グローバル・アピール2012 宣言式典 〜ハンセン病に対するスティグマ(社会的烙印)と差別をなくすために〜

ブラジル・サンパウロ

ハンセン病の制圧、そして偏見や差別の問題に対して積極的な取り組みを行っているここブラジルで、第7回グローバル・アピールを発表できることを心より嬉しく思います。

まず始めに、なぜ私がこの取り組みを始めたのかについてお話したいと思います。第1回グローバル・アピールを2006年に発表しましたが、これはハンセン病患者・回復者が何世紀にもわたり苦しめられてきたスティグマや差別を全世界に向けて訴える初めての試みでした。

ハンセン病は遥か昔から、業病、天刑病などと言われ、人々から恐れられてきました。その所以は、発病した一部の人に、皮膚の変色や鞍鼻欠損、手足の変形といった特徴的な症状が現れたことが、人々に恐怖の情を覚えさせたと言われています。また、一家から何人か発病するケースがあったことから遺伝病と勘違いされ、その血統までもが偏見や差別の対象とされてきました。

やがてこれが感染症であることが分かると、今度は感染を防ぐために世界中で隔離政策がとられるようになりました。また、患者や回復者、さらにはその家族に対し、就職、結婚、教育などを厳しく制限する法律や制度が設けられるようになりました。すると、彼らへの偏見や差別はますますエスカレートしていったのです。

1982年になるとMDTという治療法が開発され、ハンセン病は確実に治癒できるようになりました。つまり、早期に治療を受けることで偏見や差別の大きな原因ともなっていた顔や手足の変形を防げるようになったのです。私はこれでハンセン病に苦しむ多くの方たちが病気や偏見・差別の苦しみから解放されるのではないかと期待しました。

ところが、現実はそう甘くはありませんでした。MDTの普及によりハンセン病の患者数の激減という大きな成果を生んだ一方で、ハンセン病患者・回復者一人ひとりの生活の質は一向に改善される様子はありませんでした。私が世界各地を歩き目にした現実は、今なお社会の偏見や差別に苦しみ続けるハンセン病患者・回復者たちの姿でした。

本来なら、彼らは社会から日常的に受けている偏見や差別に対し、声を大にして訴えたいはずです。しかし、彼らやその家族は、これまでの理不尽な国の対応や社会からの偏見・差別に対して声をあげることはありませんでした。なぜなら、病気を公言することで社会の風当たりが一層強くなり、偏見の目が彼らの家族にまで及ぶかもしれないことに怯えていたからです。

「恐いのは病気自体ではありません。病気に伴う偏見と差別の方がはるかに辛いのです。」
これは世界中のハンセン病患者・回復者の言葉です。そしてこの言葉は、一人の回復者のものではなく、彼らが何世紀にもわたって感じ、思い続けてきた心の叫びです。私はこうした彼らの声にならない悲しみを、できるだけ多くの人たちの心に届けなければならないと思いました。

私たちが彼らの想いを受けて発表するメッセージは、これまで政治、宗教、ビジネス、教育といった分野の世界中のリーダーたちの声を借り、世界のあらゆる人々へと届けてきました。そして7回目となる今回は、世界医師会と各国医師会の賛同を得て後ほど発表することになっています。私は、医学の専門家である彼らが、科学的な根拠に基づいたメッセージを発表してくれることに大きな意義と可能性を感じています。

「ハンセン病は非常に感染力の弱い病気で、軽い接触によって感染することはありません。もちろん隔離の必要もありません。また、患者さんたちには有効な薬があり、完治へ向けた治療が無料で施されています。」

こうした事実を専門家の言葉として伝えることができれば、世界の多くの人々がハンセン病についての誤った認識を改め、偏見や差別が不当であるということを理解できるようになるかもしれません。

しかし、頭の中で「差別や偏見は不当であり、社会は彼らを受け入れなくてはならない」と理解していたとしても、実際に彼らと直接関わりを持つような場面に遭遇したとしたら、人々はどのような態度をとるでしょうか。たとえばバスで彼らと隣り合わせになったら、彼らと同じ職場で働くことになったら・・・。

理解したつもりで彼らを受け入れることができると言った多くの人たちが、それでもバスやオフィスで彼らの隣に座ることを多少なりともためらってしまうその気持ちを、私は全く否定するということはできません。なぜなら、差別的な行動や偏見の心というものは、必ずしも理屈や概念に基づいて起こるわけではないからです。もしあなたが事実を頭で理解していたとしても、あなたの心や感情がそれを受け入れるとは限らないのです。だからこそ、世界中のハンセン病患者や回復者は、病気の実態が明らかになった今でも深刻な差別や偏見に苦しみ続けているのです。

かつてハンセン病の長い歴史の中で、「ハンセン病は危険な病気であり、患者や回復者は危険な存在である」という認識をもつことが、人々の中で普通のことだとされていた時代がありました。ただし、現代社会では今回のアピールにもあるように、そういった認識は誤りだということが科学的にも証明されています。しかし、この誤った認識は長い歴史の中でいつのまにか社会規範となり、世界の多くの人々の意識の中に浸透していきました。そして、ハンセン病患者・回復者と社会を隔てる壁を少しずつ積み上げていってしまったのです。さらに人々が自らの差別的な行動を正当化することで、より高く厚い壁を作り上げていったのでした。

私たちは歴史を変えることはできません。しかし私たち自身の手で新しい未来を切り開いていくことはできます。
私は、私たちのメッセージを一人でも多くの人の心に届け、人々が自分の差別的な行動や偏見の心に少しずつでも気づかせるようにしていくことが、壁を崩す第一歩になると考えています。そして、無意識のうちに差別的な行動を正当化し、納得するようにしていた自分のずるがしこい心と向き合うことができれば、高く厚い壁はより大きく崩れていくはずです。

ただし、この壁を完全に崩すためには、壁のもう片方にいる患者や回復者たちの想いと行動無しにはなり得ません。おそらく、長きにわたる人々の偏見、そして実際に彼らが受けた差別が、恐れや諦め、卑屈といった気持ちを人々が想像しえないほど深く心に根付かせてしまったのだと思います。それでも、少しずつでもいいので自分の心に問いかけてみて欲しい。そして自分の心に変化の兆しを感じることができた時、今度は勇気を出して声を出し、今立ちはだかっている社会との壁に風穴を開けていって欲しい。

ここブラジルやインドなどでは、回復者たちによる当事者組織が立ち上がり、自らの力で社会の壁を崩そうと努力しています。私は、世界中にこのような当事者組織が増えていくことを心から願うとともに、精一杯応援していきたいと思います。

「ハンセン病は単に病気を意味しているのではありません。人間が人間としてどう尊重し合って生きるのか、そのことを人々に問いかけているのです。」

これはある回復者の言葉ですが、この言葉には何世紀にもわたってハンセン病に苦しめられてきた患者や回復者たちの想いが詰まっています。ハンセン病患者や回復者、そしてその家族たちと共に、私たちがハンセン病をめぐる問題に対して人間としてどう取り組んでいくのか、今まさに問われているのです。