世界保健機関(WHO)東南アジア地域事務局会議 〜保健分野における協力会議〜

インド・ニューデリー

日本で発生した大規模地震と津波への対応により、この重要な会議の場に参加できなくなったことを心よりお詫び申し上げます。

私が代表する日本財団は、医療、福祉、教育、災害など幅広い公益活動を国内外で展開するにあたり、パートナーシップの構築を大変重要な要素と位置付けています。このパートナーの中には行政や国際機関から、NGO、当事者、メディアといったありとあらゆる関係者、そして議員から現場を駆け回り受益者と直接に接する担当者までの幅広い、異なるレベルで活動されている方々が含まれます。

日本財団は保健医療に関する活動で、長年にわたり世界のハンセン病制圧活動に特に力を入れて取り組んでまいりました。ハンセン病は極めて感染力が弱い病気ですが、診断と治療が遅れると後遺障害を伴います。

ハンセン病の制圧は当初不可能といわれていました。しかし、1980年代にハンセン病の画期的な治療法として開発されたMDTが、ハンセン病に関わる全ての人々の希望の光となりました。日本財団は、1995年から1999年までの5年間にわたりWHOを通して世界中にMDTを無料で配布しました。2000年以降現在に至るまで、製薬会社のノバルティス社が日本財団の意志を引き継ぎ、治療薬を無償供給しています。その結果、1985年以降1600万人以上の人々が治癒し、公衆衛生上の問題としては、ハンセン病はまもなく世界から制圧されようとしています。

これは、ハンセン病患者が確実にこの新薬を手にできるよう、パートナー、即ち、WHO、各国政府、製薬会社、現場で活動する保健省やNGOのスタッフの方たちの献身的努力があったからに他なりません。ハンセン病回復者もまた制圧活動を担う重要なパートナーとして参画しています。私は専らパートナーシップ構築のための旗振り役に徹しました。

「問題も解決方法も現場にある」というのが私の持論です。1年の3分の1を世界中を駆け廻り、僻地であろうがハンセン病活動の現場に足を運び、医療活動の最前線で働く人々および患者さんと話をしています。そのようにして僻地へ行くたびに気になることがありました。それはハンセン病の薬はヘルスポストに確実に備蓄されているのに対し、解熱剤、風邪薬、下痢止めなど、プライマリーヘルスケアに必要な薬は明らかに不足しているということです。

この問題を解決するために、安価な薬と、遠隔地でも必要な時にこの薬を服用しやすい仕組みが必要なことを考えていた中で、ようやく一つの可能性を見出すことができたのが、伝統医療を活用した置き薬システムでした。

置き薬システムとは、300年前から日本に伝わる伝統的なシステムで、薬売りが各家庭を訪問して医薬品を詰めた薬箱を置き、利用した分だけ後で代金を回収するというものです。家庭に常に薬箱を備えておくので、病気になったときにはすぐに服用が可能となります。

モンゴルでは、遊牧民が広大な土地を転々として生活するため、医者や薬へのアクセスが困難であり、それが原因で病状を悪化させるなど深刻な問題がありました。この医療環境を改善するため、日本財団は、プライマリーヘルス向上におけるき薬システムのポテンシャルに注目し、2004年、モンゴルにおいてモデルプロジェクトを開始しました。コストを下げるために、モンゴル独自の伝統医薬品と置き薬システムを融合させたのです。伝統医薬品は、近代医薬品と比べて、ものによっては10分の1から20分の1と比較的に安価です。

置き薬キット1 箱のすべての薬代の合計は約10 米ドルで、薬箱の中にはモンゴル保健省の認可した伝統医薬品のうち「基礎薬」9 種類と、住民が薬の飲み方や効用を理解するための「置き薬手引書」、巡廻する医師が書き込む「置き薬計算書」などが入っています。

この事業を実施した結果、ある地域では医者の往診数が45%減少するなど、プライマリーヘルスケアの向上が見られました。現在、モンゴルの約16,000世帯に導入されており、これは全遊牧家庭17万世帯の1割近い世帯をカバーしていることになります。また最近になって、このプロジェクトがモンゴル政府により国家保健政策に盛り込まれることが内定しました。

この事業の成果を国際社会に共有するために、WHOと日本財団では2007に年モンゴル伝統医療会議を共催しました。「高価な薬」や「距離によるアクセス困難」といった問題に対し伝統医療がひとつの有効な解決策になることを示したモンゴルの事例を受け、他の国もそれぞれ独自の方法でシステムを導入し始めています。

ミャンマーでは、各家庭ではなく、各村で選ばれたコミュニティ・リーダーのもとに1つずつ薬箱を配置しています。カンボジアでは、まずは伝統医療の知識や技術をより体系的なものにするため、国内初となる国立伝統医療学校を設立し、国内の伝統医療ネットワークの構築を開始しました。また国が医療費を全額負担しているタイでは、国家の医療費削減に効果が期待される伝統医療と置き薬システムに関する調査研究事業が実施されています。タイの例は多くの国が抱える医療費問題に解決の糸口をもたらすかもしれません。

これらは、いかに遠隔地に持続的なプライマリーヘルスケアをもたらすかという課題に対し、行政、伝統医療学校、草の根で働くヘルスワーカーのパートナーシップによるアプローチの一例です。

異なる立場の関係者の連携は、自然災害に接した際、最も重要になります。3月11日に起こった地震と津波の影響は、想定できるレベルを遥かに超えたものでした。被害から復興するまでには、長い時間と大きな資源を要します。

この有事に際し、日本財団では国内最大の民間財団として、異なるセクター同士を繋げる媒体としての役割を果たすことを表明します。看護師、心理療養士、老人介護士、手話通訳、外国人被災者への対応等の専門知識を持つ長期滞在可能な有償ボランティアの確保、また物資が無駄にならぬよう、被災自治体のニーズと企業の支援物資とのマッチングのためのコーディネーションを行います。加えて、日本国内および海外からの寄付を受け付け、被災地で活動する災害支援団体および社会的弱者に中心に長期的な復興支援を行うため、「東北地方太平洋沖地震支援基金」を立ち上げました。混乱の中だからこそ、限られた資源を最大に活用するため、経験と専門性のある民間団体の役割が重要です。

病気の制圧から途上国遠隔地におけるプライマリーヘルスケアの確保、大規模災害からの復興にわたるまで、世界中で我々は一団体で取り組むには大きすぎる困難な課題に直面しています。人的、経済的資源、知識を最大限有効活用してこれらの課題を乗り越えるためには、強固なパートナーシップを国際的に構築する必要があります。異なる文化、経済的な背景を持つ人々が集まってこそ、画期的なアイディアが生まれ、二倍、三倍もの成果を出すことができるのです。

 私はこれまでの経験から、あらゆる立場の関係者が一丸となって取り組めば、いかなる困難な課題も乗り越えられると信じています。