写真展『ハンセン病を考えることは、人間を考えること。』

日本財団のフォトグラファー・富永夏子が撮影した世界中のハンセン病にまつわる写真を活用して、周知啓発のための写真展を各地で開催しています。
写真展を通じて、この病気を取り巻く偏見や差別の実態を理解し、深く考えるきっかけとなれば幸いです。

これまでの主な実績(日本財団ブログ)

2017年4~5月(柴又帝釈天)外部サイト

2017年1月(早稲田大学大隈講堂)外部サイト

2016年2~3月(大阪、福岡、岐阜)外部サイト

2016年1~2月(丸の内オアゾ)外部サイト

2015年1月(丸の内オアゾ)外部サイト

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この島から出ることが許されないとしたら、あなたはどうしますか? (国立ハンセン病療養所 大島青松園、香川県)
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水道も電気もない砂漠に建てられた家。ここで暮らしていくことができますか? (ハンセン病コミュニティーの移転先、チャド)
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この橋を渡る時が、家族との永遠の別れだとしたら、あなたは何を思いますか? (嘆きの橋、コロンビア)
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壁で社会と隔たれた施設で、60年以上も住み続ける辛さを想像できますか? (アムレイヤ・ハンセン病療養所、エジプト)

「業病」「天刑病」

社会からの断絶、家族との別離、不当な解雇、教育機会の剥奪—。
ハンセン病という病気にかかったというだけで、言われのない差別に苦しむ人が世界にはたくさんいます。

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―物乞いで生きる― ハンセン病というだけで仕事に就く機会を奪われます(インド 2014年撮影)
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―社会との断絶― ハンセン病というだけで施設の中だけで一生を過ごす人がいます(エジプト 2010年撮影)
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―全てを失う― ハンセン病というだけで家族も職も奪われることがあります(インド 2014年撮影)

社会からの隔離、偏見と差別

特効薬ができる以前は、ハンセン病患者の多くに後遺症が残りました。病気により変形した顔や手足を見た人々は感染することを恐れ、神の罰、遺伝病などと信じ、ハンセン病患者を社会から閉ざされた場所へ隔離しました。このような隔離施設は現在でも世界各地に存在します。
現代では薬を服用すれば完治します。差別される理由はどこにもないはずですが、人の心に染み付いたイメージというものは簡単には拭い去ることはできないようです。ハンセン病回復者というだけで解雇や離婚が法的に認められる国もあります。また、親がハンセン病回復者であるという理由だけで教育が受けられない子どもがいるのです。

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塀に囲まれた施設の中で何十年も住み続ける(エジプト 2010年撮影)
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重い義足と松葉杖を使い、なんとか歩けるという女性(ベトナム 2007年撮影)
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プライベートな空間は病院のベッドただひとつ(モロッコ 2014年)
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動物は差別をしない。祈りを捧げる手に猫がすり寄ってきた(エチオピア 2013年撮影)
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自分がハンセン病を患ったというだけで、何者かに息子が焼かれたという男性(インド 2010年撮影)
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初めての訪問者に対しても、優しく手を包み込もうとする女性(ウズベキスタン 2013年撮影)
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「私たちの宝物はこれ」と、昔の写真を手にする夫(ロシア 2012年撮影)
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「子どもと孫には自分と同じ苦しみをして欲しくない」と語る回復者の女性(ネパール 2014年撮影)
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左:後遺症で感覚がなくなった足を汚れた水と石で洗い、傷がないかを確認する(ネパール 2007年撮影) 右:針金を伸ばす作業をする女性。たとえ手が不自由でも仕事はある(インド 2008年撮影)
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看護師になったのは「母親がハンセン病を患ったから」という息子(ブラジル 2006年撮影)
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凛とした眼差し。まるで信仰が彼の苦労をぬぐい去ったかのよう(コンゴ民主共和国 2008年撮影)
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同じ病気を患った2人は初めて会った時から見えない糸でつながっているようだった(フィリピン 2006年撮影)

ハンセン病と生きて

ハンセン病と共に生きる人々の声を聞いてください。

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ヴァガヴァタリ・ナルサッパ氏(インド・ハンセン病回復者協会会長、ダライ・ラマ14世と) 「物乞いもしたことがあります。でも、我々が立ち上がらなければ社会は変わらないと思い、今では活動家として生きています」
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左:ビルケ・ニガトゥ氏(エチオピア・全国ハンセン病回復者協会前会長)「6歳で発症しましたが、母親が周りからの差別を恐れて病院に連れて行ってくれませんでした。自ら家族と離れるしか治療を受ける方法がなかったのです」 右:ランバライ・シャー氏(インド・ハンセン病回復者協会理事)「10歳で発病し、家族から見放されました。物乞いをしながら生きていたのですが、毎日死ぬことばかりを考えていました」
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ナイマ・アゾウジ氏(モロッコ・ハンセン病回復者組織会長)「夢も希望もないまま、この病院のベッドで10年間過ごしました。でも、外の世界に出ることの方がもっと恐かったのです」
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左:上野正子氏(国立ハンセン病療養所・星塚敬愛園、鹿児島県)「60年以上も偽名のままで生活してきました。辛かったです。いまだに家族に迷惑がかかるから、父母のお墓参りもできていないのですよ」 右:山本隆久氏(国立ハンセン病療養所・大島青松園、香川県)「毎日が絶望の日々でした。生きるべきか死ぬべきか…。将来の希望がないのに生きていくっていうのは、本当に辛かったですね」
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左:藤田三四郎氏(国立ハンセン病療養所・栗生楽泉園、群馬県)「生きるも死ぬも全て神の御心にある。そう思えるようになったら、恨みも辛みもなくなりました」 右:平沢保治氏(国立ハンセン病療養所・多磨全生園、東京都)「病気になって本当に辛い思いをしましたよ。でも、苦しみが人をより強いものにします。自分の経験を生かして、子どもたちのいじめと自殺をなくして行きたいです」

展示用写真パネルの貸し出しについて

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北海道幕別町図書館での写真展の様子(2016年)

ご希望の方に展示用の写真パネルを貸し出しています。これまで、中学校や図書館、公民館などにパネルを貸し出し、写真展示をしていただきました。人権教育や啓発活動など、様々な場面でご利用ください。
内容、枚数、サイズなど、どうぞお気軽にご相談ください。

お問い合わせ

日本財団 コミュニケーション部
住所:〒107-8404 東京都港区赤坂1-2-2 日本財団ビル6F
電話:03-6229-5131
メールアドレス:pr@ps.nippon-foundation.or.jp

ハンセン病支援活動リポート

特集「ハンセン病の制圧に向けて」

日本財団の支援プロジェクト「ハンセン病〜病気と差別をなくすために〜」