グローバル・アピール2010 宣言式典 〜ハンセン病に対するスティグマ(社会的烙印)と差別をなくすために〜
2010年1月24日から26日までの3日間、インドのムンバイを訪問しました。主な目的は2つありました。1つ目は今年で5回目となる、ハンセン病回復者に対する差別の問題について世界へ訴える、「グローバル・アピール2010」の発表式典の開催、もう1つはインドの回復者の権利向上を目指すネットワークであるナショナル・フォーラムが開催するワークショップへの出席です。
インドは、WHOが公衆衛生上の制圧基準として定めた、患者数が1万人に1人未満という目標を、2005年末に達成しております。しかしながら、病気が治癒したあとでも、回復者は就労や教育など、様々な場面で差別を受けているのです。私は近年、インドで活動する際にはハンセン病に関わるこれらの社会的差別問題の解決に力を入れています。
訪問の目的の1つ目である「グローバル・アピール」は、その活動の一環であり、ハンセン病患者・回復者に対する偏見や差別の根絶を世界中の人々に働きかけるために、2006年より毎年継続して、世界ハンセン病の日である1月の最終月曜日前後に発表しているものです。2006年のアピールには、ノーベル平和賞受賞者であるダライ・ラマ師、ジミー・カーター元大統領、デスモンド・ツツ師など世界の指導者11人、2007年には、世界16カ国のハンセン病回復者のリーダー達、2008年には、アムネスティ・インタナショナル、セーブ・ザ・チルドレンなど世界有数の人権NGO団体の代表者、そして2009年には、世界の主要な宗教の指導者の方々にご賛同をいただきました。
第5回目となる本年のグローバル・アピールは、世界を代表するビジネス・リーダーの方々にご協力をお願いいたしました。世界中でハンセン病の回復者たちは、差別のため仕事に就くことができず、物乞いで生計を立てることを余儀なくされている人々が少なくないのが現実です。ハンセン病患者・回復者も他のすべての人と同等の権利を有し、社会に貢献ができるというメッセージを、世界有数の企業家と発信するのが、今回のアピールの目的です。私の呼びかけに15名のビジネス・リーダーが応えて下さいました。インドのタタ、マヒンドラ、日本のトヨタ、三菱商事、キヤノン、タイのサイアム・セメント、フランスのルノー自動車、イギリスのヴァージンなど15社の代表です。世界中でハンセン病の回復者たちは、病気が治ってもなお厳しい差別に直面しており、仕事に就くことができず物乞いで生計を立てることを余儀なくされている人々が少なくないのが現実です。ハンセン病患者・回復者も他のすべての人と同等の権利を有し、社会に貢献ができるというメッセージを、世界有数の企業家と発信するのが、今回のアピールの目的です。
宣言式典は、インド門を目の前にしたタージマハルホテルで行われました。ハンセン病患者および回復者の経済的支援を目的として2007年に設立されたササカワ・インド・ハンセン病財団と、日本財団の共催で行われ、署名企業代表者や関係者の皆様、ハンセン病回復者やNGO、堂道秀明大使、持田多聞ムンバイ総領事、メディア関係者など、約120人の方々にご出席いただきました。
署名者である、インドのマヒンドラ・グループのマヒンドラ会長からは、「人々の心にある根深い差別の意識を失くすため協力する」、タイからはるばる駆け付けて下さった同じく署名者であるサイアム・セメントのトラクーンフン会長からは、「人間ひとりひとりに価値があり、どのような人も差別されることなく、平等に扱われるべきだ」と、それぞれ集まった人々に訴えかけられました。そして、コロニーで生活する6名の若者がグローバル・アピールの宣言文を読み上げ、ハンセン病患者・回復者が社会に復帰し、経済力を持てるようにならなければならない、と力強く訴えました。
私は経済界トップの方々からの心強いお言葉を聞きながら、私はムンバイからほど遠くない同マハラシュトラ州のプネー市にある、ハンセン病回復者が働くインドの自動車会社タタ・グループの下請けの部品工場を思い出していました。回復者が働く場を得ているという喜ばしい現実の一方で、同じインドで、運転手として働こうにも、回復者であるがゆえに、運転免許の申請すら受け付けてもらえないという厳しい差別の事例も存在します。当事者に社会参画する意思があっても、それを実現に漕ぎつけられるかどうかは、社会の側の意識が変わることが不可欠なのです。
働く気力も能力も十分に持っているのに、差別やスティグマ(社会的烙印)のために働くチャンスすら与えられないハンセン病回復者は、インドだけでなく世界中にまだまだたくさん暮らしています。経済界の皆様に広く訴える今回のアピールが、一人でも多くの回復者の社会参画につながることを願ってやみません。
さて、2つめの目的である、ナショナル・フォーラム西部地域主催のワークショップでは、回復者をはじめ、支援する政府やNGOなどの関係者に会い、回復者の尊厳回復の実現について、意見を交換しました。
ナショナル・フォーラムとは、インド国内に点在するコロニー(ハンセン病患者・回復者が集まって暮らす村)に住む回復者たちのネットワークです。このワークショップには、ムンバイを中心にインド西部州のナショナル・フォーラムのメンバーなど約130名が参加し、回復者の生活向上に行政をどのように巻き込んでいけるか、またコロニーはどのようにしたら生活向上のための事業を展開できるか、といったことが話し合われました。
ゲストの一人、ラム・ナイク国会議員・元石油大臣は、ナショナル・フォーラムが設立される以前からハンセン病患者・回復者を支援されてきました。2008年に、ハンセン病回復者の生活向上を求める嘆願書をインド連邦議会請願委員会に提出した際の筆頭署名人でもある同氏は、同コミティーのメンバーにコロニーを視察させるなど、中心となって積極的に動いてくださいました。議員は、集まったナショナル・フォーラムのメンバーに、政府に何かしてもらうのを待つのではなく、回復者が力を合わせて州政府に生の声を届けることが重要だと強調されました。ひとりの声は小さくとも、コロニーレベル、州レベル、そして国レベルで回復者が集まれば、大きな力となります。日本の10倍とも言われる広大な面積を持つインドにおいて、各地域の回復者が結束することは易しいことではありませんが、このようなワークショップを重ね、情報交換を重ねることにより、大きな波が起こせるに違いないと私は信じています。
実際に回復者の暮らすコロニーの中を歩いて、彼らの生の声に耳を傾けることも、私が大事にしている活動の一つです。今回は、ムンバイ近郊の2か所のコロニーを訪問しました。1か所目、ハヌマン・ナガール・コロニーは、住人数が720名という大きなコロニーで、ササカワ・インド・ハンセン病財団から小口融資を受け、水牛の飼育を行っていました。私の名前にちなんでササカワ・ファームと名付けられたという家畜小屋を覗くと、健康そうな水牛が8頭飼われていました。住人達はよくお乳を出すという水牛を大切に世話しており、いずれ30頭ほどにまで増やしたい、と事業の拡大に意欲的な様子を見せていました。また、2か所目の、マハトマ・ガンジー・コロニーでも、SILFへ事業企画書を提出したいという意思のある住人が多くいました。
今回のインド訪問では、コロニーでビジネスを始め、自らの力で糧を得ていこうと努力するハンセン病回復者たちの意識は着実に健全な方向に向かっています。回復者の、物乞いや寄付に頼ることなく社会参画をしたいとい強い意志と、それを受け入れる社会の理解によって、差別のない社会を実現できるよう、今後も当事者を中心に、政府、NGO、メディア等のセクターと協力しながら、活動を進めてまいります。