「みんなで一緒にやれば怖くない」の精神でアスリート同士の連携を―パラアスリート・木村敬一×瀬立モニカ対談
アスリートの社会貢献活動を推進するプロジェクト「HEROs」では、社会貢献活動に高い関心と意欲をもったアスリート同士が連携するために『HEROs メンバー』というコミュニティを設けています。
HEROsメンバーはHEROsの取り組みや日本財団の様々な事業と連携し、アスリートによる社会貢献活動を推進していく予定となっております。今回は、この『HEROs メンバー』であるパラ競泳の木村敬一選手とパラカヌーの瀬立モニカ選手にお話を伺いました。
東京パラリンピック後、今
―最初に、お二人の現状を教えてください。
木村敬一選手(以下、木村):東京パラリンピック終了後は、イベントや講演会などの活動がメインになっています。競技に関しては、11月21、22日に行われた日本パラ水泳選手権大会に出場しましたが、パラリンピック前ほどの練習量は確保できていなかったですが、まずまずでした。
瀬立モニカ選手(以下、瀬立):私は、現在筑波大学に在籍しているのですが、卒業論文の提出が間近に迫っていて、それに追われているという感じですね。
競技については、9月末に手術をして、しばらく練習ができない状態だったのですが、そのタイミングで「自分が意外と『燃え尽きている』」ということに気づきました。なので、今はリハビリをしながら、自分と向き合う時間にしています。
木村さんもリオパラリンピックの後、燃え尽き症候群のようになってしまったというお話を聞いたことがあります。その状態からどんなふうに気持ちを立て直していったんですか?
木村:たぶん、心のどこかに、「もう少し競技を続けたい」という確かな気持ちがあったと思うんです。そんな中で、偶然にもアメリカに行けるという道が見えて来たので、「じゃあ挑戦してみよう」ということになりました。もともと海外に住んでみたいという漠然とした憧れがあったので、流れに身を任せるじゃないですけど、本当に最初はフラッとアメリカに行きました。
そうしたら、アメリカのコーチが「次は東京だぞ!」というので、「じゃあ目指してみようかな」と。だから正直、結構いい加減に生きているんですよ(笑)。
―同じパラアスリートとして活動する中で、お互いから刺激を受けている部分はありますか?
木村:カヌーは、施設や用具などの準備にお金のかかる競技だと思います。なので、瀬立さんはスポンサーやファンを増やすための「競技以外の努力」をされているイメージがありますね。
東京パラリンピックを契機として、メディアに取り上げていただく機会も増えたとはいえ、パラスポーツはまだまだマイナーです。だからこそ、地道にスポンサーやファンを集めていく活動は非常に重要だと思いますね。
瀬立:私は友人の宇宙さん(※パラ競泳の富田宇宙選手)から敬一さんの話をよく聞いています。
その中で、敬一さんがアメリカに武者修行に行って、そこでのハプニングも含めて楽しんでいる様子に感銘を受けました。厳しい状況を楽しめる余裕みたいなものは、今の私にとって必要な要素だと思っています。
競技と共にアスリート個人の魅力も伝えたい
―今回、お二人が「HEROsメンバー」になった理由を教えてください。
木村:東京パラリンピックで金メダルを獲得しましたが、「どのような形で競技を続けていくのか」「この先どういう活動をしていくのか」というのは、まったく白紙の状態というのが正直なところです。
パラスポーツを取り上げてもらえる機会が増えてきたことで、少しずつ社会的な影響力も出てきたと思います。自分の今後の活動が社会のためになるのであれば、ぜひ参加させてもらいたいと考えたんです。
瀬立:社会をより良いものにしていくためには、私達を含めた若い世代の意識が変わる必要があると思っています。10代、20代の人たちの意識が変わることで、この先の未来が素晴らしいものになるチャンスが生まれてきます。これまで小学校や中学校で講演などをさせていただく中で、参加者の皆さんの考え方が柔軟に変わっていく様子を感じて来たので、そういう機会を増やしていきたいですね。
また、私自身がスポーツをすることで救われたというか、前向きに生きていくきっかけを得ることができています。スポーツにもらった恩を返していきたいですし、それが社会貢献につながるのであれば、とても素晴らしいことだなと思います。
―このプロジェクトに参加する中で、どのようなことを実現したいですか。
木村:パラアスリートとして発信すべきことは、競技力であり、競技としての魅力がメインだと思います。ただ、同時にアスリート個人の魅力も発信していきたいですね。そうすることで、より応援してくれる人も増えるのではないでしょうか。
瀬立:同感ですね。今回、東京パラリンピックで、テレビの画面を通して見た競技や選手と、実際に触れあってもらう機会を増やせればと思います。「こうすればみんなで一緒にスポーツを楽しめるね」といった部分を、リアルの現場で伝えていきたいです。
木村:社会貢献活動に携わることで、責任も生まれてきますし、より「結果を出していかなければいけない」という思いにつながってきます。シンプルに「応援してもらえる」ということは、すごい力になるんです。だからこそ、応援してくださる方々との交流というのは大事にしたいですね。
瀬立:人間関係や社会において、どちらかが一方的にサポートされたり、影響を受けるだけという関係はあり得ないと思います。相互に助け合って、影響を受けたり、与えたりしながら社会は成立しているのではないでしょうか。
私自身、これまで多くの方に応援してもらったり、サポートしてもらいました。それに対して私も競技や社会貢献活動を通じてエネルギーを返していけるような、「一方通行」ではない環境が作れたらよいなと思っていますね。
「パラアスリートは限界を超えていく」を体現する瀬立選手
―これまで一般の方々とお話しする中で、印象に残っているエピソードはありますか?
木村:すべて印象的なので、「どれか一つ」を挙げるのは難しいですね。ただ、全体を通していえることなのですが、僕は当初、基本的に自己満足というか、「自分が一番になりたいから競技をやっている」というスタンスだったんです。
ただ、様々な機会に「感動をありがとうございます」といった声をかけてもらうことで、「自分のためだけにやってきたことが、人の役に立つことがあるんだ」ということを知った時は驚きました。
瀬立:東京パラリンピックで車椅子ラグビーを観戦した知り合いが話してくれたエピソードが印象に残っています。日本の選手がタックルを決めて、対戦相手の選手が倒れてしまった時に、その人は思わず「よっしゃあ!」って喜んでしまったというんです。
普通のラグビー観戦では当たり前のことかもしれませんが、パラスポーツではまだまだ珍しいというか。「大丈夫かな」「かわいそうだな」とか相手選手を心配する気持ちが先に来てしまうのが一般的かと思っていたんです。でも、普通のスポーツと変わらない視線で見てくれる人も増えているんじゃないかと思うと新鮮でしたし、パラスポーツの位置づけも変わってきているのかなと感じました。
―今後の目標はありますか?
木村:競技面については、不確定な部分も多いので、「HEROs」のような活動を通じて、今後の人生のヒントにできるものが見つかればいいな、と考えています。
瀬立:私は、本来であれば、東京でメダルを取って辞めるつもりだったんですけど取れなかったので、パリ大会まで終われないなと思っています。それと同時に、医学部受験に挑戦して、今度はパラスポーツを医療の面から支えたいと考えています。
パラアスリートにとって、障がいをもちながらスポーツをするというのは、身体に良い面もありますが、悪い面もあります。なので、そのよいバランス、調整法みたいなものを自分の競技経験を踏まえて、次世代に伝えていきたいですね。
木村:すごいですね。今日瀬立さんが医学部受験を考えているというのをお聞きして、きちんと道筋を描かれているなと思いました。「パラアスリートは限界を超えていく」というような話をよく聞きますが、本当に大きなチャレンジをするんだなと感銘を受けています。
社会貢献活動だって「みんなで一緒にやれば怖くない」
―社会貢献活動をしようと思っていても、なかなか踏み出せないアスリートも多いと思います。そうした方々にアドバイスはありますか?
木村:気恥ずかしいとか、「どうやっていいかわからない」というのは、僕たちも同じです。ただ、自分たちのようなアスリートが競技に取り組んでいく過程で、世の中に対して影響力を持つことができるようになっていますし、スポーツが持つ力というのは、少なからずあるはずです。特にコロナ禍によって暗くなってしまった世の中において、スポーツの力が多くの人の感情を揺り動かしている瞬間というのは確かにあったと感じています。
そうした意味でもスポーツが持っている力というのは、すごく大きい。それを何らかの形にして発信していけるというのは、素晴らしい活動だと思います。僕自身まだまだ模索中のところはありますが、いろんな人たちと連携して、活動していければと思いますね。
瀬立:カヌーという競技は、まだまだマイナースポーツですし、自分自身もメダリストというわけではないので、世間的には「この人誰?」って思われている部分もあると思います。そんな自分に「貢献できる部分なんてあるのかな?」と考えてしまう時もありますし、同じようなことを感じているアスリートも多いのではないでしょうか。
でも、だからこそ「みんなで一緒にやれば怖くない」の精神で、HEROsのようなプロジェクトを通じて、他の人と連携して活動していく中で、自分自身の価値を見つけていけたらいいなと思っています。できるだけ多くの人と、一緒にやっていけるといいですね!