“きっかけ”の本が女川町の子どもたちと地域の10年後をつくる
日本財団は、アート企業カイカイキキが東日本大震災の復興支援のために開催したチャリティーオークションの売上金をもとに、New Day基金を設立。「東北から新しい日本をはじめる」をコンセプトに、支援事業を行いました。
東日本大震災でも被害の大きかった宮城県牡鹿郡女川町の道の駅「シーバルピア女川」にあるブックカフェもそのひとつ。なぜブックカフェがつくられたのか。運営を行う特定非営利活動法人Local Life Designの厨勝義さんにお話を伺いました。
かつての被災地につくられた、無料のブックカフェ
宮城県の三陸地方南部に位置する女川町。東日本大震災ではこの海沿いの町を津波が襲い、約9割の家屋が被害を受けました。そんな女川町には、さまざまな小売店や飲食店が並ぶ商業施設「シーバルピア女川」が建設され、今では道の駅として町内外の人々の集いの場になっています。
シーバルピア女川の海沿いの入り口をしばらく女川駅方面に進むとガラス越しに見えてくる本棚。覗いてみると、最新のビジネス書や専門書、なかには漫画なども置かれた幅広いジャンルの選書がされています。近くにはお会計をするレジもなければ店員もいません。この本棚、実は「まなびの図書館」としてNew Day基金の支援を受けてつくられた、無料のブックカフェなのです。
子どもたちの可能性の土台になる「学習習慣」
東日本大震災以前は東京で翻訳業を営んでいたという厨さん。女川に関わることになった最初のきっかけは災害ボランティアでした。
「2011年の東日本大震災の後にボランティアとして三陸にやってきて。当時はここら辺一帯水に流されてしまっていましたから。ペットボトルの水を2トン車からひたすら荷降ろししたり、瓦礫の撤去をしたり、さまざまなお手伝いをさせていただきました。
ただ、最初は人助けがきっかけではあったんですが、その後は居付いてしまったという感覚ですね。楽しいという気持ちがここにいる理由の半分以上。ご飯も美味しいし、水も良い。のんびりしているし、QOLが高いんですよね。それで石鹸の販売を始めて──」(厨さん)
災害ボランティアへの参加をきっかけに南三陸町に移住をした厨さんは、女川に仮設商店街が出来たという話を聞き、女川に居を移します。その過程が厨さんにとっては大変なことがありながらもわくわくするもので、楽しかったそうです。
ただ、厨さんが女川で暮らすなかで新たに課題に感じることもでてきました。それは、子どもたちのこと。
「女川の大学進学率は2割を下回っているんです。全国平均は5割を越えていることを考えると、これはとても低い数字です。これは私の個人的な意見なのですが、大学進学に限らず、一度外に出たほうが、可能性が広がると思うんです。
専門学校や大学には地域を超えてさまざまな場所から人が集まりますし、そこで多様なものに触れることができる。コミュニケーションの幅も(例えば地場産品などの)商品開発のアイディアも広がります。これから地域を担っていく人材は、やっぱり多様な価値観と向き合っていけることが必要だと思うんです」(厨さん)
学ぶことで子どもたちに自身の可能性を広げて欲しい。そんな想いを形にしようとしたのが、今回のブックカフェでした。
「高校から先のことを考えると、自分で学ぶ習慣を身につける必要があります。家に本があるかないかで、学習習慣の定着率が変わるという話があります。ただ、他人の家に本を置きにいくことはできないですよね。だったら子どもたちが必然的に触れてしまう場所にあればいいと思ったんです。
通りすがりに、パッと本のタイトルが目に入って、何気なくその本を手にとる。そこから本の世界にはまっていってくれればと」(厨さん)
子どもたちのために思いついたアイディア。でも、ブックカフェの利用を子どもたちだけに制限はしていません。そこには「大人を見て子どもたちに感じて欲しい」という厨さんの狙いがあります。
「(同じくシーバルピアに入居している)NPO法人カタリバが運営する女川向学館にも書棚を置いて選書した本を置かせてもらっています。でもなんでそれだけではなく、ひと目につくところでブックカフェをやろうと思ったかというと、本を読んでる大人を見てほしかったんです。『勉強しなさい』と言ったところで、子どもは聞くものではありません。でも大人が勉強していれば子どもも勉強するようになる。そういうものですよね」(厨さん)
きっかけになったあの本を読んだのは、ブックカフェだった
東日本大震災から12年。仮設商店街からひたすら復興のために進んできた女川も、もう次のステージに進もうとしているのかもしれません。厨さんは最近、若い世代の地域の担い手が育ってきていることを感じるそうです。
「先日陸前高田に行ってきたのですが、そこで企業のスポンサーなども募りながら椿を植える活動をしている大学4年生に出会いました。東日本大震災のときにはまだ小学生か中学1年生かというくらいですよね。とうとうそういう子が出てきたな、と。
今ブックカフェを利用している子が10年後に『あっ、きっかけになったあの本を読んだの、ブックカフェだったな』なんてことが起きたら良いですよね」(厨さん)