北極海航路の持続的利用に向けた国際セミナー

日本・東京

本日は、日本をはじめ、ロシア、ノルウェー、アメリカの北極海航路に関する専門家及び海事産業界の皆さまにこのように多数お集りをいただきました。特にロシアのヴァシリエフ北極担当特任大使におかれましては、遠路よりご出席くださり、あらためて御礼を申し上げます。また、日本政府の西林万寿夫北極海担当大使、駐日ノルウェー王国のミットゥン臨時代理大使も御越しいただき感謝申し上げます。

北極海航路の持続的利用に焦点を当てた、特に商業利用の促進を目的とした会議の開催は日本で初めてのことでございます。皆さま方のご協力をいただき有意義な会議にしたいと考えています。

ご存じの方も多いかと思いますが、本セミナーの主催団体である海洋政策研究財団と私の勤めております日本財団は、かつてロシア、ノルウェーの両国の協力をいただき、未知な領域が多かった北極海航路につきまして、不肖私が議長として1993年の「国際北極海航路開発計画」を皮切りに、民間レベルで国内外の専門家による国際的・学術的な調査研究を行いました。この「北極海航路開発計画」には合計14カ国390人にのぼる研究者の皆さんのご協力をいただき、大きな成果を挙げることができましたことは海洋政策研究財団が出版した報告書の通りでございます。ご興味のある方はぜひ財団にアクセスいただければご利用が可能かと思います。

ご存知の通り、近年、北極海では気候変動の影響によって海氷が大幅に減少し、航行可能な期間が増大しております。この地域での海事・海運業界以外からも大きな関心を寄せられていることは皆さまご存じの通りです。

北極海航路の商業利用が現実味を帯びており、今年に入って実際に航行する船舶も増加しております。しかし、マーケットの関心がそのまま反映された形で航行船舶が増えますと、当然ながら当該海域で発生する船舶から排出される硫黄酸化物などの排出物も増加しています。それに伴い、北極海という特殊な地域における環境破壊に関するリスクが急激に高まることも予想されます。

また、厳しい航行条件下にある北極海では海難事故の可能性が極めて高く、深刻な環境汚染が惹起される恐れもあります。海難事故救助活動は容易ではありません。事故船舶から流れ出す重油が生態系に及ぼす悪影響の規模は想像を絶するものがございます。航行船舶が増加すればするほど、このリスクも比例して高くなることは言うまでもございません。

さらに、北極海航路の管理そのもの、例えば発生した海難事故や海洋汚染やその対処を巡り沿岸国と利用者による利益対立の構造が生まれ、アジアと欧州を繋ぐ新たな航路であったはずの北極海航路が争いのもとになり閉ざされてしまう可能性も否定できません。

北極海航路の持続可能な利用を前提として、私たちはいったい何をしなければならないのでしょうか。私は3つのことを考えてみました。

まず第1点目は、商業利用の促進を図る活動、例えば北極海航路を実際に活用したコスト分析です。地理的には短距離であっても、諸コストを勘案すると経済的に優位になるかどうかはまだ不明な点が多々あると思います。客観的なデータ分析と個別具体的なケースを開示すること必要があると考えております。

第2点目は、北極海航路を取り巻く総合的な海洋管理といったガバナンスに関する分野です。沿岸国と航行国が細部にわたって円滑に合意形成を図れるように、国連海洋法条約をはじめ、北極海航路を取り巻く各種法規を透明性・妥当性の高いものにする必要があります。これらに付随する形で、航行が増加するにつれ高まる海難事故と海洋環境汚染への体制の整備も重要です。

そして第3点目は、北極海航路の気象、海象あるいは海氷といった要素の観測と予測強化のための調査です。これまで培ってきた経験とデータを活用し、より多くの船舶が安全に航行することができるための基礎情報を収集する必要があると思います。ロシアのプーチン大統領は北極海航路を「世界的な大動脈」と表現されていらっしゃいました。これらの調査結果は沿岸国や航行国をはじめとする世界の海事業界にとりまして、新たな国際公共財とも言えるほど貴重なものになるでしょう。そのためには、国際的な調査研究プラットフォームのような体制の整備や、このプラットフォームにもとづいた調査研究船による包括的な海洋調査も必要となるのではないでしょうか。

私が提案申し上げたこれら3つの取り組みは一国あるいは一つの組織、そして沿岸国だけで完結できるものではございません。北極海航路の持続的利用という人類初めての試みに対して、利用国も含め、関係者は一丸となって取り組む必要があると思います。そのために、日本財団はこれら3つの分野において、ご参加の皆さま方をはじめ関係者と共にできる限りの協力支援活動を行ってまいりたいと考えています。

今回のセミナーには北極海航路に精通している産官学の第一線の方々にプレゼンターやパネラーとしてご参加いただいていております。北極海の商業利用に加えて、持続的な利用に向けて必要な対策など、理解を深めていただければ主催者としてこれに勝る思いはございません。