WHOヨーロッパ地域コンサルテーション会議
ハンス・ヘンリ・クラッジ・WHO欧州地域ディレクター、イブラヒマ・ソチェ・フォール・WHO・NTD部門ディレクター、マルセ・エバーランド・WHOアルメニア特別代表、ご参加の皆さん。
皆さんご承知の通り、ハンセン病は旧約聖書の時代から神罰、或いは呪いであると人々から恐れられてきました。中世のヨーロッパにおいては、ひとたびハンセン病に罹患すれば「死のミサ」と呼ばれる儀式が執り行われました。以降患者は外を歩くときは鈴をぶら下げ相手に近づいていることを知らせねばならず、また教会への立ち入りも禁止されたといいます。
しかし、こうした暗く絶望的な状況に対し、ノルウェーから一筋の光がもたらされました。ハンセン博士によるらい菌の発見です。今年はらい菌発見150周年という記念すべき年であり、私もハンセン病のない世界に向けた国際会議をベルゲンで開催致しました。このらい菌の発見によりハンセン病は感染症であることが明らかになり、治療薬の開発も進みました。1980年代には多剤併用療法が開発され、ハンセン病は完治する病気となりました。日本財団と姉妹財団である笹川保健財団はWHOと協力して1995年から5年間世界中でMDTの無償配布に尽力し、欧州地域においても多くの人が治癒しました。そして、ここにお集まりの皆さまの努力により、今やハンセン病は欧州地域では「過去の病気」とまで認識されるようになりました。
一方、近年欧州地域において、国際化の加速に伴い、外国人滞在者や移民、難民の方が発症するケースが増加しています。また、皆さんの努力により欧州地域で新規患者がほとんどいなくなったが故に、ハンセン病の診断と治療の知識・経験を持つ医師が少なくなっているとも伺っています。こうした状況に鑑み、ハンセン病を「過去の病気」として扱うのではなく、「現在進行形の病気」と捉え、治療や診断技術の確保などを通じてWHOの掲げる「ハンセン病ゼロ」実現に努力されていることに敬意を表します。
また同時に忘れてはならいのは、ハンセン病には依然として厳しい偏見や差別が伴っていることです。数ある病気の中でも社会、友人そして家族からも捨てられるのはハンセン病だけであり、患者、回復者のみならずその家族までもが差別の対象となっています。差別を経験した患者、回復者及びその家族は数千万人に上ると言われることもあり、まさに世界で最も古く、そして大規模な人権問題の1つといえるのです。しかしながら、これほど大規模な人権問題であるにも関わらず、ハンセン病にまつわる差別の問題は社会に深く静かに沈殿して、世界の人々に知られず、理解されていないのです。
このようにハンセン病には医療面のみならず社会面としての問題、即ち人権問題の両面があります。私はこれをモーターサイクルに喩えています。即ち前輪は病気を治すことであり、後輪は差別を無くすこと。この両輪が上手くかみ合わなければ真の「ハンセン病ゼロ」の実現はありません。お集りの皆さん。本会議を活用し、知見の共有、ネットワークの強化をはかり、欧州地域における「ハンセン病ゼロ」実現に向け努力して参りましょう。私自身も、WHOハンセン病制圧大使として、努力を惜しまず積極的に活動して参ります。お集りの皆さん、欧州地域における「ハンセン病ゼロ」は見果てぬ夢ではありません。共に不可能を可能にして参りましょう。ありがとうございました。