国連人権高等弁務官事務所主催 ハンセン病患者・回復者及びその家族に対する差別撤廃のための意見交換会合

スイス・ジュネーブ

日本政府のハンセン病人権啓発大使として、ご挨拶させていただきます。皆さまご承知の通り、昨年6月に国連人権理事会において、ハンセン病患者・回復者及びその家族に対する差別撤廃のための決議が日本政府により提案され、採択されました。

この決議に賛同していただいた全ての国々に感謝を申し上げます。また、本会議開催に向けて尽力された国連高等弁務官事務所に対し、心から敬意を表します。

ハンセン病は、紀元前6世紀に書かれた書物に記述が見られるほど、古くから存在する病気です。手足や顔などに変形をもたらし、かつては原因不明で不治の病であったため、たたりや天罰などと人々から恐れられてきました。ハンセン病に感染した人が家や村を追い出され人里離れた山奥や離島に追いやられたり、目の前で葬儀を行われ死者として扱われるなど、信じがたい差別が近代まで世界中で行われていました。

1980年代にMDT(多剤併用療法)という有効な治療法が確立され、ハンセン病は治る病気となりました。早期診断と適切な治療が受けられれば後遺症が残る可能性も低く、ハンセン病の感染力は他の病と比較し極めて低いことが証明されています。

しかしながら、ハンセン病にまつわる社会的偏見とそれに基づく差別は、解消されることなく、今もなお根強く存在しています。

一例には、ハンセン病罹患を理由に公職に就くことを禁じていたり、入国および労働・移住ビザの許可に際して、ハンセン病患者に対する制限を設けている国々もまだみられます。

私はこれまで何万人ものハンセン病患者・回復者の方々と直接会い、激励してきました。その中で印象に残る忘れられない経験があります。

アジアのある国のハンセン病病院を訪問した際、ハンセン病が治癒した21歳の男性にお会いしました。私が「これで故郷の家族のもとへ戻れるね」と声をかけたところ、彼は突然涙を流し、「私を受け入れてくれる村も家族もない、一人ぼっちなのです」といいました。

日本でも同じような話があります。ハンセン病療養所に暮らすある回復者は「私は死んで、火葬され、煙になって初めて故郷に帰れるのです」と語っています。

他の国や地域においても、ハンセン病病院や療養所に入所する際に家族に迷惑がかからないよう偽名を使い、今もそのまま使い続けている人が存在します。

人は病気になると、家族や愛する人からのサポートを最も必要とします。しかし、ハンセン病に感染すると、その家族から見捨てられてしまうことが少なくありません。

なぜならば、自らの故郷に住む権利、家族と暮らす権利、そして本名を名乗って生きる権利を捨ててまで家族との縁を断ち切らなければ、家族までもが差別の対象となり、社会から疎外されてしまう恐れがあるからです。身内にハンセン病を患った人がいるというだけで、就学、就職、結婚の機会を奪われている人たちが、世界には今も大勢います。

治療法が確立された1980代から現在までで治癒した人の数は全世界で1600万人を数えます。患者・回復者のみでなくその家族も含めると、少なくとも1億人近くの人々が毎日の生活の中で厳しい差別に現在も苦しんでいます。

ここではほんの一部を紹介したのみですが、差別の実例の詳細については、後ほど第3部で登壇予定の回復者の方々のお話に譲りたいと思います。

社会の中、人々の心の中に深く刻み込まれたハンセン病にまつわる偏見とそれに基づく差別は、どうすればなくなるのでしょうか。

この偏見をなくすためには、国際機関、各国政府、NGO、医療関係者、マスメディアなどを巻き込み、社会を変える大きな波を創り出していくことが必要です。

私はその中でも3つのアプローチが特に重要であると考えています。

ひとつめに、国の指導的立場にいる人たちに対し、差別をなくすよう働きかけをすることです。国の指導的立場にいる方々には、現行の政策や制度の中に見過ごしている差別的な要素がないかどうかを検証し、あれば改善していただきたい。同時に社会に根付いたハンセン病にまつわる偏見を取り除くために、啓蒙活動に取り組んでいただきたい。

2つめに、人々の心に最も訴えかける力をもつ回復者自身の声を発信していくことです。世界各国でハンセン病回復者の方々が自ら尊厳を回復するための行動に立ち上がり始めています。でも社会の方がその声を受け入れる土台が醸成されているかというと、まだ足りないといわざるを得ません。

そして最後に、教育や啓発活動、マスメディアによる発信等を通して、社会の隅々までメッセージを行き渡らせ、社会全体の認識を変えていくことが必要です。

だからこそ、各国の政策や制度を変えていくため、そして社会の態度を変えていくための拠り所として、今回、国連人権理事会諮問委員会において策定されるガイドラインに、私は大きな期待を寄せています。ぜひとも具体的かつ明確な行動指針を盛り込んだガイドラインを作っていただき、また各国政府がそのガイドラインを尊重し、遵守するような形に持っていっていただきたいと思います。この有史以来続いてきた根強い偏見を取り除くためには、人権問題の専門家である皆さんの協力が不可欠です。

私の夢は、ハンセン病のない世界の実現です。ハンセン病のない世界とは、単に医療面における病気の制圧のみを指すのではありません。社会における偏見とそれに基づく差別がなくなって初めて、この世からハンセン病がなくなったといえるのです。

我々は今ようやく、ハンセン病のない世界を実現するためのスタートラインに立ったところです。昨年6月の決議採択でともった希望の灯を更に大きく灯すべく、関係者の皆様方の一層のご努力を心から期待します。