“体験”を通して子どもの世界観を広げたい!NPO法人AYA
映画館を貸し切り気兼ねなく鑑賞できる
NPO法人AYA(東京都中央区)は、スポーツ・芸術・文化との出会いや触れ合いを通して、病気の子どもたちが体験によって世界観が広がる機会を提供しています。医療的ケアが必要な子どもたちやその家族には「同世代の子どもたちと同じような経験をしたい」という願いがあっても、なかなか叶えられません。「映画館で映画を観る」「スポーツを観戦する」という“普通”の体験をすることすら難しいという現実があります。
たとえば、映画館では音や光の刺激で声を出したり、体が動いたり、走り回ったりということもあるため、他の観客に気兼ねしてしまう。外出先での体調の急変も心配で、来館を躊躇してしまう。楽しいイベントで外出するという機会はなかなかありません。こうした現状を変えていこうと、AYAでは映画鑑賞やスポーツ観戦などのイベントに医師や看護師など医療スタッフが同行することによって、参加する家族と受け入れる企業の双方に安心感を与えることで、これまで難しかった“体験”ができるようサポートしています。

AYAの代表中川悠樹さんは医師としても病気の子どもたちと接しています。AYAの名称の由来は、中川さんの幼なじみの妹、あやこさん。亜急性硬化性全脳炎(SSPE)という治療法のない病気に罹り、長い闘病の末に亡くなりました。あやこさんとその家族が抱えた苦労を目の当たりにしたことが、中川さんが医師の道を選ぶ大きなきっかけとなりました。医師になってからも、医療的ケアが必要な子どもたちが直面する生活の困難さをひしひしと感じ、病気や障害のある子どもたちとその家族への支援の必要性を強く感じてきました。
バスケットボールが好きな中川さんは、最初に横浜のバスケチームと協働でスポーツ観戦イベントを企画しました。それを契機に、2022年1月に任意団体AYAを設立し、2023年6月に法人化。スポーツ界との観戦イベントを広げながら、映画業界とのつながりも作り、病気や障害のある子どもたちとその家族が映画館で映画を楽しむ機会を提供する『AYAインクルーシブ映画上映会』を2023年4月に開催。上映規模はどんどん広がり、2025年6月までに37都道府県で計63回の上映会が行われており、全国各地で当事者から喜びの声が聞かれています。
ボランティアの機動力が上映会を支える
2025年5月31日、TOHOシネマズららぽーと横浜にて、子どもたちに人気のアニメ作品の上映会が開催されました。この日は、5月11日の上映会が応募多数で定員超であったため追加上映会です。朝、会場の商業施設前にボランティアスタッフが集まり、受付、誘導など、各自の持ち場や分担を確認し合います。ボランティアは上映会ごとに募集をかけます。ボランティアが機動力を発揮して、家族を温かく迎えてくれるのもAYAの魅力のひとつです。ボランティアは子どもから大人まで、複数回参加している人もおり、彼ら自身が上映会を楽しみにしている様子がうかがえました。

開場時間になると、続々と当事者家族の皆さんが来館。キャラクターの帽子を被って盛り上げるボランティアから付録の小冊子をもらってシートに座り、映画への期待が高まります。シアター内では来場のご家族にAYAの中川さん、看護師スタッフの阿部裕乃さん、劇場の支配人からもご挨拶。「雨のなか今日はありがとう。自由に映画を楽しんでください」と上映が始まりました。通常のシアターでは映画が始まると照明が落とされますが、子どもたちが立ったり歩いたり、出入りもしやすいように、少し明るめの照明に設定されています。おなじみのアニメキャラクターたちが活躍するスクリーンをじっと見つめる子、手をたたいたり足を鳴らしたりして表現する子など、思い思いに盛り上がっていました。
「家族で映画を観るなんて夢にも思わなかった」
親子3人で参加のご家族から上映会への思いをお聞きしました。
「今回で2回目です。前回は観終わって家に帰ってからも“えいが、えいが!”と映画を観たことをすごく喜んでいました。一般の映画館だと声を出してしまうので、このような上映会はとてもありがたいです。また、参加しているご家族と交流できるのも楽しいです」
大きなバギーで医療ケアが必要なお子さんとご両親は、「一昨年も来て、2回目です。外出先ではおむつ交換のため大きなユニバーサルシートも必要。途中にさまざまな医療ケアも必要なので“家族で映画を観る”ことができるなんて夢にも思いませんでした。会場に医療者がいてくださることは心強いです。子どもは目も耳も少ししか機能していませんが、音楽や映像の光、そして会場のざわざわ感が何らかのよい刺激になっていればいいなと思います」と喜びを伝えてくれました。

2家族で仲良く鑑賞されていたご家族は、「盛り上がると大きな声が出てしまうので、一般の映画館は遠のいていました。ここは本人が楽しんでいるのを止めないで済むので、親も気持ちを楽に過ごせます。他のきょうだいも一緒に鑑賞できで、家族みんなでお出かけできるのも助かります。すてきなイベントです」と感激していました。また一緒に鑑賞されていたご家族は「今日初めて隣同士になって、仲良くなりました。つながりができたのも良かったです。当事者の家族同士が集うことができる機会は意外に少なく、上映会をきっかけにつながりができるのもありがたいこと」と話してくれました。
映画上映中、シアター外の受付では早めに帰る親子連れもいました。でも「短い時間ですが楽しみました」と笑顔です。「途中で帰るのも自由。初めての映画にトライして、長時間しんぼうできず飽きてしまったりしても、それも一つの経験です。外出して、映画館に入ったというだけでも子どもには貴重な経験であり、思い出なのです」と中川さん。映画のエンディングでは拍手が起こり、最後は会場の皆さんで記念撮影をして上映会は終了。シアターの外では写真係のボランティアスタッフが皆の笑顔を写真に収めていました。
インクルーシブな社会を目指すための上映会
AYAの上映会は、医療的ケア児とその家族に喜ばれているのはもちろん、映画業界にとっても注目される取り組みになっています。映画会社の好意だけに頼るのではなく、双方にとってウィンウィンの関係になるようなしくみを作っています。AYAの上映会は、どこもほぼ満席となるイベントです。

「映画館だけに負担を強いる方法だと広がりませんし、長続きしません。また、映画関係の方々もこうした上映会を経験することで『心から喜んで映画を楽しんでくれる姿』に感激されます。感情を自由に表現しながら映画を観る姿が新鮮で、『もっといろんな映画鑑賞のスタイルがあるかもしれない』と深く考えてくださった方もいます。夢を叶える側も、新しい気づきを得て考えが広がる、ということが起こるのです。そして面白いのが、映画会社などの事業者、家族の皆さん、そして我々AYA、すべての中心にいるのが病気の子どもたちであることです。この子たちがいるからこそ、みんなが満たされた気持ちになれることを実感します」と中川さん。

また、設立当初に始めたスポーツの試合観戦も着々と広めています。バスケットボールのみならず、サッカー、そして昨年はプロ野球でも開催。楽天とのつながりができ、野球観戦イベントでは約500人が集まりました。日本ハムの北海道の球場、ソフトバンクの福岡の球場でも開催でき、着実にご協力いただくチームを広げています。
AYAが願うのは、インクルーシブ社会の実現です。『インクルーシブ映画上映会』と銘打っていますが、上映会そのものは狭義のインクルーシブだと中川さんはいいます。
「なぜなら病気の子どもと家族をメインターゲットにしているということは、そのターゲットにない子どもたちをエクスクルーシブしている、ということになります。とはいえ、当事者家族が街に出て、ショッピングセンターを通り、映画館まで来てくれる。その間、映画館の周辺は多様な人でにぎわうインクルーシブな空間です。楽しそうに外出する当事者家族を見かけた人が、ポジティブなことを感じるかもしれません。AYAのイベントを通して、外に出る機会を増やしていただくことで、そうした姿を見かける一般の人の意識も醸成されて、将来的にはより広い意味でのインクルーシブな社会を実現していく、ということを目指しています」(中川さん)
映画やスポーツなどを誰もが楽しめる機会を提供しながら、その先に、多様な人々を包摂する社会をイメージするAYAの活動に、ますます期待が高まります。
「日本財団 難病の子どもと家族を支えるプログラム」に興味をお持ちの方は、ぜひ難病児支援ページをご覧ください。
文責 ライター 林口ユキ
日本財団 公益事業部 子ども支援チーム