ハンセン博士らい菌発見150周年記念ベルゲン国際ハンセン病会議 (人権と尊厳セッション)

於: ベルゲン

アリス・クルス・国連特別報告者、坂元茂樹・神戸大学名誉教授、回復者団体の代表者を含むパネリストのみなさん。

御高承の通り、ハンセン病には2つの側面があります。1つは医療面としての課題、もう1つは差別とスティグマ、即ち人権問題としての課題であります。私は常々このハンセン病との闘いをモーターサイクルに例えて説明しています。モーターサイクルの前輪は病気を治すこと。後輪は差別を無くすこと。両輪がうまくかみ合わなければこの問題の真の解決はありえません。医療面については、ハンセン博士によるらい菌の発見から150年の間に治療薬も開発され、早期発見・早期治療で完治する病気となりました。勿論年間20万人程度新規患者が発見されていること、また、先般のコロナの影響もあり患者発見活動が停滞気味であること、などこれからも一層の努力が必要ではありますが、多くの方々の尽力により、医療面については、まさにラスト・マイルまで辿り着きました。

一方、人権問題としてのハンセン病との闘いは、まだ始まったばかりです。私自身の半世紀にわたるハンセン病との闘いを振り返ってみると、最初の30年はとにかく病気を治すことに注力していました。しかし、ある時、病気は完治しているにもかかわらず、引続き物乞いを続け、社会から隔離され、コロニーで生活をしている人々を見て、彼らの生活環境は何一つ変わっていないことに気が付きました。彼らは引き続き社会から差別され、排除されていたのです。私はこの時、ハンセン病との闘いは、「らい菌」との闘いのみならず、社会の側が持つ「差別」という問題との闘いでもあると痛感しました。ここから人権問題としてのハンセン病との闘いが始まりました。

では、人権問題としてのハンセン病は一体どのくらい深刻なのでしょうか。ハンセン病に対する差別の1つの特徴として、患者のみならず完治した回復者、そしてその家族までもが差別の対象となることです。単純に計算しても、今でさえ年間20万人の新規患者が発見されていますから、例えば一家族5人とすれば、年間100万人が新たに差別を受けていると言えます。そしてかつては年間新規患者数が数百万に達する時代があったことを考えると、差別を経験しているハンセン病患者、回復者とその家族は数千万人に上ると私は考えます。これ程大きく、世界的な差別は稀なのではないでしょうか。

この極めて深刻な差別と闘う為に、私は当時の国連人権委員会に訴えることにしましたが、驚くべきことに、それまで国連人権委員会はハンセン病の人権問題を取り上げたことがないどころか、小委員会に所属する20名を超える人権専門家はハンセン病にまつわる人権問題の存在すら知りませんでした。今年はハンセン博士がらい菌を発見して150年という年であり病気としてのハンセン病はまさにラスト・マイルに差し掛かっていますが、人権問題については残念ながら150年前と大きな変化はありません。皆さん、こうした事実からハンセン病に対する差別がどれだけ大規模で、またどれだけ長い間見過ごされてきた深刻な問題なのかお分かりいただけるのではないでしょうか。

幸いにも2004年、国連において私は「ハンセン病と人権」について3分間発言する機会を得ました。これは国連における史上初めてのハンセン病にまつわる公式発言ですので、以下その一部を抜粋したものを紹介します:

「議長、何故ハンセン病は今日まで人権問題として取り上げられなかったのでしょうか?その理由は、ハンセン病患者が見捨てられた人たちだからです。名前も身分も剥奪された人たちなのです。自分の人権を取り戻すための声すらあげられないのです。ただ黙ることしかできません。

ですから、私はいまみなさんの前で訴えています。声をあげることができない人たちに対して注目をしてもらうためなのです。

議長、ハンセン病は人権問題です。(国連人権)委員会メンバーにこの問題をなくすことに積極的に取り組んでいただきたい。世界で調査を行い、解決法を考えていただきたい。そして、ハンセン病に関わる人たちのために、差別のない世界の実現に向けて指針を提示していただきたいと思います。」

これが1つの契機となり、7年後の2010年、国連総会でハンセン病患者、回復者とその家族に対する差別撤廃決議と「原則とガイドライン」が192ヶ国全会一致で可決されました。こうした成果はこの会議にご参加いただいている坂本茂樹・神戸大学名誉教授はもちろんのこと、ハンセン病当事者の力なくしてはなしえなかったことだと思いますし、多くの当事者に勇気を与えたことであったことは間違いありません。

しかしです。こうした決議がなされたからといって、「差別」という社会が持つ問題が解決したわけではありません。私自身の力不足ということもあり、未だに「自分には人権があるのか」「ハンセン病と告白したら新たな差別を受けるのではないか」というセルフ・スティグマを抱えている当事者も沢山います。そして、未だにハンセン病に対する差別法が先進国を含め世界24ヶ国に139存在している他、世界の様々な地域で独自の差別的な慣習が残っていると報告されています。

ここにお集まりの皆さん。これほどまでにハンセン病に対する差別という病気は深く社会に根付いてしまっていることを知ってください。そして、ハンセン病は現在進行形の重大な人権問題であることを知って下さい。私は半世紀にわたり120ヶ国を超える現場を訪問し、社会そして家族からも捨てられたハンセン病の患者、回復者が肩を寄せ合いながら悲惨な生活をしている姿を見てきました。一方で彼らがたくましく生き抜いてきたことも事実です。この会議にも、たくさんの国から当事者団体代表の皆さんが参加していますが、最近は世界各地で彼らが立ち上がり、声をあげるようになりました。その中にはハンセン病との闘いの先頭に立ち、目覚ましい成果をあげている人たちが何人もいます。皆さん、彼らの存在を知ってください。そして、彼らの声に耳を傾けてください。

この問題の解決には長い時間が必要かもしれません。しかし、様々な人権問題が活発に議論されている今日、ハンセン病が例外であってはなりません。我々はこの現実に目を背けてはなりませんし、解決に向けた闘いを進めなければなりません。そして近い将来、ハンセン病患者、回復者そしてその家族が社会の一員として活躍できる真にインクルーシブな社会を共に実現するために更に活動を強化しようではありませんか。ありがとうございました。