「いのちの電話」は“不要不急”?全国6000人の相談員にコロナ禍でも安心・安全な環境を

写真:日本いのちの電話連盟理事 末松渉さん。画像下側にメッセージ「生きる力生きる喜び大切さをお支え頂きありがとうございます。日本いのちの電話連盟理事 末松渉」の文字

新型コロナウイルスの感染拡大がはじまった2020年の自殺者数は前年比912人(約4.5%増)と、2009年以来11年ぶりの増加。この増加はコロナ禍における生活環境の変化が一因であると言われています。

にもかかわらず、自殺予防のための相談を受け付ける「いのちの電話」では43都道府県に開設された50センターのうち13センターがコロナ禍によって一時的に活動の休止、自粛を余儀なくされていました。

3密を避けるために全国約6,000人の相談員の数を減らしたり、相談員を育成する研修を減らしたり──。センターの1つである「東京いのちの電話」では、相談員の数が6割ほどに減ったそうです。

「本当に去年は悩みましたよ。『“不要不急”の活動はやめてください』と言われ、確かに自分たちが好きでやっていることですが、でもやっぱり大事なことをしているのではないかという葛藤もあって。相談員からもさまざまな意見があがりました」(日本いのちの電話連盟 理事 末松渉さん)

そんななか、日本財団は日本いのちの電話連盟に対して、新型コロナ対策のための支援を実施。各センターに届いた支援はコロナ禍での相談事業の継続に寄与することになりました。

日本いのちの電話連盟の理事、末松渉さんから全国の相談員のみなさんを代表して、ありがとうのメッセージをいただきました。

50年間、いのちに寄り添ってきた「いのちの電話」

ドイツ人宣教師のルツ・ヘットカンプ氏がイギリスで行われていた自殺予防のための電話相談を参考にして、1971年に東京で電話相談をはじめたことに端を発する「いのちの電話」。

「東京いのちの電話」からはじまり、在日外国人に向けた「東京英語いのちの電話」、「関西いのちの電話」と、相談の拠点になるセンターは徐々に増え続け、1977年には各センターの運営を支援する日本いのちの電話連盟が発足。そして約50年の間に50センターまで広がります。

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末松さんのご自宅におかれていた、いのちの電話の2020年度の活動報告

「電話相談が基本ですが、今ではセンターによってはインターネットでチャット相談を受け付けるところもあります。

私たち『いのちの電話』は死にたいと思うぐらいのつらい想いをしてらっしゃる方から相談がくる場所です。どうしても上手くいかない、援助も受けられない。命を絶つしかないという選択に至るまでに、人はさまざまなことを考えます。

そんなときに人と話すと少しだけ気持ちが落ち着くこともあるでしょう。少し回りが見えるようになったり、気持ちが軽くなることもある。それが、私たちが提供していることなのだと思います」(末松さん)

「いのちの電話」にかかってくる相談は、明確に自殺を示唆する内容のものから願望をほのめかすものまでさまざま。そしてその他の相談もさまざまな困難や危機によって将来的に命を絶つ選択につながってしまう可能性のあるもの。「いのちの電話」では身近な存在として話を聞くことで、自殺を「予防」することに重きを置いています。

相談室の3密で活動継続が困難に

相談者の悩みに常に寄り添うことができるように、「いのちの電話」は24時間体制。相談員は無償のボランティアスタッフで構成されています。

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日本いのちの電話連盟 理事 末松渉さん

「シフト制で、1回の活動がおよそ3時間半から4時間程度。また、長く相談員をしていると『慣れ』がでてきてしまうこともありますから月2回の研修は欠かさず実施するようにしています。

最初は一生懸命、相手をわかろうとしていても、慣れてしまうと『こんなものかな』と対応してしまうこともある。でも、電話をかけてくる方にとっては“初めて”なわけですから、それはあってはならないわけです」(末松さん)

各センターの全国約6,000人の相談員と事務局員、そして研修をはじめとする運営のサポートをする日本のいのちの電話連盟の協力によって、なんとか維持されていた「いのちの電話」。

しかし、2020年にはじまった新型コロナウイルスの感染拡大は、「いのちの電話」の運営体制に少なからぬ影響を与えます。

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日本いのちの電話連盟 理事 末松渉さん

「各センターの相談室は20〜30平米ほどのスペースに電話を2〜3台並べているようなところが多いです。換気設備が整っていない、狭いところで活動が行われていることがほとんどなのです。

職場からいらっしゃる相談員の方もいれば、家庭からいらっしゃる方もいる。医療従事者もいれば、高齢の方もいたりと、みなさんそれぞれの事情を抱えてらっしゃるわけですから、安全な環境を提供できない緊急事態宣言下では、できる人でやるしかありませんでした。

『東京いのちの電話』は274人の相談員がいますが、コロナ禍で活動できたのはその6〜7割。それに伴い、対応した相談件数も減ってしまっていました(前年比22.5%減)。他のセンターでは一時24時間体制の活動を断念したところもあります。

また、これまで月2回行っていた研修も密になってしまいますから、実施することが難しくなっていました」(末松さん)

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末松さんのご自宅の本棚

コロナ禍の生活環境の変化によって、悩み苦しんでいる人がいる。にもかかわらず、受け皿となるはずの「いのちの電話」もまた、従来通りの活動が困難になっていたのです。

そんな状況を受けて、日本財団は「日本いのちの電話連盟」を通じて50センターの支援を決定します。各センターには250万円程度の寄付金が届き、相談員、事務局員のみなさんが安全に活動をできる環境づくりに利用されました。

「寄付金の使いみちは各センターにお任せしていたのですが、共通していたのは相談室の環境です。狭いスペースにもかかわらず、エアコンが古かったり、空気清浄機がなかったり、コロナ禍で安心・安全とは言い切れない環境でしたので、そちらの改善に利用するセンターが多かったようです。

また、いろいろな場所を借りて実施していた研修も、オンラインで実施できるように環境を整備しました。コロナでなかなか研修ができなかった部分があったのですが、おかげさまでそれも解消しました」(末松さん)

コロナ禍で関心を集める「いのちの電話」

徐々に通常の運営体制を取り戻しつつあるという「いのちの電話」。一方で、相談員は無償のボランティアで、運営費も各センターで賄っていることから、コロナ以前から一部のセンターは厳しい状況が続いており、それは今でも変わりません。

しかし、コロナ禍で「いのちの電話」に世間の関心が向いたことで、相談員の応募者数は一気に増加したと言います。

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日本いのちの電話連盟 理事 末松渉さん

「今まで活動を続けてこられたのは無償で協力してくださるボランティアの相談員のみなさんのおかげです。これまで相談員の応募者は年々減少傾向にあって、最近では年間で30〜40人の応募があれば良い方でした。2020年はさらに減ると思ったのですが、120名もの方から応募いただきました。

話をできる相手がいる。ぬくもりを感じられる。そういった社会のニーズを感じたみなさんが応募してくださったのだと思います。それは私たちの活動の大きな力になりました」(末松さん)

新型コロナウイルスの感染拡大の影響に限らず、生きづらさを感じる人が増えている印象のある昨今。これからの時代、「いのちの電話」が社会で果たす役割はますます重要になっていくことでしょう。

末松さんは「いのちの電話」の活動のこれまでについて次のように語ります。

「50年の活動を振り返ってみると、私たちは特別なことをしていたわけではありません。本当に困ったときに誰かがいてくれてよかったという体験、ありますよね。その体験こそ大切なんだということを活動を通じて体現してきただけなのです。

だから、目立った活動ではない。でも、空気や水のように人が生きていく上で大きな力になり得るのではないかと思うのです」