苦難のミャンマー平和構築事業(1/2)

ミャンマー和平の背景と経緯

ミャンマーは、1948年に英国から独立し、1962年のミャンマー国軍(以下:国軍)によるクーデター以降、約半世紀にわたり軍政が続いていた。しかし、2010年に実施された総選挙において軍事政権は解散し、2011年には民政に移管、民主化・経済自由化・国民和解・法の支配などの改革を推し進めてきた。
このうち「国民和解」においては、70年にわたる国軍と少数民族武装勢力(以下:武装勢力)との紛争に終止符を打ち平和を構築することが最重要課題の一つである。このためミャンマー政府と主要な武装勢力は、全土停戦に向け協議を続けきたが、互いの不信感は根強く停戦・和平交渉は難航した。
長引く紛争によって過酷な状況に置かれた紛争被害者は国内だけでも100万人以上いるといわれている。その多くは、国軍と武装勢力との度重なる衝突によって故郷を追われ、避難を繰り返す生活を余儀なくされ、十分な支援を受けられない状況にあった。
当財団は、1976年にミャンマーでハンセン病制圧活動を開始して以降、人材育成や保健衛生、教育、人材交流、障害者支援など様々な支援を同国で展開してきた。2012年には、長年積み上げた実績が評価され、テイン・セイン大統領(当時)から和平プロセスに対する支援を要請され、停戦・和平交渉の間に支援が行き届かない紛争被害者への人道支援を開始した。
2012年には日本政府が、日本財団会長 笹川陽平をミャンマー少数民族福祉向上大使、2013年にはミャンマー国民和解担当日本政府代表に任命。ミャンマー和平実現のため、当財団独自のビジョン・手法(メソッド)に基づいた3つの柱、①ミャンマー政府・武装勢力間の信頼醸成支援、②紛争被害者への人道・復興支援、③文民統制への理解を促す国軍との交流を“Sasakawa Peace Mission”として掲げ、本事業を進めた。

ミャンマー政府・武装勢力間の信頼醸成支援

ミャンマー政府と武装勢力は長年内戦状態にあり、双方の信頼醸成が喫緊の課題である。ミャンマー和平は国内問題であり、当事者による対話で解決すべきというスタンスのもと、2012年より笹川陽平日本政府代表自ら現場に足を運び、双方の対話の機会を創出した。双方の信頼醸成に尽力した成果として、2015年に21の主要な武装勢力のうち、8つの武装勢力が停戦合意に署名し、さらに2018年には新たに2つのグループが署名した。いずれの停戦合意署名式典にも、笹川陽平日本政府代表は出席し、国際社会からの証人として署名した。未署名の武装勢力との停戦合意についても、忍耐強く対話の機会を提供し、円滑な停戦・和平に貢献していく。

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復興支援事業開始式典で握手を交わす笹川会長(右)と武装勢力カレン民族同盟議長(左)(2016年3月2日カレン州)

紛争被害者への人道・復興支援

2012年に当財団は内戦による影響を受けた紛争被害者に対して食糧支給等の人道支援を開始し、2014年からは外務省の資金を活用してミャンマー全土の紛争地域で約21億円規模の食糧や生活物資を延べ約112万人の紛争被害者に対して支給した。
2016年からはミャンマー南東部の停戦合意に署名した武装勢力地域にて、紛争被害者の帰還・再定住の促進を目的とした復興支援事業を展開している。2021年8月時点で約64億円規模の住居4,440軒、学校64校、クリニック20棟、井戸63本等のインフラ整備支援を約8万人の紛争被害者に対して実施した。武装勢力地域という性質上、欧米のNGOや国際機関でも支援することが難しい中、柔軟かつ迅速に双方の支援要請に応えてきた実績により築いた信頼関係を礎として同地域で大規模な支援を展開しているのは当財団のみである(2021年8月時点)。

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紛争被害者へ届けられた支援食糧(カレン州)

また、帰還・再定住を果たした紛争被害者の安定的な生活の確保と生活向上に直結する様々なニーズに応えるべく、当財団が中心となりインフラ整備を支援。それと並行して同地域で本邦NGOが教育、農業、雇用等の支援を行う包括的な支援体制を確立し、2021年5月時点でGreater Mekong Center、Peace Winds Japan等の5団体が事業を展開している。

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復興支援事業の竣工式典(2019年11月27日カレン州レイケイコー村)

本支援の基本原則は、当財団がミャンマー政府と武装勢力を仲介しながら、支援の立案・計画・実行に至るまで一貫して双方の合意・協力を得て事業を遂行することである。これにより当財団は両者から信頼され、また両者の信頼醸成にも寄与したと考えている。様々な支援により、紛争被害者に、紛争から復興へのモデルケースを示し、和平の果実を届けている。

文民統制への理解を促す国軍との交流

2011年に民政に移管したとはいえ、長年に亘って軍政が敷かれてきたミャンマーでは、民主下における軍人の役割や理解が十分ではない。このため、当財団は、2014年より国軍の幹部である将官級を毎年10名日本に招聘し、防衛省や自衛隊との交流および意見交換を通して民主国家におけるシビリアンコントロールについての理解を深める日緬将官級交流プログラムを開始した。本プログラムは、これまで6回実施し、計60名の中将・少将を招聘し、民主国家における軍のあり方についての理解促進に注力してきたものの、2021年2月に国軍による政変が発生した。以降このプログラムは中止しているが、国軍の人材育成に注力してきた当財団としても、国中で暴力が再び発生する事態に陥ったことは大変残念でならない。

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日緬将官級交流プログラムの参加者

今後の展望

2021年2月1日に発生した国軍による政変の影響を受け、ミャンマー全土で紛争が勃発し、多くの国内避難民が発生、情勢は混乱を極めている。2012年からミャンマー和平を支援してきた当財団としては、暴力が暴力を生み、国として衰退していく事態を大変憂いている。ミャンマーが未曽有の困難な状況に直面しているからこそ、過酷な生活を強いられている紛争被害者等の、本当に支援を必要としている人々に対して救いの手を差し伸べなくてはならない。当財団は、あらゆる関係者との対話と働きかけを通じたミャンマー全土の和平の実現と人道支援をあくなき精神で継続している。
(松島 準之介/国際事業部)

本事業・この社会課題への今後の期待

日本財団に入会した2014年からミャンマー駐在員事務所に赴任し、紛争被害者への人道・復興支援事業に従事してきた。2021年2月の政変に伴い、ミャンマー各地で戦闘が勃発し、故郷を追われた多くの国内避難民が過酷な生活を強いられている。本支援を通してミャンマーの平和構築に貢献するため、一番弱い立場に置かれている国内避難民を含め、紛争被害者に寄り添いながら、人道支援を続けていきたい。

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松島 準之介