国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)国際障害者デー記念イベント「インクルージョン:すべての人にとってのアクセス向上とエンパワメント」

フランス・パリ

はじめに、この場をお借りして、パリで起きた同時多発テロでの犠牲者の方々とそのご家族、ご友人に心よりお悔やみを申し上げます。今は非常に辛い時期かと思いますが、私たちの心はみなさんと共にあります。

日本財団は日本に拠点を置く非営利組織です。長年に亘り、日本国内外において様々なプロジェクトを実施してきました。私たちは、社会を構成する一人ひとりが持ちうる能力を発揮し、尊厳をもって生きることができるインクルーシブな社会をつくることを目指しています。私のWHOハンセン病制圧大使としての仕事もその一つです。世界のハンセン病制圧とハンセン病に対する差別撤廃のための活動を通じて、ハンセン病の患者や回復者が尊厳をもって社会参加できるよう努めています。

ハンセン病の問題と並んで力を入れていることが、障害者のエンパワメントです。本日のテーマは「アクセスとエンパワメント」です。情報通信技術(Information Communication Technology:ICT)が障害のある人のエンパワメントを促進することは、皆さまご承知の通りです。

そこで、ICTの可能性に挑戦する一人の青年のことをご紹介します。オーストラリア出身の彼の名前はマイケル・クランさん。生まれつき片方の目の視力がなく、もう片方の目を頼りにしていましたが、15歳の時に全盲になりました。彼は大学でコンピューターサイエンスを専攻し、勉強をする中で、視覚障害者がコンピューターを使うことの不便さをあらためて痛感しました。そこで、その不便さを解消しようと、友人と共に、Nonvisual Desktop Access: NVDAという新たなスクリーンリーダーを開発しました。

スクリーンリーダーとは、目が見えない、または目が見えにくい人でもパソコンが利用できるよう、表示されている文字を音声や点字に変換してくれるソフトです。画面の文字を読み上げたり、操作の時に文字を入力する位置を教えてくれたり、ワープロや計算をはじめとする様々なソフトウェアを使用することを可能にするものもあります。しかし、こうした高機能のスクリーンリーダーの多くは高額で、開発途上国に住む視覚障害者がアクセスすることは難しいのが現状です。

マイケルさんが開発したNVDAは、ソフトの設計図をオープンにし、無料でアクセスできるので、開発途上国の視覚障害者も利用できるようになりました。彼は、NVDAをオープンソースソフトウェアとして提供することにより、同じように視覚障害のある人たちのアクセスとエンパワメントを促進しています。日本財団はマイケルさんのパートナーとして、彼の活動を応援しています。

日本財団は、この他にも様々なプロジェクトを行っています。もう一つ、ICTを効果的に活用しているプロジェクトについてご紹介します。私たちは、障害のある人が自らの能力を発揮し、社会参加することを阻んでいる問題の一つとして、適切な制度や環境が整っていないことが挙げられると考えてきました。この問題に対応するため、日本財団は、障害者公共政策大学院(Institute on Disability and Public Policy:IDPP)を設立しました。この大学院はアジアの様々な障害のある学生たちが公共政策について専門知識を得るための修士課程プログラムです。このプログラムを修了した障害者自らが政府機関やその他の機関における重要な意思決定の場に参加することにより、障害者の意見を反映したよりインクルーシブな社会システム、環境を整備することにつながると考えています。

この大学院の特徴の一つは、授業の一部をオンラインで行っており、アジア地域のどの国においても学業に励み、学位を取得できることです。こうした授業を可能にしているのがICTです。私は、ICTは障害者が教育にアクセスできる機会を劇的に増やしたと確信しています。

ご紹介した2つの事例からも分かるように、ICTは障害者のエンパワメントのための大きな可能性を持っています。しかし、ICTがすべてにおいて完璧な解決策ではないということも認識しております。障害者がこれを活用するには、そのための教育と訓練が必要で、特に開発途上国においてはなおさらです。そのため、この度、国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization:UNESCO)と日本財団がグローバルな規模での障害者のICT教育と訓練に向けて共に取り組むことに合意できたことを大変うれしく思います。

また、私たち日本財団とユネスコは、障害者芸術祭をパラリンピックに合わせて開催するために、共に取り組んでいく予定です。2020年、オリンピックとパラリンピックの東京開催が決定しています。パラリンピックは障害者がスポーツの素晴らしさを通じて、世界中を熱狂させ感動を与えるイベントです。アスリートたちがスポーツで人に感動を与えることができるように、優れたアーティストたちもまた、アート作品やパフォーマンスを通じて、私たちの心を動かすのだと思います。私は、このような芸術祭が、そこに訪れる人だけでなくアーティストたち自身にとっても人生観が変わるような経験になると考えています。

日本財団は、これまでも東南アジア諸国連合(Associations of Southeast Asian Nations: ASEAN)の国々において障害者芸術祭を開催してきました。私は、彼らのアート作品やパフォーマンスの力強さと美しさに圧倒されました。会場は火が付いたような熱気に包まれていました。私はこの経験をもっと世界中の人たちと分かち合う必要があると強く感じました。

日本財団とユネスコは、障害者芸術祭がインクルージョンを促進し、様々な能力(ability)を持つ人々のエンパワメントを実現するために共に活動しています。パラリンピックと共に障害者芸術祭を実施することで、それぞれの人の障害(disability)ではなく、能力(ability)に目を向けるという新しい認識を人々が持つようになることで、真にインクルーシブな社会に向けて、大きな一歩を踏み出せるのではないでしょうか。

本日はパネルにお招きいただき、ありがとうございました。何かご質問があれば後ほど喜んでお答えしたいと思います。