第8回日本財団アジアフェローシップ リージョナル・ワークショップ
今回8回目を迎えますAPIリージョナル・ワークショップを開催するにあたり、アジア各国からおいでのAPI委員の方々とフェローの皆さんを心より歓迎いたします。
大阪は、千年以上前から商業都市として日本経済の中心を担ってきました。現在も日本第2の都市であることは、皆様もご承知の通りです。この大阪は、その経済力に限らず、日本の文化、社会に大きな影響を与えてきた都市でもあります。
その1例として、ここから徒歩30分ほどの所にあった適塾という学校をご紹介いたします。適塾は江戸時代末期の1838年、緒方洪庵という蘭学者で医者でもあった人物が開いた私塾です。元来医者の育成が目的でしたが、鎖国時代の日本において西洋の思想や知識を学ぶ最高の場所として日本中の秀才が集まりました。約30年に渡る教育で、適塾は600名を超える卒業生を生んでいます。彼らはやがて様々な分野で活躍し、近代日本を築く礎となりました。
その1人が、福沢諭吉です。彼は、この塾を通じて当時の日本にはない思想や技術を学びます。卒業後、彼は、現在の慶応義塾大学の前身となった私塾を東京で開校します。また、幕府の使節団の一員として欧米及びアジア諸国を訪問し、そこから得た知識、思想、考察を、著述を通じて広く日本に広めます。近代化への功労者として、現在の一万円札の肖像にもなっています。
適塾卒業生を含め知識人のほとんどが官職を求めた明治時代はじめ、福沢は生涯無位無官の一市民であることを貫きました。個人の自立を可能とする教育、男女平等、国際的視野など、彼が提起した近代化の課題は、当時としては大変画期的でありまた、今日にも通ずるものが少なくありません。
福沢の最も著名な著作である「学問のすすめ」の中で、彼はアメリカの独立宣言を引用して、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と書き、身分や階級制度が社会の基盤となっていた日本人の価値観に大きな影響を与えました。この言葉は福沢の名前とともに、今も日本の小学校の社会の教科書に記述されています。
福沢は、人々が不合理だけれど「当然」と感じている事象を、「問題」であると鋭く指摘し、新たな解決策や考え方を提供しました。権威や世論の大勢に抗して、自分の知性が信ずるところを堂々と述べる勇気を持った開明的知的指導者であり、パブリック・インテレクチュアルと呼べましょう。
150年を経た2009年の現在、当時の日本同様、私たちは大きな変革の時期を迎えています。資本主義そのものの意味を問い直すような出来事や、国を超えてぶつかりあう政治的・経済的問題の数々、地域統合の広まり。その変化の波の早さに多くの人が戸惑い、問題解決の糸口を求めています。
今の時代、福沢のように、人々のあるいは民の立場に立って、「問題」や「課題」の解決を目指して議論をし、広く公益に資することを目的として活動を行うパブリック・インテレクチュアルが求められています。また、人々が「仕方がない」と考えている不条理、不都合な現実に対して、「問題」であると声を上げ、反発を恐れずに人々の意識を変えるように努力し、解決策を提案し実行するパブリック・インテレクチュアルが必要となっています。
私は問題解決には3つのことが大切だと自分にいつも言い聞かせています。ひとつは、率先してことに当たろうという強く深い情熱。ひとつは、自分の行動に対する周囲の無理解や反発に立ち向かう勇気。そして、一旦始めたなら最後まで諦めず希望を持って努力を続ける継続性と忍耐です。
申し上げるまでもなく、ここにおいでのAPIフェローのみなさんの専門知識、分析力と行動が、この社会に変化を起こすためには欠かせません。大火事もたった一本のマッチから、改革もただ一人の誠から。したがって、信念を持って行動を起こすことが何よりも社会的改革には重要な一歩です。
先にご紹介した福沢は、明治期の日本の社会を変える動きを行い、その業績は今も讃えられています。時には1人で、そして時には仲間と一緒に。彼にとって、適塾で得た人的ネットワークやインスピレーションは、その偉大な活動の源泉となりました。
APIフェローシップは、単なるフェローシップを提供することが目的ではありません。ご存知の通り、この地域におけるパブリック・インテレクチュアルのコミュニティ形成を目指したプログラムです。私はこのAPIフェローシップ、そしてAPIコミュニティが、今の時代のアジアの適塾になってほしいと考えています。
300名近くを擁するAPIコミュニティの一員として、皆さんのあふれる情熱を一つにし、時には刺激しあい、時には励ましあいながら、勇気をもってよりよき社会づくりへ向けた行動を継続されることで、やがて皆さんが社会に大きな変化をもたらすことが、私たちこのプログラムを始めた人間たちの夢であり期待でもあります。
お集まりの皆さんにAPIコミュニティの発展に向けてさらなるご協力をお願いするとともに、今後の皆様、おひとりおひとりのさらなるご活躍と、本ワークショップの成功をお祈り申し上げます。