熱海土石流 ― 数千人の「助けたい」の想いをつむいで現場とつなげる。ボランティアの裏側

写真:熱海の土石流被災地を歩くボランティアの様子。画像左下にメッセージ「被災された方が、地球が、少しずつでも前に進みますように。ご支援、お気持ち、本当にありがとうございます。OPENJAPAN下田菜ほ」の文字

2021年7月3日、梅雨前線による大雨に伴い、静岡県熱海市伊豆山の逢初川で土石流が発生しました。大量の泥水が街を飲み込んだ結果、死者26名、行方不明者1名(2021年10月20日現在)、半壊もしくは全壊した家屋は100棟以上。多くの犠牲者を生んだ災害の爪痕はまだ完全に癒えてはいません。

今回の災害では、発生当初に住民が撮影した映像がSNSやマスメディアを通じて拡散したことにより、県内外から多くの物資やボランティアの希望者が集まりました。しかし、「助けたい」という周囲の想いも、適切な場所に適切なタイミングで届かなければ、逆に被災者や地元支援者の負担になってしまいかねません。

災害緊急支援を行う一般社団法人OPEN JAPANは災害発生の翌日から現地入り。地元自治体と連携をしながらボランティアセンターを立ち上げ、綿密な調査と関係者との相談の下、支援活動及びそのコーディネーションを行いました。

皆さんから日本財団にいただいた寄付金の一部も今回のOPEN JAPANの活動の支援に使われています。ご自身もOPEN JAPANの一員として熱海の被災地で支援活動に尽力されていた下田菜ほさんから「ありがとう」のメッセージをいただきました。

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熱海で支援活動をする下田菜ほさん(写真右)

「現場付近立ち入り禁止」「コロナ禍」の中でのボランティアコディネーション

東日本大震災のときに現地で活動するボランティアの映像を観て、興味を持ったという下田さん。当時、看護師1年目でボランティアに参加することができなかったため「いつかは自分も」という思いを抱いたそうです。

その後、徐々に災害ボランティアの活動を本格化させていき、2015年に鬼怒川の水害の支援ボランティアでOPEN JAPANに出会います。それ以来、OPEN JAPANとしてボランティアに参加することが多くなったそうです。

2021年3月末に病院を退職した下田さんは、空いた時間でOPEN JAPANの活動を手伝っていました。そしてその矢先。2021年7月3日、熱海で土石流災害が起こったのです。

「災害緊急支援を行うOPEN JAPANでは発生直後から現地に入れるように、天気予報をこまめにチェックしています。熱海で土石流が起こる前も、何か災害が起きたら動けるように、スタッフは心の準備をしていました。」

実際に、発生した翌日の7月4日にはスタッフが熱海入り。地元の関係各所と連携しながら、早急にボランティアセンターの立ち上げを準備しました。下田さんも7月7日には到着して、ボランティアセンターの運営のお手伝いをはじめたそうです。

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OPEN JAPANの一員として災害ボランティアセンターの会議に出席する下田さん

「まだその時点で20名以上の方が行方不明で、自衛隊の方が捜索活動をされていたり、まだライフラインが復旧していない地域があったり、災害直後のシビアな状況でした。

今回は少し特殊で、伊豆山という地域の局地的な災害だったため、捜索地域と災害の被害に合っている場所がまったく一緒だったんです。そのため、現場付近は立ち入り禁止。現場に入って泥出しの作業をするということもしばらくできませんでした。

他の災害現場であれば、ボランティアセンターを立ち上げ後、すぐにボランティアの受け入れ準備をして、作業の案内をしてという動きをするのが通常です。

しかし、今回は現場付近の立ち入り禁止が続いているために、実際にボランティアが活動できるのがいつになるかわからない状況でした。」

また、今回もう1つ特殊だったのがコロナ禍での災害だったことです。「現場付近の立ち入り禁止」「コロナ禍」、この2つの要因が重なって災害ボランティアセンターの運営は難しい状況だったと言います。

「捜索があるので現場に入れないし、コロナ禍なので他県からボランティアの皆さんを受け入れることにもリスクがあります。

そこでOPEN JAPANとして、熱海と近隣地域の人の力で災害を乗り越えていく、そのサポートに徹しよう、という方針を固めました。熱海はもともと地元のつながりが強い地域です。

どこの被災地でも同様ですが、最終的にその地域が復興していくためには、地元の人たちが立ち上がって、上手く動けることが理想的だと考えたのです」

そして、災害ボランティアセンターは静岡県東部と熱海市内でボランティアスタッフを募集します。結果的に熱海市在住者だけでもボランティアスタッフの事前登録は870名。静岡県東部でも約2000名が事前登録しました。

そして7月21日、ようやく事前登録したボランティアスタッフによる活動が開始したのです。

住民の声を聞きながら、ボランティアスタッフとの橋渡し

数千人のボランティアスタッフが事前登録しているとはいえ、全員が一度に作業をすることはできません。

1日に作業をできる人数はせいぜい20名~30名程度。下田さんをはじめとするOPEN JAPANのスタッフは現地のニーズ調査を行いながら、適材適所でボランティアスタッフを受け入れ、各活動を割り振っていきます。

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被災者の一時帰宅に付き添う下田さん

「最初に入ることができた地区では、地下に泥が溜まっているお宅があり、被災された方だけで作業をするのは大変な状況でした。地域をまわり、被災された方へ直接『お手伝いしましょうか?』とお声がけしました。

長く立ち入り禁止になっていたため、その間にすでに自分たちで作業をはじめてらっしゃるご家庭もあれば、まだまだ人手を求めているご家庭もあったりと状況はさまざまです。その中で各ご家庭にあった対応策をご提案して、ボランティアスタッフの皆さんをご案内していました。また、立ち入り禁止が解除になった時に被災された方から出てくるお声を見越して、避難所へお話しを伺いに行ったりもしました」

今回の災害緊急支援活動のなかで下田さんが印象に残っているエピソードがあります。被害の大きかった伊豆山浜地区で、家屋の解体に伴う貴重品の取り出しに立ち会ったときのことです。

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貴重品取り出し作業の様子。作業は外部NPO、地元建築業協会の方、地元や近隣の消防士の方、地元の大工の方と連携して行われました。

「1階が潰れ、2階部分だけがかろうじて残っているような家屋が2軒ありました。危険なので、早期に解体することになったのですが、そこには家主の方にとって大切なものがまだ残されていたんです。ワンちゃんの遺骨だったり、おじいちゃんの形見の品だったり。

1軒からはほぼ貴重品を取り出すことができたのですが、もう1軒からはそれができずに解体することになってしまいました。

解体した後、それでもあきらめることができずに、2軒のご家族の方、NPO、みんなで瓦礫の中を探しました。結局見つからなかったのですが、両家のご家族が寄り添い合いながら探されている姿が印象的でした」

立ち入り禁止になっている家屋からの貴重品の取り出しは危険を伴い、重機の使用など特殊な技術を必要とします。

下田さん個人の力だけでは住民の方の想いを叶えることができないものの、連携するNPOを含めたみんなの力があれば、「貴重品を取り出せるかもしれません」と住民の方に伝えることができる。

下田さんは住民の方に少しでも希望があることを伝えられるのがうれしく、またそれを伝えることを可能にしてくれた支援者や支援団体とのつながりの重要性を感じ、また感謝したくなったそうです。

復興に求められる「地元の力」

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被災地の様子

2021年10月現在、災害発生から3カ月たった今も一部の地域は規制線が引かれ住民の出入りができません。OPEN JAPANは現在も市と連携しながら仮設住宅から規制線の外への引っ越しの段取りの手伝い作業などをしていますが、それらの業務もひと段落しはじめたそうです。

熱海市の災害ボランティアセンターは復興ボランティアセンターへと名称が変わりました。同センターを含めた地元の力で復興を目指して動いていく。その様子を見届けて、OPEN JAPANは熱海での役割を終えようとしています。

下田さんはこの3カ月で改めて「地元の力」の大切さを感じたそうです。

「被災地の復興のためには、地元の人の力がいかに大切で尊いものかを実感しました。ご家族を亡くされて心配になるくらい暗い表情をされている方や夜も眠れなくて倒れてしまう方もいらっしゃいます。また規制線が引かれた地域にお住まいで何年後に帰れるかもわからないという方もいます。

そういったさまざまな問題がある中で、これからもずっとその方たちに寄り添って見守っていくのは地元の方にしかできないことです。

これは他の被災地で、被害状況が違っていたとしても同じです。災害による心の傷はこちらで推し量れるものではないですし、復興したと思える瞬間も人それぞれなのだと思います。

復興は本当に時間がかかる話で、だからこそやっぱり地元の力は大切だな、と思うんです」

最後に、下田さんから寄付をいただいた皆さんにメッセージをいただきました。

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今回の取材は熱海滞在中の下田さんとオンラインで行いました。

「今回、日本財団さんを経由してご支援をいただいたのは『コーディネーション』ということで、何か“もの”を届けているわけではなく、わかりにくいかもしれません。

ただ、皆さんからご支援いただいたことで、私たちは長期的に活動ができています。その中で被災者の方々からお話を聞いて、熱海が前に進んでいくためにはどうしたらいいかを考え、そこにつながるサポートを行動に移すことができました。

すべての方を笑顔にするには至ってないかもしれません。でも深刻な顔をしてらっしゃった被災者の方の表情が少しずつ明るくなり、避難所で笑顔でお話いただいたことがありました。

これは支援をいただいた皆さんのおかげだと思っています。本当に感謝しております。ご支援やお気持ちをありがとうございました」