世界保健機関(WHO)熱帯病制圧 パートナー会議

インドネシア・ジャカルタ

写真:スピーチする日本財団の笹川陽平会長(1)

 皆様にお話しできますことを光栄に思います。

 この会議におきまして、「忘れられた熱帯病」の問題について、私のハンセン病への取り組みについて話をするようにというご依頼を受けました。ここにご在席の方々の中で、医者でないのはおそらく私だけではないかと思います。その立場から、私は、「忘れられた病気」ではなく「忘れてはならない病気」という問題意識でお話したく存じます。これは、患者の皆様を代弁することにもなろうかと存じます。

 ハンセン病との私たちの取り組みは、成功しつつある例と申し上げてよろしいと思います。私達の活動は、ハンセン病のない世界をつくることを最終目的としております。現在、ほとんどの国で公衆衛生上の問題としてのハンセン病制圧が達成されましたが、私達の闘いは、制圧の一里塚を越えても、最終的な根絶へ向っていまだ道半ばという状況にあると理解しております。私の話がなにか皆様の熱帯病との闘いの参考になれば大変嬉しく思います。

 

 ハンセン病との闘いは、地球上のすべての人々に、この病気についての、正確な公衆衛生上の情報を理解していただくということに尽きると考えております。すなわち、この病気が治る病気であるということ、薬は無料でどこでも手に入る、したがって、差別は許されない、これらの情報が正しく行き渡ることが重要です。私自身、一年の三分の一を費やして、世界を旅し、この正しい情報を伝えることに努力をしております。

 私の仕事では、まず、それぞれの国の指導者にお会いして、ハンセン病は治る病気であることを正しく理解していただき、その上で、ハンセン病制圧に政策上の優先順位を与えていただくことをお願いすることがまず重要であると考えております。他の公衆衛生上の問題、例えばHIVエイズとかマラリアと比べた場合、ハンセン病は患者数の少ない病気であり、そのために忘れられがちな病気でもあります。政治指導者に、ハンセン病がいまだに存在し、制圧が可能であり必要であるということを正しく理解していただき、優先順位をつけて対応していただくことが、重要であると考えます。

 私のもうひとつの重要な仕事は、現場の最前線で活動しているヘルスワーカーの方々を訪問し、激励すると同時に、彼らの持っている不満を汲み上げて、それらを関係者に適切に伝えることであります。

 そして、最後に、制圧活動に、メディアの協力を得ることが重要であります。一枚の写真は10万語に勝るといいます。正しい情報の伝達のために、メディアの協力は欠かせません。

 ハンセン病は、非常に感染しにくい病気であります。しかし、この事実を繰り返し申し上げても、一般の方々の理解を得ることは困難です。しかし、私が患者を抱きしめたり、足を洗ってさしあげるなどの行為が映像として流れることは、一般の方々の誤った理解を正す上で、非常に効果的な成果をもたらします。ハンセン病の制圧活動は、メディアとの協力関係を確立することで、大きな成果が期待できるのです。

 

 さて、今申し上げた、私の、政治指導者への働きかけ、現場の人々の激励、メディアの協力を得ることの3点の活動が効果的になされることを可能にしているいくつかの点を申し上げます。

 まず第一には、WHOによる、蔓延国政府、ILEP傘下のNGO、助成機関、製薬会社ノヴァルティスなどの間の効果的なパートナーシップを可能とした調整役としての働きであります。

 第二点は、意見の異なるところでもありますが、明確な制圧へ向けての数値目標と、時間を定めたことであります。すなわち、人口一万人に患者一人以下となることを制圧達成と定義し、その制圧を西暦2000年までの時間を限って(これはその後2005年に修正されましたが)達成するとしたことであります。この数値目標の設定に関しましては、WHO西太平洋地域事務所(WPRO)で一緒に仕事をされた故J.W.リーWHO事務総長と湯浅洋博士のご尽力に負うところが大であります。そしてまた、WHOにおいて、そのような数値目標のもとで、グローバルなハンセン病制圧プログラムの陣頭指揮を成功裡とられたS.K.ノーディーン博士のご努力にも感謝を申し上げます。

 加えて、専門的なところは、皆様方のよくご存知のことなので省略しますが、もし、このハンセン病の制圧活動が成功しつつあるという高い評価を頂けるのであれば、WHOの示された医療の現場での統合もその大きな成功要因で、先ほど申し上げた様々なパートナーの協力関係を可能にした調整機能に加えて重要な点であります。

 

 ただ、残念ながら、ハンセン病との闘いの中で私たちが見逃してきたこともあったということを率直に認めなければなりません。

 1980年代から世界で約1500万人もの人がハンセン病から解放されました。しかし、彼らの生活には、病気から解放された後、何か変化があったのでしょうか。よい結果が出たのでしょうか。この病気の特徴である病気が治った人たちにつきまとう社会からのステイグマや、差別の問題を、私達はないがしろにしてきたのではないかというのが、私の率直な反省です。

 モーターサイクルにたとえれば、医学的に病気を治すという車の前輪と、そして社会的なステイグマや差別から解放するという、車の後輪、それぞれの車輪のサイズは同じでなければなりません。私達は病気を治すという前輪にばかり力を入れてきて、後輪をないがしろにしてきたのではないでしょうか。

 そういうことを考えると、WHOの仕事は、病気を治すということだけでよろしいのでしょうか、もう少しWHOの仕事の範囲を広げる必要があるのではないでしょうか。

 

写真:スピーチする日本財団の笹川陽平会長(2)

 この1500万人の方々の家族を含めますと少なくとも1億人を超える人が、社会的な差別に今も悩んでおられる。これは、国連の人権委員会が取り上げるべき大変大きな問題なのですが、過去50年間国連人権委員会は、一度もハンセン病を人権問題として取り上げてはきませんでした。

 昨年、そして今年と、ハンセン病患者、回復者に対するスティグマと差別をなくすためのグローバルアピールを発表してきました。これらのアピールを通じて、国連人権理事会がこの問題を正式議題としてとりあげるよう、各国政府に呼びかけております。

 このような動きの中で、私は回復者の皆さんの活動が大変重要になってくると考えております。この問題の解決へ向けて回復者自身が声を上げ訴えることは大きな力となります。今までは自身が発言することで、新たな差別を生むのではないかという恐れがあり、回復者の方々は沈黙して社会の片隅で生活してこられたわけですが、有難いことに、インドネシアでも回復者の方々が立ち上がりました。今、ここで若い回復者の方々が立ち上がってくれたということを大変喜ばしく思います。

 医療の現場でのハンセン病の一般医療サービスへの統合は順調に進んでおります。つい先日私は東チモールを訪問する機会を得ましたが、そこでもWHOの指導により、地元のヘルスワーカーやNGOのみなさんが、ハンセン病だけではなく、リンパ管フィラリア、腸管寄生虫など複数の問題に同時に対応しておられる現場を見てまいりました。

 

 私は医療の統合に加えて、WHOを中心としたパートナーシップを拡大し、UNDP、UNICEF、世銀、或いは、国連人権理事会なども含んだ国際的で広範なパートナーシップを形成することが重要であると思います。

 さらには各国で活動するさまざまなNGOの組織との協力も重要です。ご承知のように、NGOはそれぞれの社会を、町を、村をより良い方向に変えていく志をもった組織であり、農村開発、女性の問題、健康の問題、環境の問題等々、多様な分野における多彩な活動をしておられます。

 これらのNGOに、私達はもっと情報を提供する必要があります。そして、これらの社会の最先端で仕事をするNGOの人々を通じて一般の人々に、正しい情報を提供することができればより大きな効果が期待できると考えます。

 

 もう一つは、昨年のダボス会議でも取り上げられたように、企業の社会的責任(CSR)という概念が、今先進国の間で話題になっております。

 私達の病気の世界で、製薬会社が素晴らしい貢献をし、制圧の成果が上がっているということを社会に積極的に報告する必要があると思います。そして、製薬会社だけでなく、世の中には社会貢献に強い関心を抱く企業が多数あります。何もHIVエイズやマラリアのような規模の大きな病気だけでなく、そのほかの患者数の小さな病気の世界にも大事な問題があるのだということを企業に理解していただき、社会貢献活動に参加してもらうことは、それほどむずかしいことではないと考えます。

 「デジタル・ディバイド」という言葉は単にコンピュータ世界の話だけではありません。情報や知識から隔離されるという状況は世界中に存在します。世界中のすべての人々に、病気に対する正しい情報を如何に伝えるかということが、公衆衛生上の問題解決に向けてもっとも重要な点ではないか、と私は患者の立場から考えるのです。

 私はこれからのWHOの新しい課題は、それぞれの当該国の行政だけではなく、広範なNGOの参加協力を得、企業の社会貢献活動を我々の病気との闘いに結び付ける、広範で横断的なパートナーシップの構築と統合的な努力の推進にあると考えます。

 WHO、あるいは、保健省の方々に課せられた新たな試練というものは単に病気を治すというだけではなく、予防の策を課すことは当然であり、そしてまた、病気についての正しい知識を一般社会に伝えてゆくために、様々な団体や組織の能力を精一杯活用し統合してゆくことにあるのではないかと考えます。

 WHOに新たな課題を付加するような話で恐縮ですが、今後の議論の出発点としてお考えをいただければ幸いに存じます。

 ありがとうございました。