会がこれからどう変わっていくのかわからない。そんなときに情報が入ってこないという不安。それは東日本大震災の頃から変わっていません。

コロナを患うと保健所から電話がかかってきて、自宅待機やホテル療養などの指示がされますが、きこえない私たちはどうすればよいのでしょう。

対面でコミュニケーションをとるにも、相手がマスクをしていると、唇が読めないし、表情もわかりにくい。

私たちは手話言語と口の動きと表情などから総合的に相手の話を理解します。そのため、マスクをしながらのコミュニケーションはとても不安に感じるものなのです」(倉野さん)

また、コロナ禍で多くの人が助けられたICTツールについても、きこえないみなさんにとっては不便に感じることがたくさんあったそうです。

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手話で取材に応じてくださった理事の倉野さん

「テレワークをするにも、ビデオ会議の音声がきこえない。ちょっとした疑問があったときも、会社や学校ならば隣の人に『ちょっと教えて』とヘルプを求めることもできますが、私たちは音声でのコミュニケーションが難しいので会議から遮断されてしまうのです。

手話通訳の方にビデオ会議に入っていただくにしても、話者の映像が小さくて手話が見にくいなど、細かいところで不便に感じることがたくさんあります」(倉野さん)

新型コロナウイルス危機管理対策本部の開設

写真:日本聴力障害新聞の紙面
全日本ろうあ連盟では対策本部を開設して、コロナ禍での支援を実施

2020年4月7日、政府から緊急事態宣言が発令されると、その翌日に全日本ろうあ連盟は新型コロナウイルス危機管理対策本部を開設します。

対策本部の支援チームは「生活」「医療」「教育」「法律」「地域」の5つ。コロナ以前から日本財団が全日本ろうあ連盟を支援しており、新型コロナウイルス危機管理対策においても同じくサポートが決定されました。

生活支援チームや法律支援チームではビデオ会議ツールを利用したオンライン相談を実施。世の中の相談窓口は電話による相談が一般的です。しかし、きこえない人は電話で相談をすることができません。

今回は生活上の相談窓口に加えて、法律相談の窓口も開設しました。法律相談の窓口は同じくきこえない2名の弁護士さんが手話言語や文字で対応。自営業の方向けに助成金申請や、コロナによる風評被害など、さまざまな事案に対応します。

医療支援チームでは、コロナ感染の疑いがある際の保健所等からの連絡。これが通常は電話での対応になっていたのをFAXやメールでのやりとりができるように行政に要望。病院への手話通訳者の同行を認めてもらえるように医師会に働きかけも行いました。

地域支援チームでは、各省庁から発表されている助成金の情報をわかりやすくまとめたサイトをつくったり、地域の加盟団体がオンラインで情報交換をして、助け合える場づくりも。

そして、教育支援チームでは、緊急事態宣言下のステイホーム中に自宅できこえない子どもたちが学べるコンテンツをつくろうと、手話言語や字幕で楽しめるオリジナルの動画を制作してYouTubeで配信。これには子どもたちから多くの喜びの声が寄せられました。

コロナで少しずつ社会に広がりはじめた聴覚障害への理解

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手話で取材に応じてくださった理事の倉野さん

全日本ろうあ連盟による働きかけ。そして、全国のきこえないみなさんの声。それにより、コロナ禍が浮き彫りにした「きこえないこと」のバリアは、少しずつ社会に認知されていると、倉野さんは語ります。

「コロナがきっかけできこえない人への社会の意識が少しだけ、変わったと感じます。たとえば、マスクがあるときこえない人は困るという話は、コロナ以前はみなさん、わからなかったことですよね。

それがコロナ禍でニュースに取り上げられるようになり、きこえない人にとって顔の表情や口の形がすごく大切なものなのだと知られるようになった。

私たちの働きかけがきっかけになり、全国47都道府県の知事や市長の記者会見にも手話通訳がつくようになりました。手話言語が少しずつですが、世間の『当たり前』に近づいています。

この『当たり前』が、コロナが収束した後もずっと継続して欲しいと思います」(倉野さん)

全日本ろうあ連盟では、「当たり前」に手話言語が使える社会を目指して、日本財団と共に、長らく手話言語法の制定に尽力しています。

手話言語を音声言語と対等な言語に。小さなものから大きなものまで、届くべき情報がきちんときこえないみなさんに届くように。そして、きこえる人ときこえない人の間の壁が取り払われるように──。

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手話で取材に応じてくださった理事の倉野さん

「全日本ろうあ連盟は、きこえない者がきこえない仲間を支援していきたいという考えではじまった団体です。しかし、今日本には障害の当事者団体への政府からの助成やサポートはないんです。

障害当事者自身が自立して、自分たちができることはやっていく。その取り組みを日本財団へ寄付いただいたみなさんのおかげで進められるのは、とてもうれしいことです。ありがとうございます」(倉野さん)

一般財団法人 全日本ろうあ連盟

全国47都道府県に傘下団体を擁する全国唯一のろう者の当事者団体。ろう者の人権を尊重し文化水準の向上を図り、その福祉を増進するため、「手話通訳の認知・手話通訳事業の制度化」「聴覚障害を理由とする差別的な処遇の撤廃」「聴覚障害者の社会参加と自立の推進」などの取り組みを推進する。