舶用水素4ストロークエンジンと水素エンジン対応大型内航タンカーの開発・実証

プロジェクト概要

燃焼時にCO2を排出しない水素を燃料とした内航船舶用『水素専焼4ストローク※1高速発電エンジン』及び『水素エンジン対応のハイブリッド電気推進船※2』を開発します。また、安全面を重視した水素取扱いのマニュアル作成と共に、舶用水素エンジン発電機の運用・運航に向けた乗組員と陸上支援職員への教育訓練を行います。2026年の実証運航に向けては、水素エンジン対応のハイブリッド電気推進5,000KL型内航タンカー(全長100m以上)を新たに設計・建造し、その甲板上に水素エンジン発電装置と水素燃料供給システムを搭載します。加えて、将来の内航水素燃料船の原型とすべく、水素エンジンを機関室に搭載できる船型でAiP(Approval in Principle:設計基本承認)を船級協会より取得します。

  • 1 吸気・圧縮・膨張(燃焼含)・排気の4行程で1つのサイクルを構成
  • 2 水素エンジン発電機とバッテリーの組合せにより、推進モーターを駆動して運航する船舶

開発のポイント

  1. 水素は従来の化石燃料と比べて非常に燃え易い特性があり、水素エンジンを実現するポイントは燃焼を確実に制御することです。特に高出力が要求される船舶用のエンジンにおいては、多量の水素燃料を使用するため、意図しない燃焼(異常燃焼)が発生する可能性が高くなります。本事業ではこの異常燃焼を回避、制御する技術を確立し、これまでに無い高出力の水素専焼エンジンを開発します。
  2. 水素エンジンの点火方式は「火花点火式」と「パイロット着火式」に大別され、下記の特徴があります。
    「火花点火式」:水素専焼によるゼロエミッション化
    「パイロット着火式」:少量の着火用バイオ燃料と水素混焼によるゼロエミッション化
    本事業では水素インフラ普及までの船舶運航を考え、両方式の高速水素エンジンを同時に開発します。実証運航では出力約500kWエンジンをパイロット着火式で2基搭載し、合計1000kW級の出力を実現します。
  3. 実証運航に向けて、水素エンジン発電機や高圧水素タンク等の燃料供給システムをコンテナ型パッケージ(長さ40フィート = 12.192メートル)に収め、それらを甲板上に設置可能な内航大型タンカーの開発・設計を行います。また、将来の内航水素燃料船の原型として、機関室内に水素エンジンを搭載する「日本初」のコンセプトで、船舶の設計基本承認を取得します。

開発状況

1. 舶用水素4ストローク高速エンジン

現在はパイロット着火式水素エンジンにおいて、100%に近い※3水素燃焼と高出力を両立させるために必要となる異常燃焼回避技術の開発を中心に推進しています。

  1. 水素燃焼のメカニズムを明確にするため、京都大学で急速圧縮膨張装置※4を用いた可視化実験を行い、パイロット燃料の噴射からその着火を経由して水素燃焼に移行する過程の撮影に成功しています。本件は、「世界においても数少ない事例」となります。
  2. 異常燃焼回避技術を検証するべく、1気筒エンジン(付図1)を用いた要素試験を実施しています。結果、水素エンジンを高出力の条件下で正常に運転できると共に、バイオ燃料の一種(HVO)※5をパイロット燃料としたゼロエミッション化を達成しました。
  3. これらと並行して、2024年に行う陸上での実証試験用パイロット着火式6気筒水素エンジンの設計(付図2)と、1気筒エンジンによる水素専焼試験の準備も進めています。
参考画像
付図1_1気筒エンジン
参考画像
付図2_6気筒水素エンジン

2. 水素エンジン搭載対応船舶の設計・建造

  1. 本事業では当該船舶の基本設計作業から行っています。現在、水素コンテナユニットを搭載できる内航タンカーは存在せず、今までの船型にそのまま水素コンテナユニットを搭載すると、バランスが崩れ、「船舶」として成り立たなくなります。そのため水素燃料実証運航に対応した全く新しい船舶の設計作業(デザイン)に取り組んでいます。
  2. また、実証する船の設計に加えて、水素エンジン発電機を機関室に搭載できる船型の設計基本承認を船級協会より取得します。これにより、船舶の水素燃料化や水素供給インフラの整備の進展に合わせて、高い安全性の下で水素燃料に適したシステムを搭載した船舶を速やかに建造できるようになります。
  • 3 着火に用いる微量の炭化水素燃料以外は、全て水素燃料を用いてエンジンを運転させることを意味します。
  • 4 エンジンの圧縮・燃焼・膨張行程を模擬する試験装置
  • 5 Hydrotreated Vegetable Oil、水素化植物油の略称でバイオ(生物資源を原料とする)燃料の一種

今後について

  1. 2024年からパイロット着火式6気筒水素エンジンによる陸上実証試験を開始し、2026年の実証運航を目指します。加えて、同型式の火花点火式水素専焼エンジンによる陸上実証試験を同時並行的に進めることにより、水素エンジン対応電気推進船舶の普及を図るべく、その先駆けとして取り組みます。そして2030年頃からの水素エネルギーを基にした内航船舶のゼロエミッション化に貢献します。
  2. 本事業にて開発する水素専焼エンジンの用途として、小型高速船舶向けの推進エンジン(主機関)も視野に入れます。
  3. 水素エンジン発電機を運用するためには、水素燃料の安全、安心な取扱方法も含め、正しい知識の習得と経験の蓄積が必須となります。水素の社会実装準備のため、関係各所と協業し乗組員および陸上支援職員の教育を行い、水素燃料使用や各種作業のマニュアルを作成し、実証によって得られた知見を来たる水素社会の一翼を担うために活かすことを目指します。
  4. 今後の水素供給インフラ整備状況には水素のサプライチェーンや、バンカリング(燃料として水素を船に供給)など、多様な可能性や取り組み課題が挙げられます。今回の実証を通して『社会実装』に対応し得る安全で現実的なシステムの構築に寄与して参ります。

関係者コメント

小林 悠樹(ヤンマーパワーテクノロジー株式会社 特機事業部開発部 中形エンジン技術部 課長)

異常燃焼を回避するための様々な検討や解析手法を用いた主要部品の設計から、安全にエンジンを運転するための制御システムの構築など、ゼロエミッション船の心臓部となる水素エンジンの開発業務を幅広く担当しています。「水素燃料を使用した内航船用としては最高出力クラスの高速発電エンジンを開発する」という挑戦に対し、コンソーシアム一丸となって大きな壁を超えていくことに魅力と面白さを感じています。目標達成に向け、プロジェクトの先頭に立って進めて参ります。

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壷井 翔太(上野トランステック株式会社 工務部 課長)

機器や燃料タンクの搭載スペースに制約がある内航船舶、特に危険物を扱うタンカーという船種に、如何にして水素燃料駆動のシステムを適用させ、内航海運の環境負荷を低減させるかという難題を解決すべく、コンソーシアムのヤンマーパワーテクノロジー、造船所、他各社、社内の方々と協議し、ソリューションの検討を重ねています。日々の生活を支えるエネルギーを運ぶ内航タンカー業界から、水素燃料の活用を波及させ、持続可能な社会を創造することに寄与したく、2026年、大型内航タンカーによる水素燃料実証運航に向け、取り組んで参ります。

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