世界海事大学(WMU)新校舎開所式典

スウェーデン・マルメ

本日は世界海事大学(World Maritime University:WMU)の新しい時代の幕開けとなります。国際海事機関(International Maritime Organization:IMO)の関水康司事務局長、IMO関係者の皆さま、WMUの関係者の皆さま、この度は、新校舎の開所、そして、クレオパトラ・ダンビア・ヘンリー博士の学長ご就任、誠におめでとうございます。

この度、マルメを再び訪れ、WMUを長年にわたって支援してこられたマルメ市、スウェーデン政府をはじめとしたサポーターとともに、このような記念すべき式典に参加させていただき、光栄に思います。

この講堂に「ササカワ・オーデトリアム」と名付けていただいたことを大変嬉しく思います。これまでの約30年間、WMUと日本財団が共に歩んできた道のりを振り返ると、私自身、感慨深いものがあります。

WMUは、1983年にIMOのトレーニング機関として設立されました。当時は、国際海事社会における開発途上国の役割と存在感が急速に高まっている時代でした。一方、開発途上国には海事の専門的な人材が圧倒的に不足している状況でした。こういった喫緊の課題に対応するため、WMUが設立されました。

日本財団は、WMUが設立されて間もなく、支援を開始しました。その後、約30年にわたり、60カ国以で、550名近くのフェローを輩出してきました。自国の海事行政機関の責任者や海事大学の学長としてなど、世界の海事社会において活躍しているフェローたちは私たちの誇りです。また、日本財団は、奨学金事業に加えて、教職員の育成やカリキュラムの充実に対する支援を行ってきました。

国際社会に目を向けると、この約30年で世界は大きく変化しました。開発途上国を中心として、世界の人口が大きく増加し、世界経済も急激に成長してきました。しかしながら、それは同時に地球環境に今までにない負担をかける結果となりました。

私たちは重大な局面に立たされています。海洋環境を取り巻く課題と向き合い、有効的な対策をとらなければ、人類は経済活動を維持していくどころか、存在すら危ぶまれます。

海洋環境の観点からみると、IMOや海事産業および他の関係者たちは、海洋への悪影響を軽減する様々な努力を試みてきました。しかし、残念ながら持続的な解決策を見出すにはそれぞれの分野を超えた協力が不十分であると思います。

WMUの新校舎と新しい学長を迎えるこの特別な機会に、WMUの将来についての私の考えを共有させていただければと思います。

今年は、IMOの関水事務局長のイニシアチブの下、WMUの持続可能な運営を確立するための研究について発表されました。このレポートには、WMUが先に進むための様々な対策が記されていますが、私はWMUの教育・研究範囲を海洋まで広げる必要性、また海事政策および海洋の研究機能の強化の必要性に特に着目しております。私たちはこの改革を大いに歓迎します。

約30年前、WMUはハイレベルな訓練機関でした。時を超え、教職員が増強され、カリキュラムが充実し、WMUは海事を専門とする大学院大学に成長しました。これによって、WMUは海事産業において権威を高め、世界中の一流の学生を集めることができるようになりました。

WMUは、これまで着実に進歩してきましたが、ここで歩みを止めていただきたくありません。WMUが進歩し続け、海事問題だけでなく、もっと広い意味の海の問題を提示できる教育・研究機関としての地位を確立してもらうことを望んでいます。

さて、よりイメージをしていただきやすくするため、日本財団が2011年に始めたユニークなプログラムを紹介したいと思います。本プログラムは漁業資源の枯渇を食い止める方法を研究するために始まりました。ここでは、漁業の専門家が重要な役割を果たしていることはもちろんですが、彼らだけではなく、様々な分野の専門家たちが集結しました。例えば、気候変動、海洋政策、生物多様性、国際海洋法、海洋資源経済学などの専門家たちです。このような様々な分野の専門家を束ねるため、私たちは、ブリティッシュコロンビア大学、プリンストン大学、ケンブリッジ大学、ストックホルム大学、ユトレヒト大学、デューク大学の6大学の学部をパートナーとしています。このプログラムは、未来の海を予測する力があるといわれているギリシャ神話の海の神にちなんで、“ネレウス”と名付けました。現在15人の専門家が30のプロジェクトに関わっており、2050年の海の状態を予測する科学的な知識と英知を結集しております。

私たちは、この画期的なイニシアチブに胸を躍らせています。しかし同時に、海の問題に学際的に取り組む方法は、世界中の様々な研究機関に散らばっている専門家の方に集まっていただくしかないという現状を懸念しております。

いつの日か、海に関するあらゆる専門家が共に海の問題に取り組み、より良い海洋管理体制を確立し、総合的に海の問題に取り組める教育・研究機関が設立されることを願っています。

私は、WMUには、その可能性が秘められていると思います。そして、日本財団は、その取り組みをサポートする用意があります。

まず、第一歩として、次の2つについて発表いたします。

1つ目は、従来から行ってきたフェローシッププログラムの継続や日本財団が提供しているカリキュラムの充実などのために、今後10年間、年間3億円規模の支援を行うことをこの場で約束いたします。

2つ目は、100億円相当の基金を新設する準備があります。関係者との調整ができれば、この「日本財団-WMUオーシャン・ファンド(仮称)」は、海洋の問題を解決していくための人材育成や多方面の海洋分野が融合する科学的研究の実施を支援します。

皆さまもご承知の通り、私たちは、おそらく人類史上でも非常に重大な局面を迎えております。しかし、こうした緊急事態に直面するのは初めてではありません。過去を振り返れば、私たちの祖先も勇敢に問題に立ち向かい、その努力のお蔭で私たちがこうして存在しています。

次は私たちの番です。私たちは皆、オーシャン・コミュニティの一員です。それぞれが役割を果たし、協力し合って問題を乗り越え、次世代のために、海を守っていきましょう。