「やるべきことはやる」を貫き、患者に長く寄り添う薬剤師の道へ
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本インタビューは2026年3月に取材した内容です。
薬剤師国家試験を間近に控え、「自己採点では手応えあり」と笑顔を見せる薬学部6年生のNさん。中学1年生の時に母親をがんで亡くし、その後は親族里親である祖母のもとで育ちました。彼女が医療の道を志した理由、大学での膨大な勉強と独自の学習法、そして将来ついて、これまでの歩みとこれからの夢を伺いました。

母との別れ、里親制度のもとでの生活
双子の妹として生まれたNさん。幼稚園生の頃に両親が離婚し、それ以降は母と姉、そして祖母との4人で暮らしてきました。
「母は精一杯働いて、私たちを育ててくれました。優しい人で、私が双子の姉と喧嘩をした時には、母が間に入って話を聞いて、ちゃんと叱ってくれる人でした」とNさんは振り返ります。
小学6年生から中学1年生に上がる頃、母親にすい臓がんが見つかりました。発見時にはすでにステージ4。診断からほどなくして入院となり、余命についても告げられる状況でした。中学生という多感な時期に、病院を行き来し、ほどなく最愛の母が亡くなるという深い悲しみを経験しました。
残された家族の生活のための手続きに奔走してくれたのは、母方の叔母でした。
「児童相談所などに通い相談してくれて、ずっと一緒に住んでいた祖母が『親族里親(※)』という形で引き取ってくれることになりました。そのまま同じ家で一緒に住むことができたのです。これまで“おばあちゃん”として接してきたので大きく生活を変えることもなく、お金の管理なども祖母が引き受けてくれました」
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親族里親:里親制度で認められている里親の種類の1つであり、子どもの3親等の親族(祖父母、叔父、叔母など)までがなることのできる里親のこと。児童の精神的な負担を考慮し、養育里親よりも親族里親が優先されることが多い。
医療従事者の中から将来を見据えた進路選択
母を亡くしてから、Nさんは進路を決めました。悲しみの中で、「母と同じような人を助けたい」という思いが湧き上がってきたのです。最初は「患者さんに一番近い存在である看護師を目指そう」と思いました。その後、改めてさまざまな医療職について調べていく中で視野が広がり、「薬剤師」という選択肢が浮かびました。
「看護師、放射線技師などについて調べていくうちに、薬剤師は患者さんに接しながらがんの治療を支えていく存在であると知りました。また、私自身の将来の働き方を考えたときにも理想的な職種だと思いました。そうしたことを踏まえて、6年制の薬学部を目指すことを決めました」
地元の私立高校に進学したNさんは、特進クラスで周囲の生徒たちと切磋琢磨する環境に身を置きます。朝早く登校して、皆で一緒に勉強する毎日でした。一方で、友人に誘われて軽音楽部に入部し、ギターボーカルを担当。高校3年生の9月の文化祭まで部活動を続け、学業と両立させました。
「高校生活をちゃんと楽しむこともできたと思います」
大学受験は公募推薦で挑戦。得意科目の化学を軸に準備を進め、第一志望に合格します。発表はちょうど誕生日の日だったそうです。
「最高の誕生日プレゼントになりました」
暗記学習から「学ぶ楽しさ」へ
入学後、Nさんを待っていたのは圧倒的な学習量でした。
「想像していた以上でした。国家試験対策の教材が何冊もあって、それを全部覚える必要があるのです」
この状況に対して、Nさんは独自の工夫で向き合います。
「覚えられていないことを付箋に書いて、家の廊下に貼っていました。とにかく目に入る回数を増やすことが大事だと思ったのです」
短期的な暗記ではなく、繰り返しによる定着。極めてシンプルですが、再現性の高い学習戦略です。この積み重ねにより、成績は着実に向上。学内模試の順位は、当初の124人中70位から、気づけば24位にまで上昇していました。
さらに重要だったのは、「理解」の感覚でした。
「勉強していると、バラバラだった知識がつながっていくのです。それが分かったときに、すごく面白いと感じました」
暗記中心の学習から、構造的な理解が進み「勉強が楽しい」と思えるようになったといいます。大学生の途中で中だるみした時期もあったそうですが、「最低限の成績はキープするようにしていました」と語ります。
就職活動の際、Nさんは最初、製薬メーカーの研究職を考えていたと言います。
「大学の卒業研究では、脳のがんを研究している先生のもとで、痛風薬が脳に効くといった作用について研究していました。薬の副作用が主作用となることもあるのが興味深く面白いなと思っていました。でも、やっぱり患者さんと接したいと思って、調剤薬局に決めました」

「夢の奨学金」との出会いと同じ境遇の仲間たち
私立大学の薬学部という高額な学費のやり繰りは、決して簡単なものではありませんでした。高校が無償だったこともあり、大学3年生まではお母様が残してくれた貯金と、ご自身がずっと続けていた塾講師のアルバイト代でなんとか工面していました。
4年生の時、児童相談所の福祉司から奨学金制度のことを教えてもらい、まずは別の奨学金を借りました。しかし、その奨学金は1年更新だったため、6年生になって更新できなくなってしまいます。
「6年生になると国家試験の勉強が本格化してアルバイトができなくなるため、焦っていました。そんな時に『夢の奨学金』の存在を知りました。応募書類の自己アピールでは、塾講師のアルバイトをずっと続けていること、薬学部に通っていること、そして母をがんで亡くしたのでがん治療に携われる薬剤師になりたいという思いを書きました。難しいかなと思いましたが、受かって本当にうれしかった。この支援のおかげでアルバイトをせずに国家試験の勉強に集中できました」
「夢の奨学金」は、経済的な支援だけでなく、同じ境遇の仲間との出会いももたらしてくれました。「認定式では、隣の席の奨学生と仲良くなりました。8月にはSST(ソーシャルスキルトレーニング)で日常では学べないマナーなどを学び、その後の交流会では同じ部屋になった同い年の子と意気投合して、3人でずっと一緒にいて楽しかったです」
「同じような境遇で育った子たちには色々なことを相談したり、愚痴を言えたりしました。わざわざ背景を探らなくても気持ちを楽にして話ができました」
ソーシャルワーカーとの定期的な面談も心強かったそうです。
「担当の方が私と同じお話し好きな方で、半年に1回ほど面談でお会いする時に、楽しく近況報告ができました。生活で困ったことは特になかったのですが、いざというときは相談できると思うと心強かったです」
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がん患者に長く寄り添うために
無事に国家試験を終え、この春からNさんは調剤薬局でのキャリアをスタートさせます。配属エリアも決まりましたが、彼女には明確な目標があります。まずは最初の店舗で仕事に慣れてから、将来はがん専門病院近くの店舗で働きたいと思っています。なぜ研究職や病院勤務ではなく、薬局でがん患者と関わる道を選んだのでしょうか。「将来的に、抗がん剤も経口(内服)になる薬が多くなってきます。最初だけ入院して、その後はずっと家で抗がん剤を服用するという治療が多くなってきているのです。病院だと患者さんはすぐに退院されるケースが多いので、薬局の方が長く患者さんを見守ることができると思いました」
「抗がん剤には副作用があるので、そのモニタリングも薬剤師の仕事です。将来的には、がん専門薬剤師やがん認定薬剤師の資格も取得するつもりです」
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後輩たちへのメッセージ「やるべきことはやろう」
最後に、これから同じように夢に向かって学ぶ後輩たちへのメッセージを聞きました。「やるべきことはやる、ですね」
特別な表現ではありません。しかし、現実を踏まえた言葉です。
「周りを見ていると、単位を落としてしまう人もいます。そうならないように、まずは最低限をきちんとやることが大事だと思います。自分の将来のためにも、最低限やるべきことはちゃんとやってから、色々なことに挑戦してほしいなと思います」
母を亡くした経験から始まった進路。その後の選択は、感情だけではなく、現実と向き合いながら積み上げられてきました。がん患者を救うというブレない目標に向かって着実に歩みを進めてきたNさんが語るからこそ、その言葉には確かな重みと説得力がありました。患者に長く寄り添う薬剤師としてのNさんの第一歩は、すぐそこまで来ています。
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