ハンセン病学会アメリカ地域大会

ブラジル・マセイオ

写真:スピーチする日本財団の笹川陽平会長

 

本日はハンセン病の研究に日々勤しんでおられる免疫学や生物学、遺伝学など各分野の専門家の皆さま、病気の治療や医学的・社会的リハビリテーションに取り組まれている医師や看護師、NGOの皆さま、そして回復者のリーダーの皆さまがこの会議に参加されています。それぞれ立場は違えど、私たちはハンセン病で苦しむ人々を救いたいという共通の想いをもって、ここに集まっています。

40年以上前、ハンセン病の患者・回復者が暮らす韓国のある村を訪問したことがきっかけとなり、私はハンセン病問題を障害の仕事として取り組むようになりました。そこには多くの患者や回復者が顔や手足の変形という重度の障害を負っており、人里離れた村で隠れるように暮らしていました。大きなショックを受けた私は、ハンセン病を患ったというだけで悲惨な境遇におかれ、想像を絶する厳しい生活を強いられた方々を私の人生をかけて救おうと心に誓ったのです。

こうした私の想いに大きな勇気と力を与えてくれたのがMDTの開発です。この効果的な治療法が開発されたおかげで、私たちは彼らを病気の苦しみから確実に解放することが可能になったのです。そこで「一人でも多くの人にこの薬を届けたい」と思った私は、1994年にベトナム・ハノイで開催されたWHOによる第一回ハンセン病国際会議の場で、MDTを全世界に5年間無料で配布することを発表しました。5年間の配布を終えてからは、ノバルティス製薬が協力してくださり今も無料での配布が続けられています。

また患者を救いたいという関係者の想いをいっきに推し進めてくれたのが、WHOが定めた「患者数が人口1万人当たり1人未満」という明確で分かりやすい制圧目標でした。その具体的な目標に向かって各国政府や製薬会社、NGOなど関係者が一致団結して協力しあった結果、1995年に68カ国あった未制圧国が、現在はブラジルを残すのみとなりました。そして、ブラジル政府も2015年を目途にハンセン病を制圧するということを表明しています。

一方で、WHOの制圧目標が全世界で達成されたとしても、ハンセン病の問題が解決されたということにはなりません。なぜなら、長い間人々の心に深く根をおろしたスティグマや差別の問題が今も残っているからです。MDTの無料配布を決定した当初は、病気が治ればスティグマや差別は着実に無くなっていくだろうと期待を寄せていましたが、その通りにはなりませんでした。実際に私は世界各地を回るなかで、回復者、さらにはその家族までもが酷い差別を受けている現実を目の当たりにしてきました。例えば就学や就職、結婚といったことが慣習として事実上困難であったり、国によってはハンセン病が発覚した際には解雇や離婚が法律的に認められたりしているというところもありました。ある国では、回復者が議員に立候補して当選したものの、州の法律を受けてハンセン病を患っていたことを理由に無効になったという話も聞いています。

また、このようなハンセン病に対するスティグマや差別が、病気を治すという治療を施すことへの妨げになっている場合もあります。患者が世間からの差別を恐れ、ハンセン病らしき症状が出ても病院で受診することをためらうことがある一方で、ハンセン病について偏見を持つ医師が患者の受診を拒否するということも実際に起こっているのです。残念ながら、私はこのような状況を訪問したいくつかの村で目にしてきました。

これらからも分かるように、ハンセン病を取り巻く問題を根本的に解決するためには、医療面と社会面の両方への取り組みを同時に行っていく必要があります。そこで私は医療面への取り組みを続ける一方で、スティグマや差別をなくすための社会面でのアプローチとして3つの戦略をもとに取り組んでいます。

1つ目は、法律や制度面における差別を解消することです。私はハンセン病患者や回復者の権利が社会の中で見過ごされてきたことから、2003年、この問題を人権問題として国連で取り上げてほしいと、国連人権高等弁務官事務所への働きかけを始めました。以後7年間で多くの関係者の賛同を得ることができ、結果的に2010年12月の国連総会では、ハンセン病に対する差別を撤廃する決議とそれに関する原則とガイドラインが全会一致で可決されることとなりました。この決議を受け、私はこれからも各国関係者に対し、具体的な法律・制度を変えていくための働きかけを続けていきます。

2つ目は、社会のハンセン病に対する間違った認識を変えることです。患者、回復者とその家族に対するスティグマや差別の撤廃を目指し、ハンセン病に対する社会の誤解を解くためのメッセージを毎年発信しています。これをグローバル・アピールと呼んでいますが、2006年から毎年1月の世界ハンセン病デーに合わせ、ビジネスリーダーや世界の宗教リーダー、人権擁護団体の代表など各分野のリーダーからの賛同を得て発表しています。7回目となる来年は、世界医師会とその加盟国である各国医師会の賛同を得て、ここブラジルで行います。医療関係者が病気に対する正しい知識を持って治療に当たること、そして社会もハンセン病患者や回復者に対して差別をしてはいけないということを世界に向けてアピールしたいと考えています。

3つ目は、当事者自らがスティグマや差別に立ち向かい、自分たちの胸部うを改善していくことです。私が出会ったハンセン病患者・回復者の中には、社会参画を諦めているばかりでなく、声をあげることすらためらっている人も少なくありません。そこで患者・回復者の社会的権利を獲得するためには、回復者自身が団結し声を上げて社会に訴えなければいけないと考えた私は、世界で最も患者数の多いインドにおいて、2005年、ナショナル・フォーラムという当事者の全国組織を回復者のリーダーたちとともに立ち上げました。このナショナル・フォーラムの働きかけにより、連邦議会の陳情委員会がハンセン病に関する差別的法律の撤廃とそれに伴う生活環境の改善に関する報告書を発表したという成果も生まれています。

また、ブラジルでは80年代前半に当事者団体であるMORHANが立ち上がり、差別に関する法律(discriminatory laws)の撤廃や公的補償の要請などハンセン病を取り巻くあらゆる差別と闘ってきました。このように、当事者たちが自らイニシティアブをとって働きかけることで、彼らと社会を隔てている壁を壊していくのです。

長きにわたって病気や差別の問題が複雑に絡み合うハンセン病に対しては、多角的なアプローチを継続して行わなければなりません。そのため、政府や医療関係者、科学や人権の専門家、NGOスタッフなどあらゆる関係者の皆さまが英知を結集して取り組んでいくことが重要です。このような意味においても、本日こうして滝にわたる分野で活躍されている方たちが一同に集まり、様々な観点から議論がなされるとともに、新たなネットワークが構築されることを期待しています。この会議、そして今後のブラジルでの取り組みが、南北アメリカ大陸諸国のハンセン病問題の根本的な解決に大きく寄与することでしょう。どうかこの4日間にわたる会議を有意義なものにしていただけたらと思います。