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【10代の性と妊娠】コンドームの実習で伝える、「リスク」を知り「選択する」ことの大切さ
- 日本の公立の中学校や高校の性教育では、「コンドーム」を取り上げているが「性行為」には触れていない
- 性行為とコンドームの役割を理解することは、性暴力や性感染症による被害防止につながる
- 性教育において、自分や相手のことを思いやり、決断することの大切さを伝えることが重要
取材:日本財団ジャーナル編集部
諸外国に比べてはるかに遅れている日本の性教育。文部科学省では2021年4月より、子どもたちを性暴力の当事者にしないため「生命(いのち)の安全教育」を、実験的に一部の学校でスタートさせた。その中では、自分の体を大切にすることや性暴力に関する正しい知識が盛り込まれているが、学習指導要領の「はどめ規定」により「性行為」については触れられていない。「性行為」を教えずして、性暴力や性被害を理解できるのか、という疑問の声も上がっている。
清水美春(しみず・みはる)さんは、「自分の体を守る方法」と「性について考えるきっかけ」を届けたいという思いから、クラウドファンディング「滋賀発!全国高校生10,000人に届け!びわこんどーむくんプロジェクト」(外部リンク)を2021年4月に立ち上げ、目標達成率123パーセントとなる約185万円の支援総額を元手に、全国の高校にコンドームを無料配布する活動を展開している。
元高校保健体育教諭であり、ライフワークとして県内の中学校や高校で「性と生」に関する講演を行ってきた清水さん。「コンドームのことくらいは知っていて当然の社会」づくりへの第一歩として取り組むプロジェクトを立ち上げた背景や、これからの性教育の在り方について話を伺った。
性行為を知らなければ、性感染症を理解することは難しい
避妊法の選択肢が少ない日本で、最も使われているコンドーム。一方で、それを使用する人のうち2〜15パーセント、つまり10人に1人以上が失敗すると言われている。
この失敗率を下げることで、性感染症や望まない妊娠で悲しむ若者を1人でも減らしたい。性行為に触れない日本の性教育の“当たり前”を変えたい。びわこんどーむくんプロジェクトは、清水さんのそんな強い思いから始まった。
2002年に地元である滋賀県の高校教師として採用された当初から、授業の一環として、ペニス模型を使った正しいコンドームの装着方法やピルの有効性などを教えてきたという清水さん。
「中学では性感染症の予防策、高校では避妊方法として教科書の中でコンドームは取り上げられていますが、性行為については触れられていません。でも、性行為がどのようなものか分からないのに、コンドームのことを理解することができるでしょうか?掛け算や割り算ができない子が因数分解を学習するときに、まず分からない段階まで戻ってから学んでいくことは普通のことだと思うんです」
そう話す清水さんは、授業の一環として性感染症について教える中で、自身ももっと深くこの病気の現状と背景について学びたいと考えるようになり、青年海外協力隊のエイズ(※)対策隊員に応募した。
- ※ 「Acquired Immunodeficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)」の略称。HIVウイルスがリンパ球に感染すると体の中の免疫力が壊されてしまい免疫機能が低下。それにより普段は感染しない病原体にも感染しやすくなり、さまざまな病気を発症させる
2010年から2年間、ケニアの「HIV(※)包括ケアセンター」に派遣され検診やHIV抗体検査などの業務改善を行った。また、ケニアの学校をまわり、子どもたちにコンドームの重要性と自分の人生を選択する大切さを伝えた。さらにコンドームがより身近でポジティブな存在になるようにとゆるキャラ「コンドマスター」を発案し、地域住民たちにコンドームを着けようと訴えた。
- ※ 「Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)」の略称。エイズの原因となる病原体で、感染するとさまざまな病原体から守る免疫に必要な細胞を減少させる作用がある
帰国後、性教育の研修で出会った医療関係者から日本で起こった性教育バッシングについて聞かされ、その歴史に驚いたという清水さん。振り返ってみれば、自身が受けてきた性教育にも満足してはいなかった。
「私が人生で初めてコンドームを見たのは、中学3年生の時。ホームステイ先のオーストラリアでの出来事でした。学校のパーティーでオーストラリアの同世代の子たちがコンドームを膨らませていたずらしていたんです。日本から来た子たちはみんな驚いたり笑ったり何かしらの反応をしていたんですが、自分ひとりだけそれが何なのか全く分からないという状況にとてもショックを受けたことを覚えています。でもそれっきり、自分が教える側に立つまで、コンドームや性行為について、学校や大人から教わることはありませんでした」
この2つの経験が重なり、ケニアから帰国後に「性と生」をテーマにした出前授業を行う大きなきっかけになった。
「正義感でも何でもなくて、私には保健体育の教員として教える機会があり、教える対象も目の前にいる。だったら、せめて自分が出会う人たちにだけでも、自分があの時に知っておきたかったことを伝えたい。そう思ったんです」
コンドームは避妊だけでなく「感染症を予防する」ためのもの。言うなれば、コロナ禍におけるマスクと同じ衛生用品だ。清水さんの講演では、コンドームに関する正しい知識や使い方を学ぶと同時に、コンドームを通じて「パートナーとの関係性」について考えるきっかけを促している。
スローガンは「習うより 触って慣れよう コンドーム」
「ジャンボ!(こんにちは)」
清水さんの出前授業は、スワヒリ語の挨拶から始まる。そのまま数分間、スワヒリ語で講演の趣旨を説明し、“空気が読めそうな”男子生徒に声をかけて「このあと家に行っていい?」とナンパをする。
「ほとんどの男子生徒が、何を言われているか分からないまでも、なんとなく察して『オッケー、オッケー』と返してくれます。その後で『空気が読めるって最高やなぁ!』といったん褒めるんですが、実は導入のやり取りを通じて、講師と生徒という“断れない関係性”の中で、相手を従わせることができてしまうことを伝え、強く印象付けます」
講演の内容は、思春期の子どもたちから寄せられる性に関する相談の内容や青年海外協力隊におけるケニアでの経験を話し、「水の交換ゲーム」を通じてHIVの感染拡大のメカニズムを理解させる。
[水の交換ゲームの手順]
- 男女混合で代表者約30人を集め、水の入ったコップを渡す。その中には1つだけ、水酸化ナトリウム水溶液が入っている。
- 一度相手にコップの水を入れて、それをまた注ぎ直して半分にする「水の交換」を行う。
- それぞれ3~4人と「水の交換」をした後で、フェノールフタレイン溶液をそれぞれのコップに1滴ずつ加えていくと、水酸化ナトリウム水溶液が含まれた水は赤く染まる。
「水の交換ゲームでは、最終的に約8割が赤く染まってしまいます。『水の交換は性行為のことを現しています。最初に感染源を持っている人がコンドームを付けていたら、みんな感染しなかったよね。そう考えると、コンドームってすごいアイテムじゃない?』と伝え、コンドームがいかに重要なアイテムなのかを印象付けます」と清水さん。
その次に行うのがコンドームの装着実習。生徒たちはペアを組み、スタートの合図で一斉に互いの指にコンドームをはめ合う。はじめは戸惑い、恥ずかしがっていた生徒たちも、徐々に慣れ、相手とコミュニケーションを取りながらスムーズに装着できるようになるという。
そして約2時間の出前授業の中で、清水さんがもっとも大切にしているのが、2分間の「妄想タイム」だ。目をつぶった生徒たちに「大好きなパートナーと2人きりでいるときに、セックスに誘われたらどうする?」と問いかけ、自分はどんな状況だったら受け入れるか、応じたくないときに断ることができるか、断れないときには何が生じているか、など各自で考えさせる。
「実際にコンドームを見て、独特のゴム臭や、ぬめりなどの感触をペアで体感することで、より自分と相手の身体を守ることへの当事者意識が生まれます。参加した生徒たちの感想は『もっと早く知っておきたかった』『コンドームの着け方を女性である私たちも知ることができて良かった』『パートナーとちゃんと話し合おうと思った』など本当にさまざま。このとき自分が感じたことを大切にしてほしい、たくさん妄想して、自分自身で考えて決める力を身に付けてほしいと思っています。あとは『とにかく自主練!』と言いまくっています(笑)」
図表:大好きな人がセックスを求めてきた時にコンドームを持っていない時の対応策
図表:コンドームを活用いた学習に最適だと思う学年
出前授業先の学校の先生方からも「自分の中の性に対するタブー意識の強さに気付かされた」「こんな風に性についてポジティブに伝えることができるんだと驚きました」などの声が多く寄せられているという。性について話し合うことに高いハードルをつくっているのは、大人たちであることに気付かされる。
大人の覚悟があれば、性教育は変わる
日本の性教育が遅れている理由は、学習指導要領に問題があるとされているが「学習指導要領が変わるだけでは、性教育の現状は変わらない」と清水さんは言い切る。
「学習指導要領の表現は抽象的で、実はとても自由度が高く、その裁量の多くがすでに現場の教員に委ねられています。大切なのは、子どもたちが性教育を必要としていて、先生や保護者の共通理解があり、年齢・段階に対して相応しい内容であること。今回のプロジェクトは、『学習指導要領や政策が変わらない中でもできることがある』という一つの証明になったのではないでしょうか」
一方で、清水さん自身も教員時代は、生徒にコンドームを「渡す」ことに対しては心理的ハードルを感じていたという。
「今振り返ると、生徒たちを信じきれていなかったんですね。実際にはコンドームを配ったからといって性行為を容認していると捉えられることはないし、、急にデビューすることもないと、生徒たちと向き合ってきた今なら自信を持って言えます。また、すでに性行為を経験している子であれば、もらったから今度はちゃんと着けてみようかなという行動の変化につながる可能性も大きい。生徒たちはコンドームだけでなく、この機会を提供した大人たちの想いも受け取ってくれています」
清水さんが理想とするのは、「性」について誰もが真面目に話し合える社会。多くの中高生たちと接する中で感じた、気軽に相談できる場がないことは大きな課題だと言う。
「子どもたちが性の悩みも含めてありのままの自分が見せられ、ぽろっと弱音が吐ける、そんな安心感のある安全な環境づくりができたら、性に対するタブーもなくなり、『性教育』という言葉も必要なくなるかもしれません。子どもたちにとって学校は多様な価値観と触れ合い、話をする機会が持てる大切な場所。そんな中で、共感だけでなく違和感も経験しながら、他者と折り合いをつけることの難しさを学び合っていくことはとても重要です」
200名以上からの支援を受け、10,000個作成された「びわこんどーむくん」は、全国63校に配布済み(2022年6月時点)。残すところ約1,400個となり、現在も賛同する学校からの申し込みを受け付けている。今後、清水さんはコンドームの実物を用いた装着学習が自分の手を離れ、先生たちのそれぞれの創意工夫によって学校教育に定着していくことを期待している。
「びわこんどーむくん」は自主練用コンドーム2枚入りで、パッケージの内側には「わたしのカラダはわたしが決める」「セックスするとき確認しよう。大好きだからYESとは限らない」などのメッセージが記されている。「びわこんどーむくん」を通じて子どもたちの多くが、自分と相手を思いやる大切さ、自分で考え、決めることの重要さを学んでいるはずだ。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
清水美春(しみず・みはる)
1980年滋賀県生まれ。中京大学体育学部を卒業後、滋賀の公立高校の保健体育教諭として、進学校、夜間定時制、青年海外協力隊、県競技力向上対策本部など多岐にわたる分野で経験を重ねる。青年海外協力隊時代はケニアの地方病院に2年間派遣され、HIV/AIDS対策としてコンドーム啓発活動を展開し、現地40校以上の中高生にエイズ予防講座を届けた。帰国後もライフワークとして性教育や多文化共生などのテーマで中高生や教職員等に講演を行う。教員歴19年で退職後、現在は立命館大学大学院先端総合学術研究科に所属。
「滋賀発!全国高校生10,000人に届け!びわこんどーむくんプロジェクト」サイト(外部リンク)
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